毒の隣(どくのとなり)

麻井 舞

第1話

 今夜もまた、私はバラバラになりました。

 今夜もまた、あの子はバラバラになったカケラを拾い集めています。



〝君のハートはガラスだねぇ〟


 昔、初めて働いたバイト先の店長にそう言われたことがあります。


 その通りです。私は昔から傷つきやすく、他人の些細な言動に落ちこんできました。いつも周りの顔色を窺って、気分を害さないようにしていました。相手が上機嫌だと、私を傷つける発言をしないからです。


 でも、このままではいけないとも思っていました。もっと強くならなければ、と。


 いろんな方法を試してみました。

 だけど全部ダメでした。


 何にも変わらないまま大人になりました。

 就職しました。

 体育会系の根性論のバイタリティな会社でした。


 入社3年後に、私は初めて〝バラバラ〟になりました。

 ガラスが割れたように砕けて、心が床のあちらこちらに飛び散ったのです。


 今思えば、こうなる前兆は数週間前からありました。お腹が空かない、眠れない、身体が重い、文章を読んでも内容が頭に入ってこない、人の声は聞こえるのに言葉の意味が分からない、悲しいのに涙が出ない。


 散らばったカケラたちを、私はただぼんやり眺めていました。これらを拾って元の形に戻さなければ、明日仕事に行けないのに。

 何故動けないのか。

 缶ビールを呑む力は有るくせに。


 そんな時間がどれくらい続いたでしょうか。

 別室で寝ていたあの子が起きてきました。

 まだ深夜3時を過ぎた頃なので、とても眠たそうです。


 しかし床の惨状を見た途端、あの子の重たそうな瞼がハッと開きました。


 すると、あの子は一切の躊躇もせず、カケラたちを拾い始めました。

 割れたカケラは尖っています。あの子の小さな手は傷つきます。痛そうに顔を歪ませます。

 それでもあの子は手を止めません。どんな微々たる破片でも見落とさないとばかりに、机や棚の下を覗き込み、部屋の隅々まで探し、集めているのです。


 しばらくして。

 全てを集めたあの子は、オドオドしたような、少し緊張したような表情で、私にカケラたちを差し出してきました。


 私は、受け取りました。


 あの子は、安心したように笑いました。


 両手の指に血が滲んでいるのに、笑っています。

 

 そんなあの子の姿を見た瞬間、随分と久しぶりに涙が出たのを覚えています。


 嬉しかったとか、感動したとか、そんな綺麗な理由ではありません。


 あの子が可哀想で仕方がなかったのです。


 あの子は、私に呪われている。


 そう感じたのです。


 

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