あの日あの夜の出来事


 私の名前は白崎白亜。

 代々黒神家と繋がりのある一族で、私はその長女として生まれてきた。

 白崎家の役目は黒神家の発展と栄光――その為に使われる『JOKER』のサポートだった。


 機械含め、あらゆる分野に精通し、いついかなる時でも適格なサポートをしなければならない。今日は私たち『JOKER』の初の任務であり、シュミレーションは何度もやったのだが、今日ばかりは緊張でどうにかなりそうだった。


「それじゃあ行ってくる」


「…………」


「なんだ緊張しているのか? らしくないな」


「当たり前でしょ……私たちがやることは犯罪。私たちの行動に失敗は許されない」


 もしも失敗して、警察に私たちの存在がバレたら……。

 私たちは一体どうなるのだろうか。

 親にも迷惑を掛けるし、何よりも――黒神家の報復が怖い。

 とかげのしっぽ切りの様に、切り離されて、見捨てられるのか。


 そんな私の不安を見透かしたかの様に、彼は右手を頭の上に乗せた。

 ぽんぽんと優しく撫でるかのような仕草。


「お前、好きだろ?」


「……むーにやられても嬉しくない」


 私はその手をやんわり退けると、彼はやれやれとため息を吐いて、手袋をはめた。

 黒い衣装に身を包まれている。耳元に掛けた通信機には現在地がリアルタイムで分かる位置発信機を取り付けてある。


「はいはい。なら、アイツのためにもさっさと終わらせて帰ってくるとしますか」


 そう言って、なんてことも無いような顔をして、彼は出て行った。

 星が眩しい程に輝く、夜のことだった。


 ==


 十分ほどで目標の建築物に到着したであろう彼は、恐らく手筈通りに内部に侵入した。監視カメラは全てジャックしてある。向こう側にはそれっぽいダミーを送っているので、監視カメラによる発見の心配はない。


 ――今回、私たちが盗るのは金塊だ。


 その総額凡そ十億。金塊の価値はその質量や時勢にもよるけれど、その中での十億となると破格なのだろう。そんな金塊を運べるなんて、誰もが思わないだろう。


 しかし実態は違う。金塊は金塊でも――古代の金塊だ。

 歴史的価値と希少性と相まっての十億。ただの金の重みだけではない、この金塊には色々な事情が絡んできている。


 この金塊の本来の持ち主はとある大企業の社長だ。

 その管理を任せられているのが、今回侵入する銀行だ。

 それ故に厳重ではないバリケードやセキュリティがなされている。


「そっちはどう? 何か変わった所とか無い?」


『今のところは……な。ただ少し暑い。やっぱこの時期にコートは暑いよ』


 その間抜けた声に、私は苛立ちを超えて呆れが出てしまう。

 全く、なんでこんなにも平然そうに振る舞えるのか不思議でならない。

 普段有の振りをしているから、精神がバグってしまったのか。


「油断はしないでよね……厳重なセキュリティがあるとはいえ、見回りの警備員はいるだろうから」


『分かってる……』


 それから彼は慎重そうに黙り込んで金塊が保管されているであろう場所まで向かう。

 そこまでは驚くほどに一切のアクシデントは無く、予定通りに行われるその順調さは、逆に変な違和感を抱くほどだった。


『着いたぞ……二十階。ここに――』


「うん。今日はここ」


 金塊の保管場所は毎回位置を変えるという仕様であり、今回は二十階層にある保管室だ。無論この情報はどこにも流れてはいない。『黒神家上層部』が手配した情報だ。


 故に誰にも狙われると言うことは無く。この調子でいけば任務は達成される。


 ――そう、思ったのだが。


『白亜……たしかこの階には警備員がいると言っていたな?』


「そうだけど……いない?」


『…………最悪だ』


 その時、いきなりディスプレイに表示されている赤いマークが、勢いよく動き出した。彼は今——走っているのだ。


「な、何をやっているの!?」


 スピーカー越しでガチャガチャやっている音がする。

 その時、システムが異常を検知した。

 赤い警告ランプに『WARNING』の文字。


 バ、バレた――!?


