仇敵


 眩い陽光が包む中、僕は河川敷のサッカーコートでサッカーをしていた。

 相手はもちろん靖国で、試合が終わって靖国はその煌びやかな汗を拭いながら、お疲れと言わんばかりに僕に水の入ったペットボトルを投げ渡した。


「悪いな、なんかおじさんサッカークラブって言うグループから二名の欠員が出たって話になってよ。有なら空いてるかな~って、急な話だったよな」


「ま、まあ僕も空いていたし、全然構わないよ」


 それに僕も久しぶりに外で運動したし……。

 僕は靖国から貰った水を飲み干しながら、汗を拭う。

 試合は長引いて、朝の十時から始まって、二時間も経過してしまった。


「それにしても今日の有、なんか調子悪かったな。いやシュートは結構良かったんだが、疲れてたのか? 夜更かしでもしたか?」


「は、ははは……」


「なんかみたいになってんぞ……」


「言い得て妙だね、靖国。だけど一つ訂正してほしい。僕にはそんな子いないよ」


「いやーどうかな。お前って凄いお人好しだし、困ってる人見かけたなら直ぐに助けにいくだろ? そう言うのがドンピシャで刺さる奴っているんだよ」


 流石クラス一の人気者だ。発言にリアリティがある。

 そんな話をしていると、会社員なのか、少しハゲたおじさんが話しかけに来た。


「いや~今日はありがとうね、久しぶりに運動したよ」


「いやいや、俺達の方こそ楽しかったっス。おじさんめちゃくちゃ上手かったっスよ、今からでもメジャーリーグ目指します?」


 うわ……めちゃくちゃやり取りしている。

 よ、陽キャだ……! しかもその『おじさんサッカークラブ』もそうだけど、本当になんだよね!? 会話の内容がもう近所のおじさんとか、もうそんなレベルにまで発展しているんだけど!


「はっはっは嬉しいねぇ。そうだお礼と言っちゃなんだけど、コレ受け取ってくれないかな……?」


 そう言うとそのおじさんは、僕たちにとある券を渡して去って行った。

 黄色い券をまじまじと眺める靖国に、僕は後ろから覗く。


「これは……?」


「福引券……それも十枚」


 そこには近所の商店街で引ける福引券があった。

 たしか一等はハワイ旅行券だったような……。

 二等は最新の大型テレビ。ラインナップはありきたりだ。


「いるかいらないかで言えば?」


「有、これやるよ」


「……了解」


 まあ、僕もちょうどその商店街に用があるから、そのついでに引こうかな。

 なんてことを考えながら、福引券を受け取った僕は靖国と別れて、その商店街へと足を運んだ。


 ==


 商店街は駅前の方に位置しており、この近くには一昨日菜穂と一緒に行った家電量販店がある。賑わう通りを超えて、僕は裏路地へとやってきた。

 露出された管、錯乱したゴミ、それらを超えながら辿り着いたのは、一軒の喫茶店。


 わざわざ靖国とのラーメンを逃してまで来た所としては、何だか薄ら寂しい所だ。

 僕だって行きたくて来たわけでもないし、そもそもこんな場所初めて知った。

 きっともう一人の僕は知っているんだろうなと、そう思いながら僕は意を決して扉を開けた。


 カランコロンと軽やかな鈴の音が響いて、内装は木目調の子洒落たカフェになっている。バーも並列されているのか、店主らしき老人の奥の棚には酒瓶が複数飾ってあった。


「…………」


 店主は僕の顔をちらりと見た後、軽く頭を下げる。

 それが彼なりの挨拶なのか、僕もつられて少しだけ頭を下げて、目的の人物を探す。

 探すと言っても、今のところ僕以外客はいなさそうで、あれ、もしかして遅れてる?と若干不安が過ったその時。


「こっちだ」


 手を挙げて一人の男が立ち上がった。

 僕はその人がいる席に向かって歩いて、席に座る。


「何あそこできょろきょろしている。俺が公務中だったら真っ先に捕まえるぞ」


 近所のおじさんが着る様な、少し古めかしい服装をした人物は、そう言ってコーヒーを啜る。


「ああ、すいません。貴方の背丈が小さすぎて見落としていました」


「テメェ……はぁ、適当に頼め。ここはコーヒー以外は何でも美味い」


 そう言うと男は僕に向けて小さなメニュー表を見せてくれた。

 コーヒー以外はと言っていたがそれならば何故コーヒーを飲んでいるんだろう……?

