JOKER


 その言葉を聞いた時ヒゥっと喉から声が零れ出た。

 まさか――いや、あまりにも早すぎる。


「矢車さん貴方一体いま、どこにいるんですか!?」


『俺は大丈夫だ……今しばらくは、お前らの所には行けなさそうだがな……」


「傷を負っているんですか!? 救急車は!?」


『いいか……白理有、。こんな事を言うのは大人として情けない話だが、今はお前だけが頼りだ』


 はあ、はあと苦しそうな息遣いに、予想以上に彼が重傷を負っているのだと察する。

 これが白亜ならば、今すぐに位置情報を逆探知できるのに……!

 僕は部屋の外に出て、白亜がいる部屋を開ける。


「な、なに!?」


「白亜、今すぐこのスマホで位置情報を検索してほしい!」


 僕がスマホを見せて、それで察したのか白亜は直ぐにパソコンの後ろからコードをそのスマホに指した。セキュリティもされていないスマホからデータが白亜の持っているパソコンへと流れて行く。


 僕は通話を切らずにスピーカーモードにして矢車との会話を続ける。


『今日の夜、警察に不信な連絡があったと言われてな。服部は消してくれと言ったそうだが、その前にどうしても聞いてみてくれと、俺の同期が連絡してくれてな』


「はい」


『俺に取り付けてくれと言われて、俺はその子の録音を聞いたんだ……そしたら、そいつ――だった』


 その一言に、完全に思考が硬直した。

 真面な応答さえ出来ずに、ただただスピーカーから矢車の声が聞こえる。


『今日で『黄金郷の呪い』は全て片が付くから、俺も来て欲しいと……』


「月見さんは、月見さんは今どこに!?」


『月見宙は俺に――――』


 その瞬間、が鳴った。

 ピシュンと掠れた音が後方から響いて、かしゃんと携帯が落ちる音が聞こえる。


 スピーカーにしていたからか、白亜も当然聞こえているはずで。


 白亜が震えた声で言った。


消音器サイレンサー付きピストル……なんで……?」


「矢車さん! 矢車さん!!」


 痛みを堪える様な矢車のうめき声と、後ろから響く足音。

 その足音が停まると、恐らく携帯を拾われる音が聞こえて、その直後・


 ブツッ……と電話が切れた。


「そんな……」


 ツー、ツーと音が響く中、あまりの出来事に思考が混乱する。

 後ろでは解析が完了したのか、白亜がまた別の携帯で救急車を呼ぶ声が聞こえる。


「なんで……」


 なんで…………どうして……どうしてこんなことに――。


 なんでこうなってしまったのかどうして矢車は撃たれてしまったのか相手は誰なのかどうして宙は僕を頼らなかったのか菜穂は無事なのかそもそも敵は誰なのか『黄金郷の呪い』とは一体何だろうか犯人は逢坂部だけではなかったのか佐藤先生を殺した犯人は別にいるのかシルヴィアは何を知って何を隠しているのか矢車は何を言おうとしていたのか服部は無事なのだろうか警察を信用するなと言っていたがあれは一体なにを意味していたのか警察が敵なのか誰が敵なのか敵は誰だ敵は果たして一人か二人以上なのか僕の知人かそれとも友人かひょっとすると黒神家の差し金かそれともお爺様の仲間か僕のせいなのか僕のせいなのだろうかそうだ僕のせいだ佐藤先生を殺したのも実質てきには僕だった僕が悪い僕が悪い僕が悪い全部、全部全部全部僕が—―――