『やられた……!!』


「な、何が!?」


 監視カメラは以前としてダミーの情報を送っている。

 つまるところ、現場で何らかの異常が発生したと言うことだ。

 彼の珍しく焦った言葉に、私の心臓が嫌な音を立てた。


『――無い! 金塊が無い……!!』


 汗が滲んで、息を吐く。

 心臓が止まったかと思う程、今の言葉に驚いた。


『ない。どこを探しても無い――入口付近にいる警備員が殺されていた。どうやらどこかから情報が漏れたらしい』


 任務失敗、逮捕――色んな単語が渦巻いて、

 考えてることが真っ白になって、


『どうすれば良い? 白亜』


 何て言葉を返せばいいか分からない。


「え、えと……」


『――いたぞ! 捕まえろ!」


 どこか遠くから、そんな声が聞こえた。

 その言葉が私の頭を無理やり再起動させた。

 直ぐにパソコンに向き合い、急いで彼の持つ端末に逃走用の経路図を送る。


「逃げて!」


『了解!』


 その言葉に彼は勢いよくそう言うと、走り出した。

 恐らくこれ以上の会話は色々な障害を招くだろう。

 私はマイクをオフにして、聞こえてくる雑音から状況を把握しながら、キーボードを叩き続ける。


 証拠隠滅、逆探知されないように一切の痕跡を残さないまま撤退する。

 監視カメラのダミーは逃走用のものに切り替えて、第二、第三の逃走経路を用意する。


 私のやることはそれだけ。あとの事は全て――彼に掛かっている。

 一応彼の執事である八代さんに声を掛けて、私は彼の帰りを待っていた。

 既に彼は現場を後にして、今は八代さんが迎えに行っている最中。

 後方で雪がバタバタと慌てる中、遂に屋敷の扉が開いた。


「有さま!」


 八代さんに肩を担がれてやってきたのは、顔面を蒼白にさせながら、少し体を震わしている彼の姿だった。右肩には撃たれたのか、黒いコートからは血の跡が見える。

 雪が蒸しタオルと共に医療キッドを持ってきて、コートを脱がされた彼の肉体を見て、私は息を呑んだ。


「傷は浅いですね、有様、少し我慢してください」


 鍛え抜かれた肉体の上に、小さな傷穴が見える。

 八代さんがピンセットを持ってきて、その穴に入れて――。

 数秒の痛苦の声を漏らした彼は、ぐったりと項垂れていた。

 カランと銃弾が器の上に落ちて、雪が即座にテーピングをする。


「ゆ――」


「痕は残らない……大丈夫だ」


 私が言う前に、彼は一言そう言った。

 すまない――とその後に続けて。


「すまない……って、ううん、そんな事聞きたいんじゃないよ」


「犯人は――」


「だからそんな事じゃなくて!」


 銃口を向けられて、実際に発砲されて。

 幾ら鍛えられているからって、幾ら危険を承知と言えども。

 撃たれるのは誰だって痛いはずだろうし、死は誰だって怖いはずだ。


 それなのに――一に出るのは有の肉体の心配。


 まるで自分の存在など見ていないかのような発言に、私の奥底にあるものがキレた。


「貴方は! 大丈夫なのって事を聞いているの!」


「俺が……?」


 きょとんとまるで想定すらしていなかったと言う風な彼の態度に、私は小さくごめんと謝った。


「私のせいだ……私がもっと情報規制していれば――」


「そんな事はない、白亜はよくやったよ。これは俺だけの責任だ」


 彼はその手を伸ばして、私の頭を撫でた。

 汗と血で汚れた右手。


「おっと、すまんかったな」


「……いいの」


 離した手を掴んで、私は無理やり頭の上に乗せる。

 暫く黙り込んだ彼は、私の態度に何か察したのか、タオルを頭の上に被せてその上から頭を撫でる。


 ぽろぽろと零れる私の涙を隠すように。


「八代さん。こんな体たらくでなんだが、俺達はまだ敗けていねぇよ」


「……と言いますと?」


 彼は私の頭を撫でながら立ち上がり、言葉を続ける。


「少なくとも俺達の『敵』は今、あの黄金を手にしている。だが実態は『JOKER』が奪ったことになるだろう(寧ろそれを狙っての事だと思うが)」


 その言葉に八代さんがハッとして、承知しましたと頭を下げる。

 どういうことなの? と私は顔を下に向けながら彼に尋ねると。


「『黒神家アイツら』が欲しいのはメンツ。つまるところ『JOKER』が奪ったと言う話題だ。どっちみちあの銀行は信頼を失い、結果的に同じ銀行屋としての『黒神グループ』が儲かる」


「つまるところアイツらの狙いはソレだ。『JOKER』が奪うことによって相手側の信頼を落とし、結果的に自分たちの力を増加させる……やってることはマッチポンプだけどな」


 彼の言い分に私は納得してしまった。そう言えば確かに、奪った金品の殆どは私たちの手に渡るし、奪うブツも特に黒神家にとって重要そうなものとは言えなかった。

 彼らの考え方としては、先を見越したものなのだろう。今更ながら、なんで『黒神家』がここまで権力を持つ様になったのか、その一端が分かった。


「それじゃあ任務は実質成功……ってこと?」


「そう……だが、やられっぱなしは癪に合わなくてな。しかし犯人の目星が付かんな。地道に探すしかないのか……」


 彼の言葉に、私はポケット中に入ったスマホを取り出して彼に一つの動画見せる。

 動画を見た彼の表情が変わり、私は続けて言った。


「……監視カメラは数時間前からジャックしていた。だから過去の履歴を漁って、貴方が来る十数分前の動画を見た」


 私のその言葉に、彼はなに? と聞き返す。 


「分かったよ――犯人は『八咫烏四獣キッカーズ』」


「お菓子みたいな名前だな」


「八年前から発足したと言われている、所謂『何でも屋』」


『何でも屋』とはその名の通り依頼主の依頼を変わりに実行する組織のことだ。

八咫烏四獣キッカーズ』はその界隈の中でも特に異才を放っており、今までの完遂率は実に九割強と、中々の実績を誇っている。


「つまり……この依頼を頼んだ奴は『黒神家』を敵視しているグループだって事が分かったな」


 これで犯人と、そしておそらくその裏にいる人物の大体の想定が付いただろう。


「うん、行動形跡を見て、どうやらこの街を拠点にしていると思うから、まだいると思う」


「ナイスだ白亜。なんだ、結構やる気じゃねえか」


「……私も、やられっぱなしはイヤだから」


 私が微笑むのを見て、彼もそれにつられて笑いだす。

 ぎゅっと拳を握りこんだ彼は、窓の外に映る月を見上げ、宣戦布告をするように、口元に僅かな笑みを浮かべながら言った。



「――必ず、この借りは返すからな」














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