真犯人
俺が如月学園に辿り着いたのはそれから五分後のことだった。
違反スレスレの
図書室なのは確かだ。それは分かっている。
旧校舎と新校舎……それを繋ぐ渡り廊下と図書室。
図書室は確か二階だったが。遮蔽物があればワン・ツージャンプで届きそうなものだけれど、それはあまり
『どうするの?』
通信機から白亜の声が響く。
時間は限られている。流石に俺も知人が目の前で死ぬのは勘弁だ。
仕方がない、格好良さに欠けるけどアレしかないか。
俺は腕時計に備えられたアンカーを屋上の縁に向けて射出して、巻き取られるその張力と地面を蹴り上げたその脚力を活かして、俺は重力からの脱却を試みた。
――まあ、有体に言うと一瞬だけ大きく跳躍した。
図書室は、光源のない図書室は外からでは何も見えないが、近づいてようやく諸々の位置が把握できた。
そして俺は仮面ライダーよろしくスーパーヒーローの如く窓を突き破って乱入した。
……ま、俺は正義のヒーローでも無くてただの盗人なんだけどな。
==
「じょ、JOKER……? はっ、笑わすなお前の様なガキが?」
覆面の男たちの一人がそう言った。
まあそうだろうな。JOKERが世襲制なのを知っているのはごく少数だ。
多くは語るまい。そもそもあまり声を発したくない。
若干低くしているがあの察しの良い宙のことだ。あまり俺の素性を知られるような、察せられるようなことはしたくない。
警察がここに到着するのは、早く見積もっても十分。
俺がやるべきことは――宙と……誰だあいつ、まあいいや。
とにかく、助ける事だ。
右後ろに迫っていた覆面の男が掛かって来る。
それと同時に今度は左前の奴がナイフを振りかざしてきた。
なるほど、流石は何でも屋だ。実力行使をすると言う実力も、申し分ないってか。
ここからは、ここからが正念場だな。
まずは左からやるか。
俺は右手に持ったナイフで姿勢を小さくして、くるりと後ろに回る。
ガキンとナイフの刃と刃が当たり、嫌な金属音が鳴り響く。
一瞬の躊躇い、0.5秒の隙。
その隙を狙って、利き腕であろう右腕の、脇にナイフを差し込んで切り上げる。
ただのナイフなのでそのまま腕が切断――とはいかないが、これで暫くは利き腕が使えないだろう。
今の行動で1.5秒、俺は即座に足を組み替えて後ろにいた男の攻撃を防御する。
……あっぶね、ギリギリ間に合った。
「バカな……我々はプロだぞ」
焦った様な口ぶり。
「それじゃあ俺は人間のプロだな」
少しのやり取りを後に、俺は先ほどやったように、利き腕を使えなくする。
残るはあと一人――リーダーではないにせよ、この連中の中で一番頭角を現しているであろう男がいる。その男は先ほどの追撃には加わらず、ただ黙って興味深そうに俺を見ていた。
「はぁ……はぁ……はぁ……」
息が苦しい。少し負荷を掛け過ぎたか。
アレを使いたいが、なるべく弱点を明かしたくはないな……。
俺は自然な形で宙の前に立ちふさがると、そこで蹲っている女に言った。
「おい、何かは知らないが早く逃げた方が身のためだぞ? そこの……生徒も」
なんて言えば良いのか分からなかったので、取り合えず生徒と呼ぶことにした。
宙の顔が怪訝なものに変わる。だが口を挟める様な雰囲気では無いことは分かっているのだろう、女の肩を担いで、よろよろと後ろの出口へと動いた。
「――――」
「おっと、ここは通さないぜ」
足を踏み出しながら牽制する。
正直言って、未だにこいつらの実力が掴めていない。
流石に一般人よりかは遥かに強いと思うが――――コイツだけは何か違う。
「こう見えても俺は戦場帰りの傭兵でね。人の殺し方は長けているんだ」
俺の値踏みするような眼差しに気づいたのか、男はハッと笑いながら本棚に背中を預けてナイフの切っ先に指を当てて楽しんでいる。
確かに、黒い服の上からでも分かる体格と、その瞳――爺ちゃんに良く似ている。
人殺しの目だ。
ならば正攻法は無理だな……じゃあ、これかな。
「へえ、意外だったぜ。てっきり後方支援かと」
「煽りのつもりか? 悪いが俺はそういうのは――」
「いや、ただイモっているだけかと思ったよ。僕ちゃん死にたくない~ってな」
「――ア゛?」
え~んと泣き真似をするとその男は面白いぐらいに青筋を浮かべて怒っていた。
「テメ……!」
「――悪い、これは
そう言いながら、手に持っていたナイフを奴に向かって投擲する。
