勇者の下半身は、別人格です。
巨豆腐心
第1話 勇者、真っ二つ⁉
分崩離析
この世界は残酷だ。
〝魔〟に生殺与奪の権利をにぎられ、人は細々としか生きることができず、人々の心は荒む……。
魔と対するために勇者システムがあり、教王庁により指名された勇者が、人類代表として戦う。
ボクは、その勇者だ。
でもその途上、こんな辺鄙な森の中で、ボクは死ぬ……。
もう、ヒーラーでも治すことはできないだろう。ボクの下半身は血塗れで、横たわるボクの見つめる先で転がっている。
お腹の辺りで真っ二つにされた……。誰に? そんなことはもう考える必要もなさそうだ……。
一人で冒険にでたことが間違いだった……。
勇者になっても、生きていられる保証なんてないのだ。こうしてみっともなく死ぬことも……。
目も霞んできた。走馬灯もなく、このまま人生が終わるのか……。
そういえば、ボクが勇者に指名されたとき、反対した幼馴染がいたっけ……。こういう運命になることを心配してくれたのか? 当時は怒って、村をでてきてしまったけれど……。
こんな血塗れの下半身をただ見つめ、人生が終わるなんて最悪な末路を心配してくれていたんだ……。
そのとき、下半身がもぞもぞと動くのが見えた。
そんなバカな……と思ったけれど、深く考える間もなく、意識は暗い闇へと墜ちていった……。
…………ふと意識がもどる。あれ? 死んでない?
夢……? 離れたところにあった下半身も、今はボクのそこにある。
痛くもないし、血も流れていない。
幻覚魔法をかけられた……? 噂に聞いたことはあるけれど、体験するのは初めてだし、それを斟酌するだけの経験も足りない。
とにかく無事だったのなら、よしとするか……。
体を起こそうとして、防具が引っ掛かるのに気づく。半ば強引に体を起こそうとして、急にそのつかえが外れると、すとんと立った。
……え? お尻ですわったのではなく、お腹の辺りが直接、地面へと着地した感じだ。先ほど感じた引っ掛かりも、防具がそこにあった異物にぶつかったもので。その異物とは……。
下半身!
それは切り離されたまま、そこに横たわっている。
ボクが起き上がったのに、まったく動くこともない。当然だ、切り離されているのだから。
「……ん? ふぁ~、やっと起きたか。よかった」
そのとき声が聞こえた。でもそれは耳にするのではなく、脳に直接語りかけてくる声だ。
「状況に混乱するのは分かる。でも、驚くなよ。オレは、オマエの下半身にやどった意識だ」
「…………」
驚くよりも、状況が突拍子もなさ過ぎて、悲鳴すらだせずにただ呆然とするしかなかった。
「体が二つになって、意識もそれぞれに宿った……ということらしい。それで死ななかったようだ」
「でも、脳は? 心臓は?」
「知らん! オレだってこんな状況に戸惑っているんだ。オマエが気絶している間に先に起きたから、早く状況を察しただけだ。でも、オレは下半身で生きている。それが事実だ」
ボクが意図せずとも足がバタバタするのをみて、信じざるを得なくなった。
「とにかく、ごちゃごちゃ考えている時間はない。周りをみてみろ」
ここは魔獣が跋扈する森――。いくら目立たない藪の中とはいえ、見つかったら最期だ。
「とにかく立たないと……起こしてくれ」下半身はそういった。
「立てないの?」
「バランスが悪いんだよ。手を貸せ」
まさに手を貸して、下半身を起こす。そのとき下半身のお腹をみると、澱んだ光に覆われ、異世界へと入りこんでしまい、どうやらこれが傷口を覆うために生きていられるようだ。
跪く下半身に、何とか這い上がった。
防具が邪魔をして、中々上手くはまれない……と、立ち上がったせいで魔獣にみつかった。
落とした剣を拾おうとして、上半身が滑り落ちそうになった。防具から手を放すと落ちる……。でも、それだと戦えない。
「ローンウルフ……」
この辺りでは一般的な、ふつうであれば一撃で倒せるぐらいの魔獣だ。一体だし、すぐに倒そうと片手で剣をふった。
くるん!
勢いあまって、上半身だけが回転してしまう。
どうやら磁極が同じものを近づけたときのように、少し浮いて抵抗がほとんどなくなっているようだ。
上半身だけ後ろを向いたボクに、魔獣が襲いかかってきた。その剥きだしの牙があたる瞬間、勝手に足が動いて魔獣を蹴り上げる。でもその衝撃で、上半身はすべり落ちていた。
「イタタタ……」
「早くトドメをさせ!」
下半身にそう命じられ、魔獣の首に剣を突きさす。
「足腰が安定しないって、こんな戦いにくいんだ……」
まさしく痛感した。背中の防具にしまっておいた、布をとりだす。
「何をしているんだ?」
「コルセットだよ。ボクはヘルニアがあって、腰に巻くことがあるんだ。これで固定する」
さらに防具も腰の辺りを固定するように留めた。
「とにかく、早く町に行こう」
下半身はそう促すが、ボクは倒した魔獣の解体をはじめた。
「リュックをみたら、お金がなくなっていた。このまま町に行っても、宿にも泊まれない。ローンウルフのお金になるところは、この背中の毛がふさふさした皮だけなんだよ」
その毛皮をもって、ボクはこの意思をもつ自分の下半身とともに、森を抜けようと歩きだした。
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