異常事態



 翌朝、僕は都立の図書館に足を運んでいた。

 理由はもちろん宙の進捗を確かめに……だ。


 昼の十二時半。白で統一された美しい建造物は、日光の光を反射して更に煌びやかを増している様に見える。ここは比較的新しく作られた図書館であり、古今東西あらゆる本が蔵書されているとの事だ。


 四階建ての中、読書ペースがある三階に足を運ぶ。

 平日だからか利用客は少なく、いたとしても年寄りの老人ぐらいだった。

 その中で、大きな茶色の机を贅沢に一人で使用している少女の後ろ姿を見つけた。


「こんにちは、月見さん」


「あら白理君。予定よりずいぶんと早いじゃない」


「うん。早めに来た方が良いかなって」


 僕は反対側の方の席に座って、彼女と向き合う。

 机にはノートが広げられており、横には様々な本が鎮座している。


「どう……? 進捗は」


「まあまあ……と言ったところね。少なくとも図書館ここで調べられることは全部調べたわ」


 宙はずいと僕にノートを渡す。書かれてある単語を読みながら、いくつかの想像をしてみるが、如何せん内容が足りない。


「それで『黄金郷の呪い』についての解読はどう?」


『黄金郷の呪い』……恐らくそれが佐藤純一の殺害に関係している。

 しかし、今のご時世に呪いとは。だけど呪いとでも言うほど、殺害方法は分からない。


 見えない何かを使って、佐藤純一を自殺させた方法――それは一体、何なのだろうか。


「それについては興味深い話を聞かせて貰ったわ」


「興味深い話……?」


「ええ。何でもこの呪いの噂が広まったのは今から六年前。三年生から徐々に噂は広まったと彼は言っていた」


 今から六年前――となると、新校舎が出来て二、三年が過ぎた頃。

 それにしても、大してメジャーでもない噂だと思ったら、流行ったのは最近だったのか。長年勤めた先生は知っていて、最近入ってきた先生は知らない、ギリギリのライン。


 確かにこれは大きなヒントとなり得る。

 しかし問題は――。


「……提供者は」


「提供者――というと」


「さっき『彼』って言ったでしょ。もしかしてその当時の先輩? だけど――」


 彼女の性格上――あんまし友達いなさそうだしなあ……とは言えなかった。

 しかし宙ははあとため息を吐いて。


「性格が悪くてすみませんでしたね」


「まだ一言も言ってないじゃないか!」


って?」


「…………すみませんでした」


 彼女の方が一枚上手だったらしい。素直に謝ると、「別に良いわよ。この性格を知った上で付き合ってくれる友達を大事にしたいもの」といかにも彼女らしい答えが返ってきた。


「そうよ、貴方の言う通り。古い知人でね……なるべく彼には会いたくなかったのだけれど、彼以上にこの学校を知っている人を知らなかったから」


「へぇ……因みに、どんな人か訊いても良いかな?」


 僕がそう訊くと、宙は少しの間考え込むように黙って、やがて人差し指を横に翳して言った。


「あの人」


 少し離れた箇所にある雑誌コーナー。

 様々なアイドルや俳優が表紙を飾っているが、その中でひと際目立つ人がいた。

 きめ細やかな白い肌、蒼い瞳、金色の瞳—―何やら何まで外国産のソレは、明らかにアイドルの面立ちだが、しかし彼はアイドルではない。


「……シルヴィア・ローレンス……!?」


『探偵王』シルヴィア・ローレンス—―参ったな、彼が出てくるとは。

 探偵と怪盗は相いれない。天敵中の天敵――しかし何故彼女が……?


「お父さんの古い友人で。如月学園の元生徒で、丁度この街に来ているみたいだから、恥を忍んで訊いてみたの」


「お父さん……月見星夜つきみせいやさんだよね」


 なるほど、探偵繋がりだったのか。

 確かに月見星夜ほどの探偵であれば、シルヴィア・ローレンスとも繋がりがあってもおかしくはない。


「あら、知っていたの」


「知っているもなにも、有名人だよ。『名探偵』月見星夜――あの人に解けない謎は無いってテレビでやってたのを見た事がある」


 それに――彼と白理家とは少し関わりがあったから。

 月見星夜は紛れもない探偵中の探偵で、それ故に彼の命を狙う者は多かった。

 十年前、彼は暗殺された。密室殺人だった。日本問わず全国の警察連盟や探偵たちが募り調査を進めたが、未だ持って犯人に繋がる手掛かりさえ見つかってないそうだ。


「もしかして――お父さんの死の謎を明かす為に、探偵になろうとしたの?」


 実の親を殺された。しかもそれは未解決事件。

 今思えば佐藤先生が殺されたのも『密室』だ。何故彼女がここまで強情になり続けているのか、それは一生徒を救うという気持ちだけではないはず。


「……探偵になろうとんじゃなくて、最中なの。そこを間違わないで貰えないかしら」


 僕の問いに宙はそう答えた。

 つまるところ、そう言うことだ。


「……応援するよ」


「ありがとう。世辞でも誠意でも嬉しいわ」


「真心オンリーのつもりだよ」


 失礼なことを言わないで貰いたい。

 そこで僕は菜穂のことを思い出した。


「豊崎さんはどうなの? 月見さんと一緒に行動しているから、あの子も探偵志望?」


 だけど僕が知る以上、彼女の親族が誰かに殺されただなんて話聞いた事がない。

 そもそもあの、のほほんとしている彼女のことだ。

 宙のお手伝いとしているのかな?


