第2話 夢でしか逢えぬ者

「遭いたい人がいるんだ」辻は絞り出すように言った。

「へえ、お前に落とせない女なんているのかよ」

「その人とは夢でしか逢えない」

素山は丸氷を指で回した。

夢でしか逢えない。誰か亡くなったのだろうか。

辻は密やかな声で言った。

「マスターの奥さん、亡くなったらしいぜ」

百合の花の香りがする上品で美しい人だった。

「前は二人でカウンターに立っていたのにわからんもんだな」

「ああ、仲のいいお似合いのご夫婦だった」

素山は再び丸氷を指で回す。

年齢の割に若く美しかった。何で亡くなったんだろう。

マスターも今は奥さんと夢で逢えているのだろうか。

どうしても自分に置き換えて考えることができない。

家には煩い博美とヤンチャ盛りの美智がいる。

いなくなるなんて、想像もつかない。


「恭介、聞いていいことかわからんが、お前も恋人が亡くなったのか?」

「あぁ、癌だった。見つかった時には背骨に転移していて、手の

ほどこしようがなかった」

「そうか。何年一緒にいた?」

「2年だ、俺は初めて恋をして愛を知った」

素山は辻を抱きしめた。

時間にすると20秒ほどだが。そうしなければ

辻が壊れてしまいそうな感覚に襲われた。

辻が耳元で少し鼻をすする音がした。

BARで中年男性同士が抱き合っている。それは異様な光景である。

だが今はそれでいいと思えた。

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