こう見えても俺の投擲は結構な腕前だ。この暗闇の中でもしっかりと、相手の顔面を狙えた。
「……ふ」
しかし流石は腐っても鯛、元傭兵だ。
首を傾けてナイフを避ける。本棚の本に思い切りぶっ刺さったナイフを見ながら、俺は外套の中にある拳銃型のブツを抜き取ると、迷わずにトリガーを引いた。
「う、お……!? なんだこれは」
男の足と両腕に糸みたいなものが巻き付き、男が転倒した。
ケブラー繊維の紐を発射して相手を拘束する非殺傷武器。
外国製のものを俺が使いやすいように銃型に改良したものだ。
弾数は六発で、殆ど近距離でしか使わないから、あくまでも拘束用。
まさかコイツを使うとは思っていなかったが備えあれば患いなしとはこのことだな。
男はうるさそうだったのでガムテで口を塞いでやった。
ナイフも奪い、取り合えず動けなくなった奴らを纏めて縛り上げて――と。
あとはこいつらから金塊の在りかを尋問してやろうと、そう思った時。
「あの……!」
後ろから声が掛かった。それと同時に俺は先ほどの銃を引き抜いて、銃口を向ける。
そこにいたのは宙だった。シャツの腹部に当たる所から血が滲んでいる。
さっきの女は――どうやら近くで休んでいるのか。
「貴方が――JOKER」
「…………」
図書室の入り口付近、ドアに手を掛けながら宙はじりじりと俺に詰め寄る様に口を開いた。
「貴方が――この街を、日本中を騒がせている怪盗」
宙のは――何というか、まるで名探偵のような顔つきになっていた。
真実を見逃してはならないと言う様な、決意に満ちた表情を浮かべている。
ああ確かに、コイツは遺伝だな……本当に、厭になるほどにそっくりだ。
「貴方が――貴方がっ!!」
堪えきれなくなったかのように、宙はさらに一歩、足を踏み出す。
眦からは涙がうっすらと見えて、それは一体どんな感情なのだろうか。
恐怖なのか、それとも覚悟故なのか、それとも――――。
宙が口を開けて、叫ぶように言った。
「――お父さんを、殺した……!」
俺はその言葉に何も反応しなかった。
反論も――出来なかった。
俺は目を逸らす事無く、彼女を見続けた。
その時、宙の背後に一人の男が現れた。
階段を駆け上ってこちらに来る男性——。
「月見さん!」
そのスーツ姿の男性に、宙は驚きながら「服部さん……?」と呟く。
誰だかは分からないが、いやしかしそろそろ警察が来る頃だ。
宙の表情を読む限り、その男は警察なのだろう。
「お前……お前が佐藤純一を殺した張本人で『黄金郷の呪い』の元凶」
キッとこちらを睨みつけながら言うその素振りはまるで正義の警察みたいだった。
服部と言った男は俺に怯むことなく、声を張り続ける。
「あと少しで警察が来るぞ。投降するなら今の内だ!」
服部が左腕に付けている腕時計を見ながらの言葉に。
その言葉に対して、宙が質問するかのように言う。
「あの、矢車警部は……?」
宙の問いに服部がくっと顔を歪ませていう。
「矢車警部は何者かに撃たれて、今現在病院にいる……僕は矢車さんの想いを継いでここに来たんだ! さあ、来るなら掛かってこい!」
そう語る彼の顔はまるで警察官のようだった。
まるで正義のヒーローの様だった。
まるで仮面ライダーの様に、スーパー戦隊の様に、ウルトラマンの様に。
――気持ち悪いぐらいに、演技していた。
「何か言ったらどうだ!」
服部の言葉に、俺は小さくため息を吐いて。
「この身体はさ、生まれつき目が良くてよ」
左腕を前に差し出した。
腕時計に仕込んだアンカーが射出され――俺の元に宙が引き寄せられる。
宙はえっ、と驚いていたが、直ぐに気づく事だろう――自分が今、救われたことに。
「真っ暗な空間でも、ある程度の顔の凹凸とか分かるんだよ」
音は――流石にしたか。
先ほどまで宙がいた場所の、その足元には丸い穴が開いていた。
元からではない、今——開いたのだ。
極力にまで抑えられた火薬の匂い、その匂いにも、覚えがあった。
やはり目撃者は全員始末するつもりか。
目の前の役者の顔が剥がれる。
役者は役者でもとんだ大根役者だったがな。
知人には効くだろうが、生憎と俺はコイツを知らない。
だから分かる。先入観無しでコイツの嘘が分かる。
それに――お前とはこれで二度目だからな。
俺は目の前で顔を徐々に歪ませる、
「――お前、あの時俺を撃った奴だろ?」
――と。
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