月かたぶきぬ 4

 クランクインを迎えた。奥村監督から出された宿題はだいぶ難しい。共演者ともその話をしたが、答えが出たなんて簡単に曝け出してくれる人はいず、難しいと共感しただけで終わる。話のきっかけにはなるが、信頼関係が築けてないから教えてくれないのか、それとも私みたいに本当にわからないのか、それすらも久しぶりの感覚が狂わせているのか、会話が続かない。


「おはよう、メッセージ読んでくれた?」

「鏡野さん、おはようございます。イソスタグラムのメッセージはいつも全部読んでますよ」

「良かったぁ。マネージャー検閲とかあったら恥ずかしいなって思ってたの」

「私のところはそういうのないんで」

「……え、大丈夫? 嫌な思いしてない?」

「大丈夫です! マネージャーさんと打ち合わせしながら運営してるので」

「そっか、良かった。応援してる人に嫌な思いして欲しくないから」


 ……あ。全力で胸がギュンとなった。こんなに有名で人気者が視線を逸らし気味に伝えてくれる。応援してると。


「嬉しい、嬉しいです」

「ん?」

「鏡野さんとたくさん会話できて」

「良かったあ」


 目を細めて笑う鏡野さんは立ち話もなんだからと椅子を用意してくれた。監督からの宿題である『ルールブルー』の話題は出ずに「イソスタグラムのあの写真が良かったよ」「あの衣装が好き」と私の投稿に関する話題ばかりで本当に好きなんだと感じた。

「好きです」の34292431-1111-3226さんかもしれない。IDの数列がちらりと脳内をかすめる。

 顔合わせでは言いそびれた鏡野さんのイソスタグラムアカウントのフォローをやっと伝えられた。お互いに公式アカウントでフォローする。たったそれだけの話なのに。


「私は自分で運営してないから、綺月ちゃんはえらいなぁ。自分でやってて」

「そ、そうですかねぇ。ありがとうございます」


 鏡野さんのイソスタグラム運営はマネージャーに一任されているようだった。

 どれも本人が書いたようなシンプルな文章に、嬉しそうな笑顔の写真が添えられている。忙しいであろう仕事の合間に、衣装のブランドアカウントを子細に記載してあるのは文章のシンプルさとはバランスが悪いように感じた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る