【探偵王】シルヴィア・ローレンス


 シルヴィア・ローレンス。彼のことについて、少し話そうと思う。

 容姿端麗、博学多才であり、現在は探偵業を営んでいるが前職は意外にも弁護士を営んでいたという。


 天才鬼才を多く輩出している超名門校・如月学園の特待出身であり、その縁からか、探偵の本部は日本に置いている。

 探偵業を営んで二年と浅い彼だが、彼には【探偵王】と言う異名が付いている。


 その理由は、今まで多くの難解事件――主に迷宮入りと認定された事件を尽く解決させたからだ。インターネットを頼らない足を使っての聞き込み、張り込みなどその方法は昔気質むかしかたぎであり、それ故に国内外問わず多くのファンがいる。


 勿論、歴代のJOKERが犯した事件にも携わっており、それ故に白理家としては大の天敵と言わざるを得ないのだが――。


「白理有君ね……会えてとても光栄だよ。いやあ、私にも後輩が出来て嬉しい。君は何年生? ○○先生知ってる? ていうかまだ在籍している?」


「え、あ、あの……」


 テレビで見た雰囲気とは一変して、距離の近づき方が靖国並みに早い!

 ぶんぶんと手を掴まれて上下に振るうシルヴィアに、完全に後手に回された僕は、対応に困っていると――。


「おいそれぐらいにしておけ。こいつが困っているだろ」


 矢車がシルヴィアの肩に手を置いて宥める様に言った。

 シルヴィアは「分かりました先生マスター」と素直に頷いて、彼の横に座る。

 今のやり取りだけでも、仲が良いことが分かった。


 と言うか――。


「マスター……って」


「はい。私が探偵をやる際に手本にさせて頂きました。故に『先生マスター』です」


「俺がこいつに捜査のいろはを教えた。今日は忙しい中わざわざすまんかったな」


 矢車が軽く頭を下げながらシルヴィアに言った。

 シルヴィアはとんでもないとばかりに首を横に振るって、店主から渡された水を飲む。その飲む仕草でさえ惚れ惚れするものだ、汗をハンカチで拭いながら、シルヴィアはそれでと言った。


「本題に入りましょう――私の母校で、何が起きたんですか?」


 ==


 事件の概要を一通り言った僕は、最後に「今はその『黄金郷の呪い』の解読と殺害方法について調べています」と締め終えた。

 菜穂と宙との考えも付け加えていたから、話が大分ややこしくなったけれど……。


 シルヴィアは暫くの間黙り込んで、ふむ……と一言呟き。


「現状私が特に口出し出来ることはないかな。いや、良くぞそこまで調べ上げられたと言ってもいいだろう。それにしてもそうか……君が宙ちゃんのパートナーだね?」


「いえ、月見さんの相棒枠は違いますけど……月見さんはなんと?」


 僕がそう言うと、彼は少しばかり困った様な顔を浮かべて言った。


「私はあの子に嫌われていましてね。実のところ、彼女にもあまり詳しい事は聞けなかったんですよ。なので今日君が来ることを先生から教えて頂いたので、当事者である君を、一度は容疑者となった君にしか聞けない話を聞きたかったのでね」


 ――なので、私と会ったことは宙ちゃんに内緒でお願いしますね? と、シルヴィアは続けて言った。


「改めて、私の方から貴方に謝りたい。先生マスターは決めつけが酷い時もありますが、本当は優秀な刑事なんです。今の警察は腐っていますが、先生マスターはそんな事はありません。まだ許せないかと思いますが、十分に信用に値する人物だと――私は思います」


 信用に値する人物――か。

 僕たちを犯人だと決めつけたのはさておき、確かに矢車は一人だけ諦めていなかった。呪いなんて知った事かと、これは殺人で、自分たちが捕まえないといけないのだと。


 矢車の方をチラと見ると、何だか体裁が悪い様に頭を掻いていた。


「これは俺がこの三日間調べ上げた全てだ」


 バサバサッと紙袋から写真を数十枚机の上に置いた矢車は、順番に僕とシルヴィアに見せた。写真の多くが室内で撮ったものであり、中には見知った教室もあった。

 続けてメモ帳を取り出すと、一枚の写真を僕たちに見せた。


「これは被害者の自宅の写真なんだが――」


 ボロボロのアパートの一室を映した写真、部屋の中には乱雑に置かれた酒瓶と缶。

 新聞紙と、恐らく馬券。灰皿の上には大量に積まれた煙草が映っていた。

 やはりというか、何となくというか、やはりなと思ってしまった。


「これで一教師なのですから、最近は教師の質も落ちたんですね……」


「いや、あれは佐藤先生が悪いよ……」


 最低限のフォローだけをしておいて、僕はその写真をまじまじと見た。

 至って汚いことを、汚部屋であることを除けばまだ部屋として納得が出来る。

 しかしこれは矛盾というか、いや、明らかな矛盾なんだけれど――。


「何かがおかしい」


 僕の泥棒としての観察眼が、人をく視ろとお爺様に無理やり鍛えられた僕の目が、この部屋の異常性を訴えていた。


「……この部屋の中にはコレが置いてあった」


 矢車は続けてもう一枚の写真を見せる。

 その写真には白い紙のみしか映っておらず、その紙には鉛筆でこう書いてあった。


『人生に喜びを見出せなくなった。死にたい』


「これは……」


「まごうこと無き『遺書』だ。その遺書は検査したところ、佐藤純一が亡くなる前日に書かれたものらしい。一応筆跡鑑定にも出したが、七割の確率で佐藤純一が書いたものだと結果が出た。――お前はどう思う」