 乱雑する思考、まとめられない結論、自暴自棄に陥る一歩手前。


「ゆーは悪くないよ」



 そんな時、そっと抱きしめられるような感覚に、再び僕の思考が止められた。

 白亜が僕を抱きしめている、ぎゅっと、まるで昔の時のように。

 昔の――僕が泣き虫だったときの様に。


「また自分のせいにしている。よくない、ダメ」


 優しく語り掛ける様な、その声に思考が甘く解かされる。


「で、でも……月見さんが、矢車さんが、菜穂が、みんなが!」


 みんなが危ない。

 でも敵が誰なのか、誰が敵なのか、もう僕には分からない。

 考えられない、分からない。分からないんだ。


 だって僕には月見さんみたいな頭脳を持ってないし、菜穂みたいな天才性も秘めていない。


 ただの凡人だ――それが今だけは、酷く、苦しいぐらいにもどかしい。


『君じゃ解けない』


 ああそうだよ、僕じゃ解けない。僕は探偵でもなんでもないんだ。

 寧ろ逆だ……僕は最低最悪の犯罪者なんだ。

 シルヴィアの言う通りだ。僕は出来ない、僕には出来ないんだ――。


 シルヴィアの言った言葉が頭の中で反芻する。

 君じゃ解けない、君じゃ解けないとずっと繰り返される。


 君じゃ解けない、君じゃ解けない、君では――。


「『君解けない』――?」


 そうシルヴィアは言った。

 君では解けないと――あれは一体何を指す言葉だったのだろうか。

 普通に考えれば国語の問題みたいな、言い換えと同義だ。

 だけどもしも――そうであるのならば。


 何でも分かっているとそう言ったあの人ならば。


 このことを予見していたのではないだろうか。


「もう一人の僕……?」


 シルヴィアは僕が解くだろうと期待していた。

 だけど僕には解けなくて、それでもあの人は僕に期待したんだ。

 僕ではない誰か――自分ではないもう一人の僕。


 でも一体どうすれば……もう僕は彼を呼び出す手段がないのに。

 もう僕は彼に頼らないと決めたのに。

 彼に――もう苦しんでほしくないのに。


「……むーはさ」


 僕の葛藤を知ってのことか、白亜が僕を抱きしめたまま耳元で呟く。


「ゆーの事が大好きで、頼りない弟みたいなものだって言っていた」


「…………」


「だから頼られたいんだよ。むーは。お兄ちゃんみたいな存在だから、頼られたいって」


 その言葉に、彼女の体温に、彼女の鼓動に、僕は顔を歪ませる。

 涙が出て来そうだった。まさかそんな風に思っていたとは知らなかった。


 僕はずっと彼に対して罪悪感を抱いていたんだ。

 こんな役目を押し付けてしまってごめんなさい――と。

 その気持ちは今も変わらない、一生、変わらないと思う。


 だけど……今だけは。


「助けたいんだ…………だから」


 せっかく成長出来たんだ。

 せっかく菜穂と仲直り出来たんだ。


 友達も出来たんだ。

 夜遊びだってしたんだ。

 色んな人と出会ったんだ。


 また君に無茶をさせてしまうけれど。

 このままいなくなっちゃうのは嫌なんだ。

 だから――ほんの少しだけで良いから。

 僕の体を乗っ取るとか、それでも良いから。


 だからもう一度だけ―――。


「君の力を借りたい」


 強く、強く心から願った。


 そうして――――――。













 意識が覚醒するような気がした。

 深い眠りから醒めるように、冷たい水を浴びせられたかのように。

 体が火照るように熱い。肉体が、骨が、血液が、魂が燃え盛っている。


「ゆう?」


「…………寝ていた子を起しやがって」


「――——!」


 目覚めた俺は、ふと眦から零れた涙に気づいた。

 ったく、それほどまでに追い詰められたという訳か……。

 俺は白亜の抱擁を剥がしながら、やれやれとばかりに立ち上がる。


「白亜、状況」


「……ん」


 白亜は一冊のノートを俺に手渡しながら、事情を説明した。


「なるほどな……おっ、仲直り出来たじゃねえか。男を見せたな、アイツ」


「聞いてるの?」


「ああ聞いたよ。なるほどな大体理解出来たぜ」


 俺のおちゃらけた態度に白亜はむっとした表情を浮かべる。

 まあ確かにあの矢車とか言う警察官が撃たれている時点で、もう事態はただの殺人事件ではない事は明白だろう。


 俺はアイツのノートを読みながら、先ほど白亜から伝えられた情報を統合させながら考える。『黄金郷の呪い』は、どうやら俺には解けると――アイツが言っていた。