 取り合えず、心の苛立ちが止まらないので腹いせに一番高いパスタを頼むと、僕はシャツのボタンを外して、お冷を飲む。


「……それで、何の用ですか? ――矢車重蔵」


 あの時僕たちを犯人扱いした警察官――矢車重蔵。

 彼はコーヒーを飲み終えると、唇を舌で舐めながら言った。


「さんを付けろよ、デコ助野郎」


「……?」


「あれ、知らない……?」


 ==


 話を戻して、昨日、僕が夜帰ると屋敷の方に電話が掛かっていたらしい。

 それが警察のものであれば、家が家だけに緊張状態になるのだが、意外にもその人物は自分の電話で連絡したらしい。


 曰く、十二時半にこの店――『深窓の小窓』に来いと。

 警部からの個人での連絡という事もあり、メイド達はまあまあ荒れてた様で。


『有様一人では危険です。同行の許可を下さい』


 なんて、雪が言うもんだから説得するのに時間が掛かってしまった。

 しかし、相手は一応警部という位についている人で、それと僕の家の事を知っている雰囲気だったので、準備はしている。


 今朝白亜から発信機付きの通信機を貰ったので、いざという時は頼ろう。


 ――そんな万全な準備を……したきたのだが。


「すまなかった! 俺の誤った決めつけでお前に苦しい思いをさせてしまった! この通りだ……! 赦してくれとは言わないが、これが俺の誠意だ!」


 額を机にぶつけるぐらいに下げた矢車は、僕にそう謝った。

 ……謝った?

 たらこパスタを食べながら、僕は面食らってしまう。


「……何の真似ですか」


 正直言って、警戒せざるを得ない。

 警察は敵だ。


 しかもこの人は僕の家の事を知っている。

 白理家のことをどのように見ているのかは知らないけど、少なくとも、良い風に見ているとは考えづらい。


「お前の言わんとしている事は分かっている。俺は警察として、いや人間としてとんでもない間違いを犯してしまった……! すまない、この通りだ!」


「と、取り合えず頭を下げてください……迷惑です」


 別に周囲に客はいないし、店主がいる所とは離れているので、この現状を目にしている人物は僕だけしかいないだろうけど、しかしその僕がダメなのだ。

 見ていて何とも思わないし、逆に気まずい。


 ただし誠意は受け取った。

 別に騒動に巻き込まれて余計な心配事は増えたし、あの時の怒りは直ぐに忘れてやることはないけれど。


 しかし当の本人がこうやって頭を下げているのだから、僕もここは大人になって受け止めると言うのが筋だろう。


「分かりました、ただし、その言葉ミノル君にも届けてください。僕なんかよりずっと傷ついている」


 最後に会ったミノルの顔を思い出す。

 気になって一度、靖国に訊いた事があるが、何でも一度も外に出てこれないそうだ。

 靖国が直に会おうとしても、ダメだったらしい。


「あぁ、約束する」


 そう言って矢車は顔を上げた。

 僕は付け合わせのサラダを食べながら、それらをレモンジュースで流す。

 パスタもそうだけど、レモンジュースも自家製なのか、結構美味しい。


 一番高いだけあるな......と思いながら、僕はグラスを置いて、それでと訊ねる。


「わざわざ謝るためにここに呼んだという訳では無いですよね?」


「あ、あぁ......勿論だ。ただしここからは他言無用で頼む」


 壁にかけられた時計を見ながら、矢車は「もう少しだな」と呟いた。

 誰か待っているのか......? と思ったその時、カランコロンと後ろから響いた。


「――お待たせしました、先生」


 爽やかな、声を聞いただけでも好青年だと分かる声を聞いて、僕はゾッとした。

 反射的に手を握りこみ、手に掻いた汗を隠す。


 その青年はやはり、見た目も好青年であり、その態度からも、好青年だと見受けられる。

 ここまで行くのならそれはもう、まごうなき好青年だと言うしかないが、しかし僕は彼のことが少し苦手だ。


 吸い付くような青色の瞳、白く決め細やかな肌、まるでモデルかと思わすような冷たい顔立ちだが、柔和な笑みで全てを瓦解させる。

 青いシャツに黒色のネクタイと、恐らくブランド品なのか、どれもが高級感漂わせている。腕から見えた銀色の時計が、彼の総年収を簡単に推し量れるほどに煌めいていた。


 人は、あまりにも対応が優しすぎると、何か騙そうとしているのではないかと疑ってしまうのが性だけど、しかし彼にはそんなものを微塵も感じさせないほどの魅力があった。


「時間ぴったしだ――あぁ、こいつは俺の弟子でな、今は日本に帰国している――」


 確かに準備してよかった。

 さもなければ、まだ心に余裕がない状態になっていただろうから。

 しかしここで出会うとは思ってなかったぞ――。


「シルヴィア・ローレンスと申します。以後、お見知りおきを」


 そういってその好青年もとい、シルヴィア・ローレンスは、やはり恭しく僕の前でお辞儀をした。













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