溺れるほどに愛されて


「うん、あの後有くんと別れた半年後ぐらいにね、お父さんの仕事の都合上で私も引っ越すことになったんだ」


「場所は……神奈川の所だったよ。中学もそこで、県立の所でね、そこで宙ちゃんと出会って、そこで沢山勉強して、数学オリンピックの招待もそこでだったよ」


「今も楽しいけど、やっぱり友達を沢山作れたのは中学の時だったから、中学の時が一番楽しかったな……」


「修学旅行はね、京都だったんだ! え、有くんも一緒だったの!? もしかしたら知らない間に会っていたのかもね……」


「楽しかったなぁ、私ね、これでも中学は吹奏楽に入っていたから、ピアノとか弾けるんだよ! コンクールは受賞出来なかったけど、みんなと一緒に頑張った思い出があるから、そこはどうでも良いかなって」


「へえ、有くんは技術部に入ったんだ! 凄いね、有くんは。私ぜんぜん機械とか分からないよ~」


「え? ……あ、う、うん。告白ね……ま、まあされた事、あるよ……?」


「で、でも私には有くんが……ううん、何でもない。でも彼氏なんて作った事ないよ。ほ、ホントだよ」


「数オリもね、色んな人達が集まって、楽しかったな。面白い子とか沢山いたよ! みんないい子だから今度紹介するね」


「高校は如月学園の方から推薦のオファーが来てね。他に行く高校も無かったし、宙ちゃんも誘われたって言うから、じゃあそこにしようって話になって」


「そしたらお父さんが張り切っちゃって、わざわざ東京に越して来たんだ。だから新築なんだよこの家」


「ホント一人なのに、二階建ての家を買っちゃったから、毎日掃除しないといけないし、維持が大変なんだよね……」


「お父さんはね……今は外国にいるよ。アメリカだっけ? 年に二回ぐらいしか会えないって話だけど……うん、そうだね。防犯もしっかりしなきゃ。ゆ、有くんがいてくれればなー……なんて」


「有くん、何か私にやって貰いたいことはない?」


「私なんでも出来る様に頑張ったからさ。何かあったら何でも言ってよ」


「あ、暑い……? ごめんねいつまでも抱きしめちゃって。え? 汗臭いから嫌だろうから……て、別に私はそんなの気にしないし、有くんの汗なら……な、何でもないよ」


「え、エアコンつけようか。汗を掻くほど暑いのに気づけなくてごめんね? それにしてもよく私の家が分かったね……そう、宙ちゃんが教えてくれたんだ」


「そう言えば有くんはまだお夕飯を食べてないのかな? もし食べてないなら今度は私が――もう食べちゃったの? そっか…………」


「……あ、そうだ。宿題まだやってないのかな? やってないなら私がやるよ――え、もう終わってる? 凄いね有くんは」


「そっか……あはは、何か有くんの為に私が出来ることがあればって思ったけど、流石有くんだね」


「私っていつもそうだな。何をするにも遅くて、何かをしようとするのも遅くて」


「私ね、有くんにはもっと変わった姿を見せたくて。オシャレも、勉強も、お料理も、手芸も、武芸も、書道も、茶道も、芸術も、音楽も、テーブルマナーも、あらゆる所作も、話し方も、聞き方も、言葉遣いも、歩き方も、息の仕方も、息遣いも、運動も、頑張ったんだよね」


「いつか見せる時がくればいいな。でも、それでも有くんにとっては下だと思うけれどね」


「……え? 僕はそんなに凄いやつじゃない? あはは、そんなわけないよ。謙遜しないで。有くんのおかげで私はこうして変われたのだから、こんな私がこんなにも成長したのだから、だから有くんはそれ以上に成長しているはず、変わっているはず、もっと凄い人になっているに違いない」


「凄いなあ有くんは。私は数学だけが特異なみに得意だったからこの学校に入れたけど、如月学園ってとても頭の良い高校なんでしょ? 特待でも特進でもなくて普通コースだったのは驚いたけど……」


「もしかして、また誰か助けるつもりなの? 私みたいな、スポーツも出来なかった、勉強も出来なかった、話す事も、誰かとお友達を作ることも、何も何も出来なかった、何もしなかった、何も行動を起こせなかった、弱虫を、日陰者を、死んで当然だった人を、助けるの?」


「……べ、別にそれは有くんの勝手だから、私はなにも言わないけれど、それでも有くんは恰好良いんだからさ、年頃の女の子なんて、そんな事をされちゃ直ぐ好きになっちゃうよ。うん、それだったら私……少し、嫌かな。嫉妬しちゃうかも」


「夢……? 大学に手っ取り早く入れるから? 流石だね有くんは。だから敢えての普通コースなんだね。でも少し勿体ない気がするな、有くんは出来る人だから、本気を出せば関関同立も、成成明学も、摂神追桃も、MARCHも、旧帝大も、早慶も、一ツ橋も東京大学だって、行けると思うんだけどな……」


「まあそれは親御さんの方針もあるからね! 私がとやかく口を出す道理もないし、そんな関係じゃないよね、ごめんね。少し図々しかったかな厚かましかったかな、調子乗っちゃったかな」


「本当にごめんね、少し舞い上がっちゃったな。本当ならこんなはずじゃないのに。参ったな、まだ私成長出来てなかったのかな、それとも成長したと思い込んでいたのかな、ごめんね、こんな私で。宙ちゃんと出会ってから少しだけ己惚れちゃったかな。私なんて努力を怠れば直ぐに価値が下がる女なのに、有くんにただ助けられた一人の女の子ってだけで特段、有くんと親しかったわけでもないのに、ただのクラスメイトだったのに、勝手に勘違いしてごめんね、迷惑だったよね? ずっと探していたっていうけど、本当は私のこと忘れてたのかな。きっとそうだよね、いやいや、私のせいだよ。空気が薄い私が悪かったから、陰気で地味な私がいけなかったから、有くんが悪いわけじゃないよ。だって有くんが探そうと思えば本当に探してくれる男の子だから、本当は会いたくなかったのかもしれないのに、宙ちゃんから言われたからかもしれないけれど、わざわざ走ってまで私の下に来てくれて、本当にごめんね……まだ会っちゃいけなかったのかな。ダメな所を改新したつもりでいたのに、変われたと思っていたのに。ダメな姿を見せるために会いたかった訳じゃないのに――――」





「……え? 『やっぱりお腹空いているから、お願いできるかな?』」




「……そっか、良かったぁ」

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