あかつき 1

 雨の降ってる午前中だった。午前は主演不在の現場で、銀河くんと一緒の場面を主に撮影する。


 銀河くんの左腕が震えてる。小刻みに、いや揺れが大きくなっていく。右腕で止めようとして、それでも震えている。緊張からくるものだと知っている。久しぶりの共演だけど、全然緊張してない私とは対照的だ。緊張感はある、だけどその感情をコントロールできている。私から声をかけたほうが彼の緊張も少しは解けるだろうか。あれほど緊張していると本番に影響が出るのは必至だ。


「銀河くん、どうしたの」


 身長の高い彼の左腕に手をかける。


「うるせえ」


 さっきまで震えていた腕とは思えないほどしっかりした力ではねのけられて、もう幼い頃みたいな力関係じゃないんだと思い知った。


「綺月、ごめん」


 そう言うと踵を返して、セットへ紛れこんだ。しばらくするとスタッフと談笑を交わし始めた。私のしたことは彼にとって余計なことだったんだろうか。こんなときは34292431-1111-3226さんからの「好きです」のメッセージが届いて欲しい。そうしながらイソスタグラムの投稿文を考える。しばらくすると悲しんでいた心が少しだけすっとして、私も周囲のスタッフと挨拶を交わしてセットへ入り込んだ。


 午後には雨が上がったが、どんよりした曇り空は相変わらずだと関山さんから聞いた。撮影所のセットに入ると、外の天気のことなんて頭から抜け落ちてしまう。投稿に天気の話を書いた方が共感はされやすいと教えられてから気をつけてメモしている。

 今日だったら『スッキリしない天気ですね、私もスッキリしなくて落ち込んでます。みなさんはどんな方法でスッキリしてますか?』みたいな投稿文。だけど、たまにそういう投稿の方法をよい子ちゃんだなぁと感じてしまって、それが今日だった。


「綺月ちゃん、どうしたの? 浮かない顔してる」

「あ、鏡野さん。おはようございます。いや、ちょっと」

「言えない話?」

「ではないですが」


 後ろを振り返る、見える範囲に銀河くんの姿はない。


「実は、さっき銀河くんに腕をはねのけられて……喧嘩したとかじゃ全然なくて、緊張してるみたいだったからつい手をかけた私が悪いんです」

「後ろからだった?」

「そう、そうなんです。きっと驚かせてしまったから」

「うーん、そうだねえ、私もそういう失敗したことあるけど、前から視線合わせた方がやりやすいよ。今みたいに!」


 その声に頭を上げると、目を細めて笑う鏡野さんと視線が合う。あの化粧品ポスターとは違う。大きな瞳が見えないほど、目を細めて笑いかけてくれる。


「はい! ありがとうございます!」


 よっしゃ。今日の投稿文はこれだ。『撮影で失敗しちゃったけど、鏡野さんにいい方法教えてもらいました。ありがとうございます!』

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