EP.18
空を見上げていた。
ギザギザの縁に切り取られた空。
青い。
しかし、遠い。
解はゆっくりと身体を起こす。部分的に陥没した地面。その縦穴の底に彼は居た。辺りには瓦礫が散乱している。
「何で……」
両目を手の平で
トーストとコーヒー。今日の朝食だ。それから
「あ」
解は思い出す。変換杖の訓練の帰り道だ。
普段通り、東雲姉妹に付き添われ、解は装甲車に乗り込んだ。しかし、途中で装甲車は止まった。運転手が言うにはエンジンの故障らしい。森都までそう遠くはないので歩くことになった。そして、しばらく歩いた頃だ。解は爆発音を聞いた。それが何の音か分かる前に、視界が黒く染まる。そこで意識が途切れた。
気付けばこの大穴の底で空を見上げていた。
解はバネ仕掛けのように立ち上がる。
一緒に居たリコやリツ、運転手の姿が見当たらない。何処へ行ったのか。解は瓦礫の山を探し回る。そして、姉妹を見つけた。並んで倒れている。苦しむ様子はない。それとも、もう苦しむ必要も無いということか。
「大丈夫か! しっかりしろ!」
「……んっ」
そんな音がリコの口から
「……大洋君。ここは?」
「地下通路が崩れたんだと思う」
流石と言うべきか、それだけでリコは状況を把握した。すぐさま自分の身体に異常が無いか確かめる。その間に、隣に倒れていたリツも目を覚ました。
「ふぁー。良く寝たなあ……」
「お姉ちゃん……。緊急事態なのです」
リコが呆れながら言った。
「あ、本当だ」
リツも、そこからの動きは速かった。リコと同様、自己診察を手早く済ませ、装備の有無を確認する。黒い刀身のセラミックナイフに、〇六式拳銃。青春の象徴ともいうべき制服の内側から、そんな物騒なモノが転がり出る。
「うん。全部、有る」
「怪我は?」
「無いよ。リコは?」
「
「私もそんな感じ。大洋は……平気そうだね」
三人は改めて周囲を見渡す。穴の底には瓦礫が散乱していた。その
解たちは瓦礫を掻き分けて装甲車の運転手を探した。しかし、彼だけは見つからなかった。これだけの事故だ。三人の命が有るだけでも奇跡だった。
「崩落したのに、なんで俺たちの上には瓦礫が無いんだろう?」
下敷きになってもおかしくないのに、と解は疑問を口にする。
「私たちの真上で、爆発が起きたのかもしれません」
リコが言うに、「森」では爆発が
「おかげで、爆風が瓦礫を吹き飛ばしたのかもしれません」
出来すぎだろう、と解は思う。推論を語るリコ自身も納得はしていなかった。しかし、目の前の現実を受け入れざるを得ない。この瓦礫の山。そして、自分たちは生きているという事実。
日が傾き始める頃、瓦礫を退ける作業の手を止めて、リコが言った。
「暗くなると危険です。その前に、安全地帯を確保しましょう」
解たちは大穴から這い出した。穴から出ると、そこは「森」だった。東日本を覆いつくす、立ち入り禁止の「森」。目の前に苔むした像が有った。辛うじて犬の形だと分かる。リツがその像の台座を、靴の底で擦った。
『忠犬ハチ公』
そんな文字が現れる。
「すごい。渋谷じゃん」
リツが呟く。今やその街は、例えば「渋谷風コーディネート」のように、お洒落な形容詞として名前を留めるのみ。かつては、細長いビルがひしめき合っていたのだろう。現在、代わりに大樹がそびえ立つ。広げた枝葉が空を覆い尽くしていた。
「ここが渋谷駅前なら、西に行けば
リコが脳内に地図を広げながら呟く。
「移動するのか?」
「はい。そのつもりです」
「移動したら、救助が見つけにくいんじゃ?」
「救助なら来ません」
「え?」
「来れないのです」
リコはそれ以上、解の疑問に答えようとはしなかった。ただ、足早に西を目指す。
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