「一つは――彼女の天才性を買って私が誘ったの。貴方もそれで助けられたでしょう? 見ただけで事件性の有無を……もっと言うなら『その場で起こった現象』を物理学や数学を用いて限りなく正確に当てられる――やましい程に羨ましい能力スキルだわ」


「ははは……何だか異能力みたいだね」


 それしか言えない。

 アレ、これって異能力ミステリーだったっけ?


「それとね……彼女もあったの。探偵をやる動機が」


「それは?」


「それは――」


 宙の呟かれた言葉に、ただ僕は曖昧なことを言うしか無かった。

 なるほどな、大分読めてきたぞ。


 やがて宙はこんどはこっちからと言わんばかりに、僕に質問してきた。


「そういう貴方はどうだったかしら。何か発見できた?」


 宙の質問に、昨日のことを思い出す。


「豊崎さんが送った内容通りだよ。結局それらしき物は見つけられなかった。もしかしたら、毒じゃないのかもしれない」


「そう……」


 彼女は僕の言葉にはぁとまたもやため息を吐くと。


?」


 その黄色い双眸を細めながら、少しだけ怒った様子で僕に訊ねた。

 僕はきょとんとした顔を浮かべて反応に困っていると。


「昨日から菜穂のメールが来ないのよ。報告だけ終わらせて、私がおはようの挨拶を送っても彼女、まだ見てないのか既読すらついてない」


「因みに、菜穂は毎朝六時には『おはよう宙ちゃん! 今日も良い天気だねぇ』のメールが送られて来るわ。病気の時も凝りもせずに」――と、加えて彼女は言った。


 知らんがな。


「さぁ……? 少なくとも最後に見た時には普通そうだったよ。家で何かあったんじゃないかな」


「……へぇ」


 宙には真相が分からない。唯一知っているのは現場にいた僕たちだけだろう。

 故に彼女は僕からの反応を読んで答えを知る以外ない。


「そんなに気になるんだったら豊崎さんに訊けば良いんじゃない? 友達なんでしょ?」


「随分と……随分といやなことを訊いてくるわね」


 すると宙は少しだけ不機嫌そうに言った。

 何か地雷を踏んでしまったのだろうか。

 驚きながら、僕は慌ててごめんと謝る。


「気に障ったらごめんよ。だけど本当に分からないんだ」


「いえ、私もごめんなさい。こっちも動揺しているの。何せ初めてのことだから……」


「やっぱりメールか何かで訊いた方が良いんじゃないのか?」


「……そう、ね」


 すると宙は少しだけ視線を外して、隣にある窓の向こうの景色を眺める。

 陽の光が木々の間をすり抜けてチラチラと光を放つ。

 こうしてみるともうすぐ春も終わるなと感じるこの頃、宙はぽつりと言った。


「怖いのかしらね……他人と距離を縮めるのが。菜穂とはそれはもう三年の付き合いになるけれど、未だに彼女に関して分からない部分は多いわ」


 遠い眼差しをしながら、宙はぽつりぽつりと呟く。


「私はね、こう見えても自分の性格が悪いことぐらいは知ってるのよ」


 ……否定は、しない。


「だからせめて、出来た友達は大切にしたいの。だって私が選んだお友達だもの、私の不手際で失ったりしたら、それこそ泣いてしまうわ」


 驚いた……まさか彼女がこうも繊細だとは。

 いつもとげとげしいばかりかと思ったが、案外優しい子なんだな。


「豊崎さんはそう言う事をする人じゃない……」


「…………」


「って言えるほど、まだあの子とは仲良くなった訳じゃないけどさ」


 あまりにも宙の目つきが鋭かったので言い直して。

 はあと、こちらまでため息を吐いてしまいそうだ。

 頭を小さく掻く。面倒ごとは嫌だけれど、ここまで来たらやるしかない。



「……分かった。僕が聞いてみるよ」



 そう言うと、彼女は小さく微笑みながら、ありがとうとそう言った。


 ==


 そうして時刻は流れて夕方の五時半ごろ。

 僕は自室に戻っていた。ノートに今日のことを書いておいて、ペンを置く。


「入っても良い? ゆー」


 コンコンとノックがして、外から声が聞こえた。


「良いよ~」


 その時僕は少し考えて、返事をした。

 その言葉と同時に開かれる扉。そして膝元に来る衝撃。


「疲れたぁ~。甘えさせて~……」


 飛びついた白亜の髪を撫でながら、僕はお疲れ様という。

 そう言えば今日は一週間に一度の学校の日だったような。

 普段から外に出ない生活を送っている彼女からしてみれば、学校に行くこと自体苦しいものなのだろう。


「じゅう~でんちゅう~~………?」


 普段も十分に甘えまくっている白亜だが、今日はその倍以上か。

 こりゃあ満足するまで離れてくれないなとそう思ってると――。


「……なんでここにいるの?」


 まるで信じられない様子で白亜が僕から離れる。

 ……クソ、やっぱり白亜にはバレるか。


 僕は髪をガシガシ掻いて、掻き上げる。

 さっきから散々言われたことなんだが、それはこっちもなんだよな。

 菜穂然り、昨日の時点で何かあったのか――……。


 面食らう白亜に向かって口を開いた。




「――だって知りてぇよ、こっちも初めてのことなんだからよ」




 午後五時半。入れ替わりの時間まであともう少し。

 だってのに――俺の主人格である有は、まだ覚醒していない。


「……ったく、一体どうなってるんだぁ?」


 初めての異常事態に、俺は心底頭を悩ませるのだった。

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