調査
「ゆう君は優しいよね……また、会えるかな」
――それは、ちょうど十年前の頃だった。
僕は幼少期、過疎化が進む田舎に住んでいた。
田舎の学校は木造で出来ていて、そこには小学生から高校生までいて、だけど全員合わせて二十人もいなかった。
僕はそのころから人との関わりを断っていて、いわゆる、つまらない人間だったと思う。人との過度な接触はご法度、それが『白理家』の裏の姿を知られてしまっては尚更で。だから僕はいつも一人で帰っていた。
田舎というものはとても極端な人間関係を迫られる。
人が少ないから、全員が顔見知りで、それが凄く気持ち悪かった。
一挙手一投足を見張られていて、その輪を害する者が現れれば、大人たちは時に、子供でさえも容赦ない選択をする時がある。
――僕の他に一人、都会から来た女の子がいた。
その子の名前は知らなかった。
――何故なら、村の全員がその彼女の名前を呼ばなかったからだ。
今でいうならば『村八分』というものだろう。理由は分からないが、結束力が高いこの村の大人たちは、他所からの人に当たりが強いのだろう。
彼女の家は大きくて、綺麗で、だけど村から離れていた所にあった。
彼女はいつもボロボロのランドセルを背負って一人で帰っていた。
「ねえ、なにをしているの?」
僕の家も離れにあるので、彼女とはどうしても同じ帰り道となってしまう。
僕の後ろにいた数人の小学生――その右手には砂や石ころが握られている。
僕はそっと彼らに一瞥しながら、その女の子に話しかけた。
意図なんて無かった。可哀そうだとも思わなかった。
ただ、目の前で誰かが傷つけられるのを無視できるほど、僕は強くない。
「え……と……」
その子の目は濁った様な翡翠色の瞳をしていて、小さな口からは何か言おうとしていた。そう言えば、僕はこの子の名前を知らなかったから、もしかしたら彼女も僕の名前を知らないのかもしれないと思った僕は、最大限の作り笑いを浮かべて自己紹介をした。
「僕の名前は白理有。君の名前は――?」
「わ、わたしの、名前は……」
何てことはない、普通の会話から始まった僕らの関係は、僕が小学三年の時に『二重人格』だと爺様に知られてしまい、強制的に転校する時まで続いた。
転校する最後の時、当然学校では祝うも何もなく、僕らは学校を休んで一日中山の中で遊んだ。その時には彼女の存在が僕の中で大きなものとなっており、彼女がいなかったら、僕は早々に心が壊れていたかもしれない。
「また……会えるかな」
涙をぽろぽろ流しながら、彼女は言った。
僕はその時、彼女を泣かせたく無くて、だから一つ嘘を吐いた。
「約束する。必ず、会いに行く」
「約束だよ……? ぜ、絶対だよ……?」
彼女はそう言いながら、でも最後には笑って見送ってくれた。
だけど、僕はもう二度と会えないと思っていた。ここから東京まではあまりにも遠く、また僕にそんな自由は与えられないだろうから。
あれから実に数年の月日が流れた。――その間に、あの村が廃村になってしまったと言う話を聞いた時は、僕は微かに胸が痛むのを感じた。
「あの子の名前……何て言うんだっけ」
彼女は今どうしているのか。ふとたまに、思い出してしまう。
雪が用意してくれた服を着替えて、僕はノートに情報を書き込む。
「行ってらっしゃいませ、有様」
「あぁ、行ってくるよ雪」
「因みに今晩の夕食は有様の苦手なタコをふんだんに使ったピラフです」
「なんで今このタイミングで!?」
済ました顔で何て恐ろしいことを言うんだこのメイドは……。
因みに、幼少期を山で過ごしたせいか、僕の舌はあまり海鮮物を好まない舌になったようで、タコもその内の一つに該当する。
雪が僕の苦手なものを出すのは決まって機嫌が悪い時だ。
こう何か不服なことがあると、可愛い程度に困らせてくる。
何かやってしまったのだろうか。
外に出て日差しの暖かさを全身で浴びながら、駅前の方に歩く。
「それにしても」
こんな事を考えるのは久しぶりだ。
どうしてだろうか、きっと、菜穂が彼女に似ていたからかな。
――そう言えば、彼女も数学が大好きだと言っていた様な気がする。
==
午後十二時五十五分に駅前に着いた。
約束の時間より少しだけ速いが、女の子を待たせるよりマシだろう。
黒のシャツに濃い青色のパンツ。もちろん雪が選んだ服装だ。
「あ、お、お待たせ……っ」
その時タッタッと駆け足でやってきたのは菜穂だった。
白色のワンピースを着ていて、制服の時とは一変、爽やかな雰囲気を持った服装だった。
「お待たせって、時間ぴったしだよ。それでどこから行くの?」
「宙ちゃんから探してきて欲しい所聞いてきたから、それを目印に探そ?」
菜穂を先頭に、街中を歩いていく。
「~♪」
菜穂は上機嫌なのか、鼻歌混じりに歌を歌っている。
「おいおい、あの子滅茶苦茶可愛くね?」
「うわ本当だ。アイドルかな……?」
「一人なのかな……? うわーアタックしてー」
周囲の人たちからの視線が気になる。
まあ確かに、そこらにいるアイドルより凄く可愛いからな……。
「……? 白理君?」
僕は彼女の隣まで急いで駆け寄る。
取り合えず、これで彼女に向かう視線は薄くなっただろう。
その代わり僕に対する嫌な視線が増えたけれども。
「……あ、ありがとう……」
行動の心理に気づいたのか、菜穂がこっそりとそう呟いた。
「やっぱり、あの頃と変わらないんだね」
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