 矢車に手渡された写真を受け取って、まじまじと見つめる。

 確かに、この汚いような漢字は佐藤先生によるものだ。

 だけどこの写真にもやはり、違和感が感じられる。


「佐藤純一には借金があった。総額は二十万とそこまで多くは無いが、散財癖も相まって中々完済できないでいたのだろう。その中で代わり映えのない生活に嫌気がさして、そして――ってのが今の捜査本部の意見だ」


「それは流石に早計過ぎませんか? 七割ということは、残りの三割――三十パーセントの可能性で違うって事ですよ。そんなのはアテにならない」


「だがもう全体的にそうなっているんだ。お前にゃ分からないかもしれないが、ウチはこの他にもJOKERが起こした強盗事件も追わなきゃいけないんだ。悪いが……こっちにもというものがある」


「……子供の前ですよ」


「俺だって悔しいよ! だがこれ以上犯人の存在を証明できるものが無い! ここまでの徹底っぷりは、そりゃ明らかにによる犯行だ。確かに佐藤純一は借金を抱えている上、金を借りたのは反社の存在だ。だがそこまでの事をされる理由がない! 現に向こう側も急にトンじまったから迷惑してたぜ」


 矢車とシルヴィアの会話を小耳に挟みながら、僕は考え続ける。

 何が……何がおかしいんだ?

 確かに普通の写真だ。犯人を示唆できるものはどこにも映っていない。


 警察の人達が見て、それでも犯人の可能性があると思しきものが無かった。

 だけど僕ならば、先生の一面を知っていて、尚且つ『怪盗』である僕ならば――。


 そしてその違和感が、言語化出来たとき、僕はつい言ってしまった。


「やっぱり、佐藤先生は殺されたんだ……」


「どういうことだい? 有君」


 シルヴィアは肯定も否定もせずに、僕の意見を求めた。

 僕は息を整えながら、頭の中で整理して、普段の佐藤先生を思い出しながら言った。


「佐藤先生はとても傲慢で、直ぐに人のせいにする人でした。そんな人が弱音を書くはずが……いえ、あるのかもしれません。お酒で酔って、ふと人生を俯瞰して、悲観して、彼岸に行きたいと思ったのかもしれません」


「何が言いだいんだ?」


「……この写真に映っている文章は、そんな時に書かれたものかもしれない。けどよく見てください、この紙は他の物と比べていくらか綺麗だ。恐らく白紙なのかもしれない、折れてないところを見ると、どこかコピー機の物を取って来たものかもしれない」


 紙の所在は不明なので、今は言及しないでおこう。

 問題はこの後だ。


「酔いつぶれているのであれば、字が所々おかしくなってもおかしくはない。けどこの文章は――いつも僕が見ている先生の字だ。平常時で書くにはあまりにもおかしいこの文章を、酔ったまま綺麗に書けるなんて、そんな器用なこと先生には出来ないと思います」


 それにと、僕は続けて部屋の内装を撮った写真を見せる。


「この写真、おかしな所が一つだけあるんですよ。――靴置き場の部分、ほら、写真の下の部分です」


 僕は写真の端を指で指す。小さい室内なので、靴置き場も当然小さいのだが――。

 靴置き場には一足も靴が無かった。側辺サイドに靴を置く棚も無い事から、順当に考えて、この部屋には靴が一足しかない事になる。


「佐藤純一は借金を抱えていた。靴が一足しかないのも、おかしな話では無い」


「運動や、パチンコに行く時も革靴で行くのはおかしいです。それに……先生の履いていた靴は革靴でも、履き潰したものでは無かったはずです。……どこかに一足、靴があるはずです」


「それに見てみると、確かに荒れてはいますけど『布団』が無い。教師は早朝に起きる事が多々ありますし、その家はどうやら如月学園とは遠い位置にある。家に帰る頃には既に夜——なんて事もあるでしょう。そんな中、毎朝律儀に布団をしまうなんて考えられない」


「……何が言いたい。今の話にどこが犯人を連想させる事がある」


 矢車の言葉に、僕は一回水を飲んで落ち着き、シルヴィアの方を見る。

 シルヴィアの方は、流石探偵と言ったところか、既に納得した顔つきだった。

 僕はこの二枚の写真を持って、自分の見解を述べた。


「こう考えてはどうですか? ――佐藤先生には、家の他にがあって、事件の発端はそこで起こった。しかもそれはプロを使っての自殺と見せかけなければならない程のものだった」


 それは例えば友人の家で起こったのかもしれないし、最悪ネカフェやカプセルホテルなどの、繁華街に隣接している所なのかもしれない。もしも後者の場合、事態は大きく急転することになるだろう。


 殺害事件にまで発展する――それだけの事が今、この街で起こっている事になるのだから。


 ==


 僕の見解を聞いたシルヴィアは、自分の腕時計を見て、もう帰らなくてはと言った。

 結局彼は僕の意見に対して、何もしなかった。反論することも肯定する事も。

 だけど彼は最後に、通り際に僕に言った。


「――全ては『黄金郷の呪い』に通じる。犯人探しも良いけれど、そっちも調べた方が良いよ、白理有君」


「……?」


「探偵の勘ってやつさ。それともう一つ、これも勘だけど――恐らくこの問題は、『黄金郷の呪い』は、君は解けない。宙ちゃんでも、恐らくその相棒パートナーでも解けない」


 通り過ぎようとするシルヴィアの手を反射的に掴んで、僕は言った。


「それじゃあ一体、誰が解けるんですか。貴方が? それとも矢車さんが?」


「さあね、こればっかりは分からない。けど――君解けないよ」


 じゃあねと、シルヴィアは実にスマートに店から出て行った。

 机には一万円札が置いてあった。

 鐘の音を聞きながら、矢車がすまんなと僕に言った。


「時折ああいうのが出る。がな。だがあいつがああいう風に物事言うって言うならば――この事件はもう半分、解決した様なものだ」


 矢車は机に散らばった写真を鞄の中に入れて、改めて僕の方に向く。

 そして自分のスマホなのか、黒いスマホの画面を僕に見せた。


「俺が今お前らに見せた写真は全て極秘情報だ。本来ならば他人に明かしてはならない情報……だからここに服部は呼んでねぇ……」


 スマホに表示されているものは、恐らくは個人情報の類なのだろう。

 写真や装飾が一切なされてない文字列は、明らかに一般人——ましてや高校生には重すぎる情報ものが載っている。


「なんで……僕に……」


「一つは、お前に対して罪悪感があるからだ。そしてもう一つは――お前らに期待しているからだ」


 その情報は佐藤純一の生い立ちから現在に至るまでが詳細に記述されており、年齢、体重、趣味趣向、クレジットカードの番号までもが記載されていた。


「今のお前の見解は――良かったぞ。やや突飛なものもあったが、俺もシルヴィアもその通りだと思っている」


 そして――を目にした僕は、矢車に一つの疑問を投げることしか出来なかった。


「なんで……シルヴィアさんには見せなかったんですか? これを……」


「アイツだと事態をややこしくさせる。警察はこの件に関して完全に無口を決め込むだろう。実はもう既に撤退作業は進んでいる、俺達は負けたも同然なんだ」


 だから――と、矢車は僕のスマホを持つ手を包み込んで言った。




――お前が、この事件を終わらせろ」




 ==



「はぁ……っ! はぁ……!」


 夕焼け空が辺りを覆い尽くし、街がより一層活性化する中、僕は走っていた。

 河川敷を通り抜けて、坂道を走り続けて、汗を流す。


『最後に教えてください。最初に出会った時、なんで矢車さんはJOKERの件について『意外だった』と言ったんですか? そんなにも、警察を攪乱するような事実があったんですか?』


『……これはまだメディアにも言ってない事実なんだが、それでも聞く勇気はあるか?』


『お願いします』


 屋敷に辿り着いて、勢いよく扉を開けたその権幕に、雪が慌ててやって来る。

 汗を見てタオルを渡して来た。僕はそれを断りながら、息を落ち着かせる暇も無く言った。


「お帰りなさいませ有様。ど、どうされましたか?」


「白亜はどこ!?」


「は、白亜様でしたら現在客室に――」


 雪の言葉を聞くや否か、僕は慌てて二階へと駆けあがる。

 赤いマットが敷かれた道に、汗の跡が滲む。


『JOKERは今まで単独で物を盗んでいた。だが今回は違った――』


「白亜!!」


『JOKERが起こした事件。あそこには、現場付近には――』


 白亜はいつも通り、三台の大型パソコンと睨めっこしながら、カチャカチャとキーボードを弄っていた。いきなりの登場に、少し驚いた顔を浮かべながらも、あのどこか眠たそうな顔はせずに、真剣みを帯びた顔つきになっていた。


 恐らくは通信機で僕たちの会話が聞こえていたのだろう。

 汗を拭いながら、僕は息を落ち着かせる。



 歴代のJOKERは常に一人で行っていた。

 協力者はいても、後方支援が主だった。

 そんな――現場に複数人で行くような真似はしないはずだ。



「あの夜! 何が会ったか説明させてもらうぞ!」



 もしかしたら――事態は、僕が想定している以上に複雑なものかもしれない。



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