そうして僕は、この喜びを祝福する


 ――そうして、僕が再び意識を取り戻した時には、全てが解決していた。


 如月学園の裏側で起こったもう一つの事件。小さな、だけど長年に渡って動いていた犯罪組織の壊滅――そこに関わる『JOKER』の存在。


 そんなビッグワードに釣られて学園の方には連日報道機関が引っ切り無しに来ていた。


 学園側の対応、犯罪組織と今でも繋がりがあるのか。

 様々なことを訊いて、そしてやはり一番は――。


「警察でさえ見抜けなかった犯罪組織に気づいた女子生徒の正体を!!」


 ……らしい。


 やはり火のない所に煙は立たぬと言うか、どうやってその情報を知ったのか。

 とまあそんな事になってしまったので、学園側はひとまず生徒たちに家庭学習期間を設け、学園の方には来るなともそう念押しされた。


 僕は気になって、個人的に宙と連絡を取った。

 宙の声はやや疲れた様な感じがあって、訳を聞いてみれば、菜穂に散々泣かれて怒られたそうで。


「……でも、僕もやっぱりそう思うよ。一言ぐらい連絡してくれれば……って。お腹の傷だって女の子なんだから、残ったらシルヴィアさんだって悲しむよ」


「……ええ、そうね。お腹の傷は浅かったから残らないそうだけど、流石の彼に泣かれたら私も困るわ」


「ははは」


 確かに、シルヴィアなら号泣してもおかしく無さそうだ。

 僕がそう笑うと、宙がねえ、と声を掛けた。


「もう一回笑ってくれない?」


「え? わ、笑うって……は、はははは……」


 試しに笑ってみると宙はうーんと、何か違うのか続けて言った。


「そうじゃなくて、こう悪者みたいにクックックって」


「くっくっく……」


「ダメね……白理君は悪人向きじゃないわ」


「褒められているのかけなされているのか……」


 何をやらされているのか分からなかったけど、取り合えず、宙が無事でよかった。

 その後軽い会話をしながら、僕は電話を切った。


 あんな事が起こった後でも、僕の生活はあまり変わらない。宿題をやってたまに靖国の誘いに乗ったり、たまの日には菜穂と会って話したりと、日常を謳歌している。

 こんな日常を守ってくれたもう一人の僕には、本当に感謝してもしきれない。


「おう白理、相変わらず元気そうだな」


 街の中心部にある総合病院、その簡易ベッドに伏しているのは矢車だった。

 僕がお見舞いに行くと、矢車は手に持っていた手帳を閉じると、僕の方を向いて言う。


「こんにちは矢車さん」


 僕は小さな花束を空の空き瓶の中に入れて、窓を開ける。

 小さいながらも個室を貰っている辺り、本当に重役なんだなと思いながら、僕は簡易椅子を引っ張る。


「警部と呼べ、警部と」


「まあまあ。……それで調子はどうですか?」


「別にどうってことねえよ。ギリギリ内臓を避けたから軽い摘出手術だけで済んだ」


 内臓を避けたから大丈夫だって……どんな世界観の人間なんだ。


「そう言えば、服部さんは?」


 そう言えば彼の姿が見当たらない様な。

 というか、ここ数日は姿も見せていない。


「服部……か。俺には過ぎた後輩だったよアイツは」


「どこにいるか知っているんですか?」


 僕の問いに、矢車は少しお腹の傷辺りを撫でながら、窓の向こうにある景色を眺めながら口を開いた。


「アイツは……今は外国にいるさ。出世だよ出世、大出世だ――もう二度と会う事もない」


「そう……ですか」


 言いたい事は沢山あったが、矢車の、その苦しそうな顔の前では何も言えなくなってしまった。何かを知っているのだろうか、僕は話を変えて最近のことを話した。

 学業のこと、私生活のこと『お前は模範すぎるから、もうちょっと羽目外せ』と言われるのがオチだけど、それでもこの刑事さんには何でも話せる様な、そんな気持ちがある。


「そう言えば、何でも月見宙はこの期に本格的に探偵業をやるらしい。シルヴィアに教えを乞うぐらいにな」


 僕はあの夜の出来事について思い出していた。

 確か――そう、確か宙は『学園探偵』でも名乗ろうかと言っていた。

 僕がその事を矢車に伝えると、矢車は薄く笑みを浮かべながら言った。


「豊崎菜穂も入るんだろ? なら――学園探偵AIってのはどうだ?」


「AI? ――それってartificial intelligence人工知能の略称の?」


「そうじゃねえって――」


 矢車が僕の耳に小声で告げる。

 その意味を、その真意を。


「そんだけの元気があるならもう大丈夫ですね! 僕はもう帰りますよ。夜には用事がありますので」


 僕は立ち上がって簡易椅子を元に戻す。

 矢車が薄気味悪く笑いながら、おちょくるように言う。


「お、豊崎菜穂とのデートか! つかまだお前ら付き合ってなかったんだな」


「違いますって!」


 僕は荷物を纏めて病室の扉を開けた。

 その時――。


「お前もそうだが、月見宙と豊崎菜穂のことに関しては心配するな。俺達警察と、学園が何としてでもお前たちを守る」


 最後に、矢車は去り際の僕の背中にそう伝えて、また手帳に目を通した。

 ……全く、そういう所が本当に憎めない。


「……ありがとうございます」


 僕はそう言って、病院から出て行った。


 ==


 時刻は午後八時半。

 あの後、僕は菜穂と一緒に街へ出かけていた。

 シルヴィアが気を利かせて、僕たちの為にパーティを開いてくれたからだ。

 パーティと言ってもささやかなもので、飲食店の一室を借りてのものだった。


「えへへ、こうして有くんとお出かけするのも久しぶりだね」


 今はその帰りで、宙はそのままシルヴィアに訊きたいことがあるからと言って、だから今は僕と菜穂だけ。


「確かに久しぶりだね。今日は楽しかったよ」


「う、うん……」


 満天の星空に、少し欠けた月が見える。

 菜穂と一緒に帰るのは確かに久しぶりなことだった。

 それにしても本当に、本当によく変わった。


 その立ち振る舞いも、言葉遣いも、何もかも変わった。

 いや……変えてくれたのか。

 僕のために、僕に似合う存在になれる為にと。


 唯一僕が勝っているのは身長ぐらいか。

 それでも彼女の体はとても美しく、モデル体型――と言えば良いのだろうか、とにかく、引き締まっている。


 そんな引き締まっている体だからこそ、そのやや存在感がある胸が余計に強調されているのだろうか。


「ア、Iか……」


「アイ?」


「い、いやいや何でもないよ」


 そんなきょとんとした顔で、あどけない笑みで、無垢な瞳で見つめないで欲しい。

 脳裏に矢車の笑い顔が浮かんできた。

 ええい、惑わされるな振り回されるな!


 そうしてしばらく歩いて、菜穂の家の前まで来た時。

 それじゃあと、別れようとした僕の裾を菜穂が掴んだ。


「……えと、菜穂さん?」


 菜穂は俯いていた。顔は耳まで真っ赤に染まっていた。

 こちらが心配してしまう程に、赤かった。


「きょ!」


「きょ……?」


「今日は――家、誰もいないの」


 震える様な声だった。

 今日は――って、菜穂の家のことは知っている。

 今日も明日も、きっと明後日も。菜穂の家族は帰って来れない。


 もしかして――怖いのだろうか。

 それだったらまあ、仕方がないか――。


 僕は震える彼女の肩に手を置いて、口を開けた。


「分かった。それじゃあ君が寝るまで、一緒にいよう」


 その時の菜穂のパァっとした笑顔は忘れられない。

 その顔を見て、僕は今更ながら、本当に終わったのだと――そう思っていた。

 終わった。そう、終わったんだ。

 僕も菜穂も宙も矢車もシルヴィアも、誰も死ぬことなく、誰も欠けることなく終わったのだ。


 だから祝おうじゃないか。この安寧を、この平和なひと時を――。



「そう言えば、あの時金塊を盗むように指示した『』って、誰なんだろう……?」



 ――こうして月見宙と豊崎菜穂の『学園探偵』が生まれた。


 それから僕は彼女たちと会う機会が減った。

 菜穂とは電話でたまに話しているが、宙は見かけることも少なくなった。

 だけど見かける度に、誰かの相談に乗っている姿を見る度に、ああもう僕はいらないのだなと、そう思ってしまう。


 だってそうだろう。僕は探偵じゃないし助手でもない。

 ただの――被害者だ。

 だから――――――。


「ほらな……? 言っただろ、俺は犯人じゃないって」


「なのに――なんで」


「どうして――みんな信じてくれないんだよ!!」


「俺は犯人じゃなかったのに!!!!」



 ――そして僕たちが再び出会うのは、一年後の事件のこととなる。


 その時もまた、例に漏れず僕は被害者だった。



〈了〉



























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