あかつき 2
その日の34292431-1111-3226さんからのメッセージはいつもの「好きです」だけじゃなくて「綺月さんはいつも頑張ってるよ」と二通目があった。「よ」が気になる。今まで丁寧語の「です」だったのに、もっと近くで見ている年上の人間、それも親しみを感じている相手だ。誰だろう……やっぱり鏡野さん? でも現場じゃ「綺月ちゃん」でアカウントのメッセージは「綺月さん」だ。ふぅ、これだけじゃ情報が少なすぎる。温もりを求めて布団に手をかけるとスマホから手を離す。布団に入ったらスマホは絶対見ないというのがイソスタグラム開設に決めた約束だ。34292431-1111-3226さんのことはこれまで深く考えたことがなかったけれど、情報が少なすぎる。アカウントは非公開で投稿はなし。フォロワーはなし。つまり見る専用のアカウントだ。鏡野さんみたいにプライベートアカウントを持っている芸能人は数多くいる。見る専用のアカウントしか認められてないこともあるだろう。私は学生時代の友達と繋がるアカウントは持っている。非公開で、友達の大半も非公開アカウントで、メインは別に持っている。メインのアカウントで公式アカウントをフォローしてくれるけど、プライベートアカウントで繋がっているサブアカウントは公式と繋がりを持っていない。芸能活動を許してくれる学校は少なくて、友達も別の世界で活躍する人間だから、愚痴アカウントだったり本当のプライベートを晒すアカウントだったりする。鏡野さんのプライベートアカウントってどんな風に運営してるんだろうか。友人と一方的にでも繋がっているんだろうか。年下の私がそんな風に切り出したら訝しく感じるだろうか。
もし34292431-1111-3226さんに「いつもありがとうございます」と返信できたらどんなに嬉しいだろう。自分の気持ちが繋がれたら、それは34292431-1111-3226さんにとっても嬉しいはずだ。
もし34292431-1111-3226さんが鏡野さんだったら、どうなる?
「綺月ちゃん嬉しい! 私の気持ちが伝わってたんだね!」
そんな風に喜ぶだろうか。なんか違う。
「ごめんなさい、そんなつもりじゃなかったの……」
違う。てか、これは絶対に違って欲しい。やだやだやだ。鏡野さんも34292431-1111-3226さんもいなくなっちゃ嫌だ。
第一、現実の鏡野さんはそういうこと言わなさそうに見える。
『そっか、良かった。応援してる人に嫌な思いして欲しくないから』
『嬉しい、嬉しいです。鏡野さんとたくさん会話できて』
『良かったあ』
そういって笑った鏡野さんの嬉しそうな表情が脳裏に浮かぶ。応援してる人が嫌な思いしてないか心配。返信できたらいいのにな。ダメ、かな?
メッセージで問題が起きたら、マネージャーに見せて確認することになっている。イソスタグラム開設にはたくさんの条件と約束が付随されていて、私自身の判断ではどうにもできないことがあった。私が未成年で、開設時に義務教育中だったからだ。返信禁止ルールを破ったら、成人してルールが緩むことはないだろう。我慢しよう。だって、ルールを破ったらきっと34292431-1111-3226さんも鏡野さんも悲しむ。それに、マネージャーに返信がバレてアカウントをブロックされたり、私自身のアカウントを削除したりすることになったら、私も悲しい。あんなに笑って心配してくれた鏡野さんも悲しむだろうし、34292431-1111-3226さんは私の情報が見れなくなる。嫌いになるかもしれない。そんなの嫌だ。誰かに嫌われるぐらいなら、好かれる努力をしたい。どうしたら気持ちが伝わるだろう。
たった四文字の「好きです」のメッセージにこんなに影響されてるなんて思っていなかった。いや、鏡野さんが34292431-1111-3226さんかもしれないと感じているから? どっちだろう。両方かもしれない。憧れてる人から好意を向けられるなんてそうそうないことだよ。
スマホを充電器に挿して横になった瞬間、心臓が高鳴った。ドキドキドキ。左胸を上にして、脇に手を挟む。ああ、心臓が動いているのがわかる。頭で考えている以上に心を動かされている。鏡野さんに、34292431-1111-3226さんの「好きです」に。こんなに早い鼓動がずっと続いたら死んでしまう。落ち着け。おさまれ。でも、鏡野さんと34292431-1111-3226さんにドキドキしていて嬉しい。私は本音の部分でわがままな人間だから、嬉しいことは連続して起きて欲しい。ふと銀河くんが左腕を震わせていたことを思い出し、目を閉じた。
明日は明日の撮影がある。残念ながら鏡野さんはいないけれど。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます