EP.17

「……無い」

「有るわ!」


 解が叫んだ。


「うるさいぞ、お前ら」


 その時、教師が教室に入って来た。生徒たちは慌てて席に着く。座席はひなだんのようになっていた、後ろに行くほど高くなっている。教壇きょうだんを見下ろす形だ。解が驚いたのは、席に一つずつデスクトップパソコンと、タブレット端末があることだった。教科書も全て電子化されているらしい。教育に対する力の入れ具合がうかがえた。

 授業はオリエンテーションから始まった。


「あー、お前らは、晴れて防衛科に配属されたわけだ。卒業後は自衛隊に配属されると思ってもらって構わない。卒業後、すぐに配属される者もいるだろう。中には進学して、専門教育を受けた上で配属される者も居る。何にしても役割は――」


 教師の言った通り、森都では職業は個人の適正によって割り振られる。本人の意思は介在しない。余りにも横暴だと解は思う。しかし、教室を見渡してみても皆、食い入るように教師の話を聞いていた。オリエンテーション後の休み時間。解は後ろの席の犬養に話しかけた。


「なあ」

「あ?」

「……俺たち、将来は自衛隊に入るんだな、って思って」

「そりゃそうだろうよ」

「不満とか無いのか?」

「不満? なんで?」

「……いや、自分で選べないから」

「選ぶも何も、自衛隊が自分に向いてるんだろ? 自衛隊しかないだろ。むしろ、他の自分に向いてない仕事なんてしたくねーよ。急にどうしたんだ?」

「やりたい仕事とか無いの?」

「森都の役に立つなら何だって良いよ。大洋。お前、どうしたんだよ?」

「いや、別に……」


 始業チャイムが鳴る。会話はここで途切れた。午前中の座学。予想以上にレベルが高い。進みも早い。解も何度か指名されたが、


「分かりません」


 としどろもどろに言うのが精一杯だった。

 午後は実技だった。

 拳銃の射撃訓練だという。教官は退役した自衛官だった。

 森都総合高校の上層階には各種訓練施設が備えられていた。解たちは第三射撃場へ移動する。そこには遮音版で区切られたブースが、ボウリング場のように並んでいた。ただ、ブースの向かいに有るのはピンではなく、円形のターゲットだった。


「拳銃射撃は中学校でも習ったとは思うが、今回はその復習だ。〇九式拳銃を使う」


 教官が言った。生徒一人に一つずつ、拳銃と作業台が宛がわれる。


「まずは分解からだ」


 解はそもそも銃が分解できるという事を知らなかった。しかし、復習だと教官が言った通り、説明は必要最低限だった。それでも皆は難なく分解をこなす。一方、解は「トリガーとハンマーの連結部」と言われても、ハンマーが何か分からない。そのため図面でハンマーとは何かを確認する。その間、周りの生徒は次の段階に進んでいる。


「防衛科に適性が有るというだけあって、皆、スムーズだな」


 全体を見渡しながら教官が言った。しかし、一人だけまごついている生徒が居る。口をきつく結び、額には汗が浮かぶ。視線は図面と銃の間をせわしなく行き来していた。その生徒の名前は「大島大洋」。森都の英雄だった。

結局、階は教官に一対一で銃の分解を教わるという特別指導を受けた。その様子を周りの生徒はちらちらと伺っていた。

 射撃が始まる。生徒は分解と掃除を済ませた銃を持って、射撃レーンに入る。


「始め!」


 教官の号令。解は説明された通りに銃を構える。身体はやや前傾。利き手側の足を僅かに引く。呼吸はゆっくりと。下腹部に力を籠める。右の手でグリップを握り、左手で、右手全体を包むように支える。ひざひじはわずかに曲げる。衝撃を吸収するためだ。

 そして、引き金を、引く。

 拳銃を握った右手から、衝撃が身体に伝わる。そのビリビリという感触の残滓ざんしが、身体に絡みついている。

 弾倉だんそう二本分。つまり、あと二十九回、解は引き金を引かなければなない。自然と全身が強張っていた。奥歯を噛みしめる。解は必死に引き金を引き続けた。

 結局、解の成績はクラスでも最下位だった。それも、断トツの最下位。

一方、一位はリツ。二位はリコだった。実践経験が有るとこうも違うのか。三つの同心円から成る的の一番内側の円に、半分以上の弾が集中していた。銃声と共に、長い髪がふわりと揺れるさまは、美しくすら感じさせた。

はるも難なく銃の整備をこなし、真ん中ほどの順位に収まっていた。


「次回から〇六式拳銃を使う。〇九式より威力が大きいが、君たちなら問題ないだろう」


 授業の終了間際、教官の一言に解は気が重くなった。

 森都の英雄。

 そんな周囲の期待を、解は今日一日で嫌と言うほど理解した。しかし、自分は、その期待通りに振る舞えそうにない。自分は「大島大洋」とはまるで違う。遺伝子配列は同じなのに、余りにも違うのだ。

 何故。

 腰に吊った枝枉しおうが重い。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る