悪いが全て盗ませてもらうぜ


「へえ…………」


 その男は興味深そうな顔をしていた。

 歪ませた顔に右手を隠すように上げた。

 数秒後、そこにはいつもの平然とした様な服部が立っていた。


「な、なん……で服部さんが……」


 宙が震えた声でそう言った。

 顔色が悪い――血が流れ過ぎているからか、大分無茶をしているようだ。

 俺は喋るなと言いながら、拘束用の拳銃を引き抜く。


「――まさか月見宙では無く、豊崎菜穂でもなくこんな泥棒にあっさり見破られるとはね」


 弾数は三発。しかも射程距離は短いからこっちから接近しなければならない。

 気になるのは相手の力量だ――先ほどの射撃は、俺が奴の正体に気づいていたから警戒していたのと『アレ』を使ったからだ。


 頭痛が酷い。まるで脳を釘打ちされているような感じだ。

 このままでは有の体にも後遺症が残る。

 俺がこうして顕現している間は、長期戦が不可能になる。


「良いだろう特別に教えてやる――そう、私こそが『黄金郷の呪い』でもあり……JOKER、貴様が盗むはずだった金塊を盗んだ――」


「『キッカーズ』だろ? お菓子みたいなネーミングしやがって」


 この間のとはまた違う銃だろう。

 防弾仕様のものを着ているとはいえ、服部の射撃スキルは高い。

 あの暗闇の中、正確に俺の肩を撃ったのだから。


「キッカーズやらスニッカーズやらは知らないが」


 決めるなら早めに――だろう。


「悪いがお宝は全て、この俺が頂く」


 ==


 俺は宙を横の本棚の方へと突き飛ばすと、服部が拳銃を俺の脚元に向けて撃った。

 片足を後方へとずらし、それを避けると同時に俺も発砲する。


「……そんな玩具で私は殺せませんよ」


 流石に玩具の銃だと分かっていたからか、片腕でロープを無力化した服部がそう言う。


「悪いが『JOKER』は人殺しはしないって決めているんでね」


 それがアイツと俺が取り決めた約束。

 俺が俺である以上、殺人はしないし出来るだけ相手を傷つけたくはない。

 それに……それは流麗ではないからな。


「ならばどうする。月見宙が我々へと送った通報は私が棄てた。お前が宛てにしているだろう警察の出動は無いぞ」


 弾数が勿体ないと考えたのだろう、ホルダーに銃を戻した彼は俺の所へと肉薄してくる。俺は奴の掌底を避けながら無力化する為に腕を掴む。


「もとより宛てにしてねえよ」


 しかし服部は自身の体を無理やり退いた。

 掴もうとした腕が空振り、足を掛けられる。

 体勢を崩す前に手を付いて、転倒しながら飛び退いた。


『――そんな事言っておいて、どうするの? 確かに私の通報も無意味になったけど、救急車で搬送された矢車さんの存在に気づいた他の誰かが入れるかもしれない』


 通信機からそんな小言を言われた。

 確かに、タイムリミットは存在するな。

 だが今はそれを気にするほどでもないのは事実だ。


 問題は――。


「俺がコイツに勝てるかどうか……か」


「怖気づいたかな? 無理もない、普通銃を持った相手の対処を心得ている人なんて、ましてや平和大国日本においてそうそういないからね」


 そうだな。


 確かに俺も有も銃を持った奴らの手解きは知らない。

 そんなものは軍人さんの役目だからな。(そもそも怪盗は戦闘向きじゃねえよ)

 ……とは言ってもだ。しょせん銃の腕が良かろうと、相手は人間だ。


「それにこれはミステリだからな。異能の存在は認めるが、異能力バトルは認めないタチなんでね……」


「……? さっきから何を言っている」


 俺はトントンと頭を指で叩きながら、覚悟を決める。

 この世に超常現象の存在を示唆しているものは多いし、俺もそれは認めている。

 化学が証明してくれているとは言え、俺の存在も昔はあり得ないものとされていたしな。


 だからこれは異能だとか、超常現象――とかではない。

 列記とした化学だし、異次元の力を用いている訳ではない。

 だが……まあ。


「お前は異能だと思ってくれて構わないよ」


 瞬間、思考が――加速する。


 ==


「――っ、ふざけるな!」


 数分後、服部は地面に伏していた。

 手足を拘束されて、拳銃を奪い取られて。

 うるせえからこのまま口も塞いでしまおうか。


「こんなの……でたらめだ。なんだ、お前はいま何をしたんだ?」


 くらりと眩暈がした俺は、適当に返事をしながら口を塞いで更に拘束をきつくする。

 ……っと、本格的にマズいな。

 視界が真っ赤に染まって、頭が痛くなる。体が軋むような感覚に、俺は直ぐにコートの裏から吸入器を取り出す。


「別に何もしてねえ……よ……」


 酸素を肺に取り込んで、気持ちを落ち着かせる。


「……ち、血が……」


 本棚の影から宙が顔を出しながら、俺の方を見る。

 仮面を被っているからか、彼女から見れば顔に傷を負ったと勘違いしているのだろう。


「鼻血だ。勘違いするな」


 仮面を持ち上げて、乱暴に拭う。

 吸入器を取り外して、俺は宙の元へと向かう。

 表情を強張らせながら、宙は言った。


「もう少し待った方が良いわ――それ以上脈拍を上げると、命に関わる」


 だけどその言葉はどうしようもなく真実だった。

 どれだけ怖かろうとも、どれだけ恐れようとも。

 月見宙という人物は、それでも真実を述べてしまう。


「……俺は人より特殊なんでね、脳の活動領域が普通と違うんだ」


 読書をするための椅子に座りこんで、吸入器を口に当てる。

 こうして酸素を、多くの酸素を脳内に送らせないと死滅してしまう。

 だから長時間の本気は本当に危険だ。


「どこで……というのは野暮だな」


「ええ、とはいっても、貴方の行動を見て予想したものだから、ただの仮説の話だったのだけれど……」


 普通の人間ではまず出来ない。領域の制限解除リミッターオフを出来るのは、それこそ限られた人間だけだろう。それを意識的にオンオフ出来る人間は、恐らく俺ぐらいなものだろう。


「まあ、だから見せたく無かったんだ……別に誰にでも勝てるっつう訳でもないからな。別に情報処理とかそう言うのが段違いに早くなるだけで、身体能力が向上する訳じゃない。相手が逃げに徹すれば、本当にそれだけでいいんだから」


 暫くして体調が大分戻った俺は、それでと、宙に訊ねる。


「警察への通報は済ませたか?」


「……知っていたのね。もう既にこちらに来ているそうよ」


 頃合いかの様に、奥にある窓ガラスから青と赤のランプの光が交互に映った。

 恐らくあと数分後には武装された警察がここに来るのだろう。

 俺と宙は向かい合いながら、宙はじっと俺の方を見ていた。


「……貴方、本当にJOKERなの?」


「ひどい言われようだな。一応、俺はお前を助けたのだが」


「それに関してはどうもありがとう。でも犯罪者は犯罪者らしくお縄に捕まってくれると助かるわ」


「クックック……手厳しいな」


 俺はわざとらしく手を挙げながらそう振る舞う。

 宙がねえと、僅かな疑問を顔に浮かべて口を開いた。


「私のお父さんは殺された。密室殺人だった――そして、私のお父さんの書斎から事件を追っている最中に作っていたとあるファイルが盗まれた」


「そのファイルには世間一般的に言われている『未解決事件』におけるお父さんの仮説などが書き込まれていた。もしかしたらその中に、事件解決に置ける有力な手掛かりもあるかもしれなかった」


「私も、シルヴィア・ローレンスも警察も、JOKERが盗んだと思っている」


 瞳だけが訴えていた。


 ――本当に、貴方なのかと。


 宙はそう思い始めていた。

 自分が助けられたからなのか、それとも俺がこうまでして相手を拘束する、その信念に揺さぶられたからか。


 どっちでもいい――とは言えなかった。

 何故ならそれは、月見宙が名探偵を目指すきっかけとなった事件だからだ。

 この未解決事件を解決することが、月見宙の悲願であるからだ。


「……さあな」


 俺がこの件で口出し出来るのは、これだけだ。


「前提条件を疑え。警察から与えられた情報だけで決して満足するな。常に疑って、行動して――名探偵なんだろ? 出来ねえとは言わせねえよ」


 俺はそう言いながら、遠くの方で階段を駆け上る足音を聞きながら、立ち上がる。

 宙もつられて立ち上がって、行かせないとばかりに手を横に出して通せんぼする。


 だけどこんな女子高生に後れを盗られる俺ではない。

 窓枠に手を掛けて、足を乗せる。


「ちょ、ちょっと! まだ話は――」


「お前との話はこれで終わりだ。女子高生――既にお宝は盗ませてもらった」


「なっ――金塊?」


 右手の中にある金塊を見せて、ニヤリと笑う(相手には見えていないが)


「さらばだ。もう二度と会う事はない」


 最後にそう言って、俺は満月の夜の中、図書室から飛び降りた。

 数秒後、大量の警察に囲まれながら、事情聴取を受ける宙の声を聞きながら。

 俺は裏校舎から脱出して、バイクに乗り込む。


「――約束は果たしたぞ、有」


 そうしてこの日、一つの犯罪組織が消えて、JOKERの名声が上がる事となった。




















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