 それらを加味しながら改めて『黄金郷の呪い』の唄を見る。


「……繋がった」


 頭の中で浮かんだ点と点が全て繋がった。

 なるほど――こんな偶然もあるものなのか。

 俺は早速自分の部屋に戻り、黒いコートを取り出す。

 白亜の部屋に戻り、俺はコートを羽織りながら充電中であるだろう通信機をくれと言った。


「どこにいくの? 『黄金郷の呪い』について何か分かったの?」


 色々と準備をしながら俺は白亜の問いに答える。


「『黄金郷の呪い』のあの文章は、あれはただの暗号文だ」


「暗号……?」


「どっかの誰かからの……な。だから解読が出来る。暗号だからな」


 暗号ではない文章は、それはただの文章だ。

 あの唄はただの文章ではない。ちゃんと意味があった。


 黄金郷は存在する。黄金郷は密かに存在する。

 七つの扉、秘められし財宝、満月の夜に御開帳。

 影の一族、陽からひかり盗みてとんずらさ。

 苦難乗り越ええっさほいさ、ひかりが落ちるよおっとっと。

 ようやくたどり着いた黄金郷、ひかりを隠して一安心

 苦境乗り越えどんちゃん騒ぎ。ひかりが入るよこくこくと。

 影の一族バラバラに、されど黄金郷はそのままに。


「……七つの扉というのがミソだ。三番目の歌詞にもある通り盗みてとあることから、どうやらこの影の一族というのは強盗団だと言うことは誰だって分かるだろ?」


「うん……だけど七つの扉なんて、そんな広い所どこにあるんだろう……」


 多分そこが分かる人と分からない人との差なのだろう。

 ていうか、お前もこっち側なのだから分かるはずだろ。

 俺はため息を吐きながら、通信機を耳に掛ける。


「泥棒が普通の扉なんて開けるかよ――泥棒が入ると言ったら相場は決まってるだろ?」


 俺の言葉に白亜はハッとなって口を開けた。


「窓……!」


「そうだ。あとは簡単だ。人が通れるぐらいの窓だと仮定して、それが七つある――そんなの、あの学園には一つしかない」


 如月学園は基本的に巨大デカいが、その中でもとりわけデカい教室がある。

 体育館も考えたが、人の目の付かなさという点においては、あそこならばバッチリだろう。


「「」」


 恐らくその強盗団は――今まで盗んだ財宝黄金やらをそこに隠してたんだろう。

 しかし上手いものだな……『黄金郷』は元々『理想郷』から派生した場所だ。

 安息の地——黄金と強盗を掛けた二重の意味だったんだ。


「ああ、きっと月見宙はそこにいる」


 だが――殺人犯が捕らわれたとなると、遅かれ早かれ警察もこの存在に気づくだろう。俺ならばその財宝の隠し場所を変える――今日中にも。


 故に、この暗号が解けた宙は今日中に行動を起こさなければならなかった。

 自分たちの身の安全の為にも、そしてあいつの性格だ……見過ごすことは出来なかったのだろう。


「かと言って、勝手に暴れられると困るんだがな!」


 準備が出来た俺は部屋の外へと出て、二階から飛び降りる。

 ここから走れば二十分。だが今は時間が惜しい。

 俺は屋敷の裏側にあるガレージへと走る。ガレージには八代の趣味なのか様々な車等があるが。


 俺はその中から一台のバイクに鍵を刺した。

 黒色のメタリックな体表に、緑のラインが入っている。

 スーパーチャージドエンジンによる究極の性能と、ロングツーリングのための快適性を追求したハイパフォーマンススポーツツアラー——Ninja H2 SX。


 ネーミングも含めて、イカしたバイクだ。


 俺はそれにまたがり、黒色のドライビンググローブを装着する。

 ハンドルを回しながらエンジンを吹かす。

 たまにやっさんが試運転しているから、故障の心配はなさそうだ。


『聞こえる?』


 通信機から白亜の声が聞こえる。

 俺は聞こえると言いながら、ヘルメットをかぶる。


 雪が察したのか、表の門が開門した。

 俺はバイクを発進させながら、屋敷の外へと飛び出す。

 安全第一、第二にスピードだ。


 俺を乗せた緑の流星は、瞬く間に住宅街を駆け抜けて行った。


 ==


「――おいおいおいおい、こいつぁ一体どういう事だよ」


 真夜中の図書室、私――月見宙は数人の黒づくめの男たちに囲まれながら、自分の行動に珍しく呪っていた。私の目の前には一人の女性がいる。

 その身を激しく震わしながら、うめき声を上げる女性の姿が。


「雹月先生……」


「情けないな……生徒の目の前でこんなザマを見せるとは」


 白髪の女性、霜月先生は肩に刺されたナイフに手を添えながら、ゆっくりと息を吐いた。ぽたぽたと傷口から赤い血が垂れている。


「霜月先生よ、あんた何してんの? 死にてえの? なぁ!!」


 激高したのか、リーダー格の覆面の男が図書室の本棚を叩きつける。

 その衝撃で何冊かの本が落ちた。

 私はその行動の愚かしさを語ろうとしたが、目の前の状況故に、口を固く噤むことしか出来なかった。


「なあ……あんた、月見宙だったか? お前だろ……あの時旧校舎にいた奴らの一人は」


「……ええ」


「困るんだよねー、なに? あれ探偵ごっこのつもり? マジでざけんなよお前。最悪だ……!」


 怒りのせいか上手く言語化出来ていない男の対応に、私は視線を落とす。


 ――最初、私がこの暗号の正体に気づいた時に、真っ先に思いついたのは雹月先生だった。


 私は雹月先生と逢坂部先生がグルだと思い、警察署へと連絡を入れた。

 あの人――矢車警部なら必ず来てくれるだろうと信じていたからだ。

 だから私は敢えて一人でここに来た—―本当なら、あの場で白理君も誘いたかったけれど。


「……菜穂が悲しむからね」


 白理君をこんな危険な所へと行かせたくはなかった。

 それは菜穂も同じで、だから私は覚悟してきた。

 刺されるかもしれない、殺されるかもしれない――と、あらゆる想定を踏まえて、覚悟してきた。


 だけど実際はどうだ。


 雹月先生はナイフで刺されそうになった私を助けてくれた。

 そこで私は雹月先生が仲間ではない事に気づいた。あの人も被害者だったのだ。


「っち、やはり佐藤の野郎を逢坂部に任せたのが間違いだった。結局こんなガキに追い詰められるほどの……それも俺達にまで被害がいってんだ」


 佐藤先生は――恐らく、旧校舎に寝泊りしていたのだと気づいた時には、既に殺害計画は進められていたそうで。


 佐藤先生はそのどこかで『黄金郷の呪い』の存在に気が付いた。

 その正体が犯罪組織であると分かった時、普通ならば警察へと連絡を入れるだろう。

 だけど佐藤先生は違った――あの人は、逆に『黄金郷の呪い』を活かして利益を得ようとした。


 ここからは推測なのだが恐らく『バラされたくなかったら、利益の一部を寄越せ』とでも言ったのだろう。佐藤先生のその行動力には呆れを通り越してもはや尊敬すら覚えるけども、相手が悪すぎた。


「悪いがお嬢ちゃん、このまま殺されてくれないかな? 雹月も、この学園の管理体制に目を付けて今まで利用させてもらったけど、バレたならもう良いや」


 闇夜の、月明りでさえ雲に隠れたこの図書室の光源は薄く。

 しかしそのナイフの銀閃の煌めきだけは、やけにいやいやしく目に映った。


「ここで殺す? ――いいえそれは出来ないわ。今も雹月先生の血がしみ込んでいる様に、木材の床では証拠隠滅が難しい。だから――」


 だから殺されない。だって証拠が残るのだから。

 言いかけた口が止まった。

 とっ、とまるで小突くかの様に、その男が私のお腹にナイフを突き立てたからだ。


「……っ」


「ガキが――あまり大人を舐めるなよ。俺達はプロだ。そんなガキの能弁なんざ最初っから知ってんだよ」


 切っ先がお腹の皮膚を貫いて、嫌な痛みに顔を少しゆがめた。

 生暖かいものがナイフ越しに伝わって来る。

 刺されたのだ――内蔵にまでは届かないほどに、殺さないほどに、痛みだけを目的に。


 ここで私は気づいた……この男たちは、本当に殺すつもりなんだと。

 理屈なんて、理由なんていらない。殺すと決めたのならば殺す――きっとそうやってこの男たちは組織を保ち続けたのだろう。屍の山を築きながら。


「やめろ……! 生徒に手を出すな」


 雹月先生が顔を上げて男に向かって叫んだ。

 だけど男は止める事なく、ナイフを抜くとその切っ先を雹月先生に向ける。


「もうそんな次元の話をしてんじゃねえんだよ。リーダーは今忙しくて来れないそうだが、もう俺が決める」


「もうすぐ警察がここに来ます。……ここで殺したら足が付きますが」


 最後の希望は――もうあの人しかいない。

 私が警察署に連絡をしたのが午後六時半ごろ。そして現在の時刻は八時。

 あの人のことだ、必ず聞いているに違いない。


 なのに――どうしてこんなに時間が掛かるの?


「あぁ、矢車だろ? あの老いぼれめ本っ当にしつこいんだよな」


 くつくつと耳障りな笑い声をあげるその男の態度に、私は面食らってしまった。


「――アイツなら来ねえよ。さっき、俺達のリーダーが始末した」


「うそ……」


 最後の希望は、まるで突風に吹かれるが如く潰えた。

 平衡感覚が分からなくなるぐらいの衝撃に、それでも刺された痛みが現実だと教えてくれる。


 ……もう私にはなにも出来ない。


 やっぱり白理君をここに来させなくて良かった。


 ここで殺されるのが自分で本当に良かった。


「すまない……月見宙、私が不甲斐ないばかりに……」


 四肢が震えて立ち上がる事の出来ない霜月先生の背中に、私は手を添える。

 目の前にいる男が無表情のままナイフを上に上げて近づく。


「大丈夫だよ、痛いのは一瞬だけさ『八咫烏四獣キッカーズ』の存続の為に――死んでくれ」


 こんな時に限って、夜空から月明りが零れ出た。

 おかげで相手の素性が良く見える。

 同時に、そのナイフの戦慄するような鋭さも分かってしまう。


「ごめんなさい、お父さん……私結局、探偵にすらなれなかった」


 ただ一つ後悔があるとするならば、私は結局父の無念を晴らすことなく、夢も叶えられないまま、自分の愚かしさが原因で死んでしまうこと。

 それに誰かが巻き込まれていないことだけが、唯一の救いで――。


「え…………?」


 その時、隣の窓ガラスの景色を見た。

 青白い月光に包まれた神聖なほどに美しい景色。


 その一点に、人影が入り込んだ。


「――誰だ!?」


 ガシャンと窓ガラスが破壊されて、キラキラと破片が輝きながら舞い散って。

 中から一人の男が姿を現した。


 黒色のコートに、黒色の手袋。黒色のスカーフみたいなマスクまで被って、しかも目元には仮面が付いており、その風貌相まって不気味な雰囲気を醸し出す。

 それは向こうにとっても想定外だったのだろう。


 私たちに向かうはずだったそのナイフの切っ先が、その男の方へと向かう。


「……どうやら、間に合ったよう……だな」


 よく見れば身長は高いが声の抑揚的にまだ子供なのだろう。

 声変わり真っ最中のようなその声に、私はどこか聞き覚えがあると感じた。


「……なるほどな、いや、予想通りに期待外れだ。まさかこんな真っ最中に出てきてしまうとはな。これじゃ恰好が付かないぜ」


 きょろきょろと辺りを見回してその目が、鉄仮面越しに見えるその双眸が、私を映した。


「まあ……可愛い少女を助けられたと考えれば、一応の体裁は取り付けられるかな」


「誰だお前は! 警察の仲間か!?」


「警察……おいおいこんな怪しい黒づくめの男が、薄汚れた正義の執行者様とご一緒な訳無いだろ。ほら見て見ろ、外も内も真っ黒だ」


 両手を広げて何も持っていないとばかりにアピールするその男の態度に、やはりあの図体のデカい男が突撃とばかりに突進してきた。


 その両手にナイフを握りしめながら。


「あぶない!」


 私は叫んだ。どんな人間でもナイフに刺されれば痛いし、そしてあの男ならば手加減もなにも考えていないのだろう。


「……俺が何者かって言えば、そうだな」


 しかしその黒づくめの男はふむと、まるで平常時のような振る舞いを取りながら、その男の突進に足を掛けて転ばして、ナイフを奪い取るとそのまま流れる様に相手の片腕を折り曲げた。


 男の悲鳴を背景に、黒づくめの男はナイフを向けながら、その双眸を冷徹なものに変えて口を開いた。



「怪盗——怪盗『JOKER』」



「さて、人のモンを掠め取った悪党どもが」



「――一人残らずぶちのめしてやるから、纏めて掛かって来いよ」




























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