糸口、未だ見えず
それから五時間ほどの時間が経過して。
「んー、これも違うかあ……」
手にしたブツをまじまじと見ながら、菜穂は口を尖らせながらそれを商品棚に置いた。さっきからこの調子で、過ぎゆく客は微笑ましそうに僕たちを見送っていく。
商品を選んでいる風に見えるかもだが、その実――。
「見えてこない? 殺人条件」
とんでもない話だが、豊崎菜穂は――現場を見ただけで、それがどのように動いたのかが分かるそうだ。それもかなり詳しく。
「うーん、空気の対流も一応考えているんだけど、やっぱり合わないんだよね」
かなり詳しくというのは、例えば、うつ伏せの状態の遺体の近くにナイフが置いてあったら、誰もが『刺殺』だと確信するだろう。
だが菜穂は違う――。
「空気より軽い毒物だとして窓の開いていない空間で、致死量まで吸い込むのにどのくらい時間が掛かるかな? エアコンは付けてたっけ? でも他クラスだから普通は遠慮しそうだけど佐藤先生は分からないな。それに毒物は無臭だと仮定して一般人が作れるものなのかな。薬に手を付けたらバレそうだけど機材は使えるから、想定していない毒物もあり得そう。でもそうすると問題はどうやって毒を散布したのか。空気清浄機に混ぜて置いた? 職員室の鍵は誰でも入れるしもしも犯人が同じ教師だとすれば怪しまれることもない。だけどあの時学校の先生の大半は校庭の吹奏楽の演奏の方に行った。警察がもっと調べるんだとすれば監視カメラの記録は抑えているはず。学園の方もこれ以上騒ぎにしたくないだろうから監視カメラの記録はちゃんと保存してあるはず――」
菜穂は、そのナイフがどのように刺さったのか、そしてどういう物理法則を伴って動いたのかを推察することが出来る。佐藤先生の血痕を見ただけで事件性の有無を認識できる程の推察力だ。もはや神域に近いだろう。
ブツブツと何か呟く菜穂に、僕は辺りを見渡す。
ここは家電量販店。宙が菜穂に送ったものは『毒を散布する機材』についてだった。
本命は空気清浄機なのだが、そもそもとしてあそこは三年生の教室だ。そんな大それたものを運ぶのは人手がいるし、監視カメラにもばっちり残るだろう。
「お……」
商品に並んでいる家電らを見ていると、いつの間にかイヤホンの列の方に来てしまった。そう言えば、イヤホンを買いたいなと思っていた頃だった。
「なに見てるの?」
「豊崎さん! あ、えとごめん……ちょっと寄り道」
「あははっ、それじゃあ私もちょっと休憩しようかなー」
そう言ってうーんと背伸びをする菜穂に、僕は「何か買ってこようか」と少し先にある自販機を指さす。
「ううんいーよいーよ。それよりもうかなり時間経っちゃったけどどうする?」
現在の時刻は四時半。ちょっと時間が押してきているな……。
まだ頭痛はしないけど、切迫感が強まってきている。
僕は申し訳なさそうに彼女に言った。
「ごめん、僕の家門限が厳しくてさ。六時には家に着かないといけないんだ」
「そっか……そうだよね。分かった。それじゃあもう帰る?」
「そうだね……」
そこばかりは本当に申し訳ないと思っている。
六時から、もう一人の僕に託すこともできるけど、彼はまだ彼女らの事を知らない。
そこら辺はアドリブ力に期待するしかないけど、今日だけで様々なことがあった。
今ここで変わってしまえば、最悪僕たちの秘密がバレる可能性がある。
「さっきイヤホンの方見てたけど、何か買いたいのあった?」
「いや……欲しいなとは思うけど、何を買えば良いかなって悩む」
「分かるー。私はノイズキャンセリング機能と見た目で選んだかな~」
「ノイズキャンセリングか……あと、高音質のやつもあるよね」
最近のは本当に凄くなった。コンパクトで軽量で、そして高性能だ。
だけど突き詰めれば突き詰めるほど高くなっちゃうし、お金に関しては言えば幾らでも出して貰えそうだけど……。
「私用だからね。自分のものはなるべく自分のお金で買いたいんだ」
「そっ……か。――あ、見て見て! 物凄く高そうなやつあったよ!」
彼女はそう言いながら僕の手を引っ張り、とある場所へと連れて行く。
そこはイヤホンの隣にあったスピーカーが並んでいる場所だった。
最近のスピーカーというのはイヤホンなんかとは比べ物にならないぐらい高音質な性能を持っており、高周波にも対応しているのか。
「最近だと『超指向性スピーカー』なんてものがあるんだって。狙った場所に一直線に音を出すみたい。こんなに小さいのに凄いね!」
キラキラとした目で見つめるその姿は微笑ましいの一言で。
近くで店員さんがニマニマと微笑んでいる。
確かに値段は高いけど、好きな人は好きなんだろうな……そう言えば、似たようなスピーカー、白亜の部屋にあったような気がする。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます