旧校舎にて
「わたし旧校舎初めてきたよ~」
「私もよ。見取り図はいつも見ていたけど、実際に来るのは初」
スキップでもしてしまいそうなぐらいウキウキしている菜穂と、若干の興奮を隠し切れない宙を前方に、僕は小さくため息を吐いた。
旧校舎には一応電気が通っている。だが今は当たり前だが付けられていない。
昼時とは言え、電気の付いていない木造の廊下は歩くだけでもギシギシ鳴っているし、全体的に薄暗い。
「そう言えばここの旧校舎、とある噂があるのよ」
「うわさって?」
「――幽霊が出るって噂よ」
階段を上りながら怪談話をしようとする宙に、菜穂は若干青い顔をしつつ、それで? と相槌を打つ。
「六年ほど前かしら。旧校舎に肝試しに行ったという当時高校三年生の男女三人組が、黒い人影を見たって話」
「黒い人影……?」
僕がそう訊き返すと、宙はええと頷く。
「なんでもそれは一人じゃ無かったようで、複数の人を模した影がいたそうよ」
「それで、その人達はどうなっちゃうの!?」
既に恐怖心が限界に達しているのだろう、菜穂が手すりに体重を掛けながらぶるぶると震えている。宙はそんな菜穂に追い打ちをかけるように言った。
「さぁ? 噂ではその影に取り込まれて消えてしまったとか……もしかしたら、今も彷徨っているかも――」
「ひうっ! ……ユ、ユウえも~ん」
菜穂がビクッと体を硬直させて、僕に泣きつく。
だから僕はドラえもんじゃないんだって……持ってるのは通り抜けフープじゃなくて鍵開けスキルなんだって……。
「まあ、十中八九嘘でしょ、その話」
もしも仮に全員が陰に呑まれてしまったのならば、そもそもその話をした奴は誰なのか。実はその誰かが、その騒動の張本人で――ていうのは飛躍し過ぎだが、まあ、そんな噂が流れるのは大抵理由がある。
宙はふふっと笑いながら、ごめんなさいと菜穂に一言謝った。
「悪ふざけが過ぎちゃったかしら。菜穂は昔から、本当にビビりなんだから」
「もーうっ、宙ちゃん!」
菜穂が今度は青色から赤色へと顔色を変えて、宙のところへと駆け寄る。
忙しい子だな……と思いながら、二人の関係性に息を吐く。
――うしろに誰かいることは分かっている。
(誰だ……? 足音はしなかった。あくまで視線だけ。殺気は感じられない。こちらを伺っている……)
今は階段のふもと辺りにいるだろう。西から東へと僕らは歩いている。
このままいけば、鉢合わすことも無く学校から出れる。
それに、後ろには僕がいる。暗器でも使われない限り、背後からの攻撃は絶対に通させない。
「……それで宙さん、どこに向かおうとしているの?」
図書室がある場所は四階。だが今は三階だ。
帰るのであれば、さっきの階段で一階にまで下ればいい。
つまりここ――三階に、何か用があるということだ。
宙は僕の質問に、右側の、窓ガラスの方を向きながら言う。
「佐藤先生は最後に、窓の方を見て死んだ。つまり先生から見た景色に、何かがあって、それが死の原因にもなり得たかもしれない」
「つまり、ここに何かがあると?」
確かに、あの教室から見えるのはこの校舎ぐらいだもんね。
だけどそれじゃあ一体、佐藤先生は何を見たんだ……?
「実はね、さっき言った影の話。アレ、あながち作り話でも無さそうなのよ」
「……なに?」
「死人とかは出ていないんだけど、でも実際にここでは黒い影が現れるという噂がある。今はもう聞かないけど、一世代前の卒業生に訊いてみれば、何か分かるかもしれないわ」
前に歩いていた宙がピタリと止まり、窓を指差す。
僕たちは続けて窓ガラス越しの景色を眺めて――そこには、丁度教室の内装が見えた。だが、三年の教室はここからもっと下だ。これでは、教室の中は見えるはずがない。
「……やっぱり」
だが逆に宙は思惑げに頷くと、その直ぐ後に菜穂も「あ......」と反応した。
「え、何か分かったの?」
ただ一人何も分かっていない僕はそう彼女たちに訊いて――。
――誰か来る!
気配が動いた。足音が聞こえる。即座に振り返り、拳を握りしめ臨戦態勢へと移る。
例え武器を持っていようが、防衛戦なら得意だ。
まずは相手の武器を見極めて――
「なにをやっているんだ、君たちは」
しかし、目の前にいる人物があまりに想定外な人だった為、僕は面食らってしまった。白銀髪の髪をポニーテールにした、ミステリアスな雰囲気を醸す白衣姿の美女。
そして今しがた、宙が言っていた……犯人候補。
雹月桃花先生が、そこには立っていた。
「どうして……」
「それを言いたいのは私の方なんだがな。君たち、既に下校時間は過ぎているぞ」
先生はため息を吐いて、僕は慌ててすみませんと頭を下げる。続けて後ろにいる二人もごめんなさいと謝る。
「それにしても、なんで先生がここにいるんですか?」
宙が雹月先生にそう訊いた。
「君は……特待クラスの子か。なんでも何も、最近はここに来る生徒が多くてな。なに、警備の一巻だと思ってくれてもいい」
その後雹月先生は「黙っててあげるからさっさと帰りなさい」と言って、僕らははいと素直に頷いた。
(......にしても)
旧校舎から出て校門まで歩いている最中。
僕は校舎の方を振り返りながら考える。
(あの視線は何だったんだ......? それに階段まで近づいていた気配、あれは絶対雹月先生のものじゃ無かった)
明らかにあそこは、僕が知らないナニカがある。
それに、あの先生――階段を使っていなかった。
あの階に行くためには、同階にある渡り廊下を渡らないといけない。
……これは、単なる想像なんだけど。
――わざわざ中腹から見回りってするのかな?
いや、単に近かったからもあるし、そもそも正規の巡回という訳でも無さそうだから、巡回コースがあるって訳じゃ無さそうだけど……。
本当に偶然見つけた――そう決めつけるには、あまりにも出来過ぎている。
「日記に……熟考マーク付けておこう」
そう思いながら、それでどうするのかと宙に訊く。
宙は先ほどから黙り込んでおり、しかし先生に怒られたせいじゃないだろう。
何となく、その真剣な顔つきに何となく視線を向けてしまう。
「……あの場所は」
宙が口を開いた。
「教室を覗けなかった。内部は見ることは出来なくて、だけど窓際は見えた。距離は遠くて、私でもようやく輪郭が分かるレベルだった」
宙は自分のその黄色い双眸に手を当てて「私の視力は2.0よ」と自慢げに言う。
「私も私も!」と菜穂も続けて言うが、それは一端無視させて貰って。
「だけど佐藤先生は目が悪かった。あれじゃあ輪郭はおろか、シルエットぐらいしか分からなかったと思うわ」
確かに佐藤先生は目が悪かった。近眼なのか老眼なのか分からなかったが、確かにあの距離で細かなものを見ろと言われても難しいと思う。
それならば、尚更気になる。一体あの場で、佐藤先生は何を見たんだろうか。
ついでに言うならば、あの場には僕がいた。あそこからでも見えて、尚且つ目の悪い人でも分かって、そして僕が見つけられなかったもの――。
そこで僕は一つの可能性に気づいた。
「……人?」
もしも佐藤先生が見たのが『人』なのだとしたら。
それならば僕が気づく前にその場から立ち去ることもできる。
あそこは死角が多いから、多分ちょっとでも離れたら見れなくなるだろう。
「おそらく……ね」
「だけどそれでもおかしいよ。シルエットだけで分かる程の人間って、大柄な人とか服装が特徴的じゃないと……」
それに。そもそも旧校舎は基本的に立ち入り禁止だ。
部外者であれば尚更。生徒は寄り付かないし、先生だってあまり立ち入らない。
あそこに入るのは、用務員の人ぐらいだと思う。
「それに、佐藤先生は『黄金郷の呪い』だって言っていた。やっぱり、何か関係があるんだ……」
やはりどういっても最終的には『黄金郷の呪い』に結びつく。
だがアレは迷信であり、ただの噂話だ。
「――それなら、こうはどうかしら」
ちょうど二手道に分かれた所、宙がこう提案した。
小さい右手に二本の指を立たせながら、さながらピースするが如く。
「分かれましょう。私はその『黄金郷の呪い』の件をもっと調べてみようと思う。貴方たちは犯人の『殺人方法』を探してちょうだい」
「それは……良いけど。でもなんで僕たちなの?」
「適材適所というやつよ。菜穂は数学や物理が得意だけれど、私はその逆――現代文や古典でこの特待クラスに配属されたの」
へえ……そうなんだ。でも確かに合っているかも。僕が最初に会った時も、彼女は図書室にいたし、本当に本が大好きなんだな。
「分かった。それで豊崎さんはどう?」
「へっ……!? わたし!?」
僕が話を振ると、菜穂はとても驚いた顔をしていた。
顔が妙に赤かった。菜穂はくるくると髪の毛を弄りながら、僕の目を逸らして言った。
「わ、わたしもそれで良い……と思うな」
「そか。じゃあそうしよう、僕は昼ぐらいならいつでも空いているから、豊崎さんはどう?」
「うん、私も今週は空いているから……」
「それじゃあ早速今日から始めましょう。早くしなければ噂も広まるし、犯人を野放しには出来ない」
宙がそう纏めて、左側の道を歩き出した。
「あ、ちょっと待ってよ宙ちゃん! ……と、取り合えず有くん、あとで連絡するからね!」
それに遅れて付いて行く菜穂。連絡というのは、この前メルアドを送ったからそれの事だろう。するとポケットに入れてあったスマホがブルッと震えた。
『一時から○○駅に集合で良いかな?』
早っ……! もうメールが来た!
僕はそれに『了解です』と簡潔に送って、すると直ぐに❤の反応アイコンが飛んできた。しかしそれは直ぐに削除され、代わりに『👍』の反応が返って来た。
あれは一体何なんだ……?
「まあ今はともかく家に帰ろう……」
お腹もすいたしね。
そう思いながら僕は右側の道に進んだ。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます