EP.5


まるで鏡合わせのように見つめ合う二人。認められる違いは、生きているのか、死んでいるのか、という事のみ。


「これは誰だ?」

「君さ」

「……複製(クローン)か?」

「正解だよ。流石だね」

 

解の鼓動こどうが速くなる。訊きたくはないけれど、訊かずにはいられない。そんな質問を彼は口にした。


「原型(オリジナル)はどっちだ?」

「君ではない」


 宮藤が断言する。解の背中は冷や汗でびっしょりと濡れていた。十五年は付き合ってきた、この身体。それが異様によそよそしく感じる。


「そんなの犯罪だろうが」

「それを決めるのは、私たちだから問題ない。……とは言え、公にできないのも事実だ。だから、わざわざ森都なんて代物を造った。この都市のことは、海外諸国はおろか、日本国民も知らない。実際、君も知らなかっただろう?」

「知るわけがない」


 東日本を覆う立ち入り禁止の「森」の中の、半地下の都市など知るはずがない。

その時、給仕がお茶を運んできた。各々の前に紅茶と茶菓子が置かれる。それと一緒に、新聞が幾つか運ばれてきた。どれも馴染みの有る全国紙だった。


「失礼」


 そう言って宮藤は新聞をめくる。そして、目当ての記事を見つけたらしい。彼の手が止まる。


「見てごらん」


 宮藤が指した記事は、小さく紙面の端に載っていた。要約すると次のようになる。


「御堂解(15)が通り魔に襲われて死亡」


他の新聞にも、解が死んだ通り魔事件の事が書かれていた。

 御堂解という人間を殺す必要は有る。

 その言葉の意味を解は理解した。彼がこうして森都に誘拐されたのだ。人間が一人、消えたわけである。しかし、御堂解は死んだ事にしてしまえば、誰も彼が居なくなった事に疑問は抱かない。宮藤は言った。


「君には選択する権利が有る」

「何を?」

「この記事の通り、御堂解キミとして死ぬか。それとも、そこの死体――「大島大洋(おおしま たいよう)」として生きるか」

「「大島大洋」? 誰だよ」

「君さ」


 後頭部に冷たい感触。新聞を運んできた給仕が、解に銃口を押し付けていた。選んでも良い。その言葉とは裏腹に、選択肢など初めから無かった。生きる為には「大島大洋」になるしかない。銃口を突き付けられたまま、解は言った。


「……こんなものなんだ?」

「驚くのは無理もない。悪いが、今すぐ決めてくれ」

「違う。そうじゃない」

「何を?」

 

確かに、解は驚いていた。

しかし、この状況に対してではない。

事実、銃口を突き付けられた時には、既に生きる決意は済んでいた。彼が驚いたのはむしろ、自分が「御堂解」を止めることに、まるで執着が沸かない事。

 御堂解という人間と、その人生。

解自身が驚愕するほどに、それらに対して執着が無かった。

所詮、その程度の価値だったのだろうか。

 投げやりな気分で解は訊く。


「「大島大洋」になっても、音楽は聴けるか?」

「音楽?」

「無理なら、望月詩灯の歌だけでも良いから」

無論むろん、可能だ。不自由はさせない」


 その答えを聞いて、解は言った。


「良いよ。別に、誰だって」


その言葉は、誰にも向いていないようだった。

ただ、夕暮れの森に飲み込まれて消える。

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