浮上する犯人


 荘厳な図書室、普段厳かな雰囲気を持つこの図書室は、図書館レベルの蔵書数を誇るものでもあり、学校の名物の一つでもある。


 だがそれも旧校舎の方の図書室の場合は別だ。そもそも、ここにあるのは宗教関連の本や、学術関連の本。ざっくりいうのであれば、ページが多く、貴重でまず生徒は読まないであろう本で溢れている訳だから、まず人が入る訳が無い。

 年に数回、蔵書の確認のため司書が立ち入るかどうかだ。


 ――だから、ここに来る人なんていない。話し合いには絶好の場所だ。


「……以上が、僕が見た全てです」


 この場にいるのは、探偵志望の月見宙。

 数学オリンピック金賞(複数回)人呼んで『数学の女王』こと豊崎菜穂。

 そして――巻き込まれ体質ここに極まれり、の僕こと白理有の三名。


 因みに菜穂は別件で遅れたようで、話し合いは彼女が来てから始まった。


「聞けば聞くほど、全く現実離れしてるわね」


 話しを聞いて顎に手を寄せて考え込む宙に、菜穂はクルクルとペンを回して、その唄を書き込む。

 七つの詩、それぞれに意味があるのか、こうしてみると物語形式になっているのは分かるけども――。


「それにしても、豊崎さん字が綺麗だね」


 一寸の淀みも誤字も、字の流れも無く流暢に書かれた文字列に、素直に感心した。


「えっへへ~」


 菜穂はそう笑いながら更にペン回しの速度を上げる。宙はノートを見ながら、なにか考えるようにその文字をじっくりと見る。


「乱雑にされた教室、争っていた物音はするが、相手は分からない、もしくはいない。自殺時の佐藤先生は至って平然そうに見えるが、目の焦点はあっていなかった。そして――最後に、窓の外を見てから飛び降りた」


「飛び降りたというか、何というか、って方が正しい気がする」


 僕がそう付け加えると、そうねと宙は考え込んでしまいには黙ってしまった。

 改めて思い返すと、本当に良く分からないな……どうして殺したのかも、どうやって殺したのかもすら分からない。


「これがミステリの小説なら、ノックスの十戒が役に立つんだけどな……」


「ノックスの十戒って?」


 ぼやいた言葉に菜穂が反応する。


「ノックスの十戒って言うのは、イギリスの推理ミステリ作家ロナルド・ノックスが発表した、ミステリを書く上で守らなければならない十の掟のことだよ」


 推理小説における謎解きは常に読者にフェアでないといけないという理念の下で作成されたこのルール。内容は至って簡単で、例えばだとか、とか。まあ良く考えれば『当たり前のことだよね』って感じのものばかりなのだが。


「だけど、この場合だと犯人役は既に登場している事になる。現実は違うって分かっているけど、本当に面倒くさいな……」


 犯人も、どうやって殺したのかも分からない。現場証拠だけでは犯人に辿り着くなんて――そんなの、超自然能力でも使わないと――。


「……分かったわ、どうやって殺したのかも、動機も分からないけれど。――犯人の目星は付いた」


 瞼を開けた宙は、その黄色い瞳を光らせながらそう僕の方に向かって言った。


「うそっ! 宙ちゃん分かったの!?」


 菜穂も驚いたように、目を丸くさせながらすごいすごいと言う。

 ここが図書室じゃなければジャンプでもしてそうな程の勢いに、宙は慌てて「まだ確信は持てないけど」と訂正する。


「恐らく、これは毒による殺害だと思う。私も詳しいわけじゃないから何も言えないけど、狂乱や混乱は毒物や薬物のソレに近いわ」


 確かに、それならば僕も納得がいく。毒物などを散布し、それを吸い込んだ人々が狂気の内に死ぬ……そのような、ホラーミステリー物の作品を読んだことがある。

 ただ、あれはその土地固有の風土病だったり、国やその県のものなど、大きな権力を持った人たちが裏で暗躍していたり……要するに、


 しかし、あながち間違いでも無さそうな気がしてきた。

 毒物ならば検視の結果で明らかになるだろう。


「一応聞くけど、犯人は誰だと思うの?」


「――雹月先生だと、私は推測するわ」


 雹月先生……というと、科学の先生をやっている雹月桃花ひょうづきももか先生か。ミステリアスな雰囲気を持つ美人教師だって噂があり、男子生徒から密かに人気がある先生だ。僕も何度か見かけたことあるけど、三白眼が特徴的な人だったよな……。


「つまり、毒の調合は実験室で行ったと?」


 何度も言うが、ウチの学校には『特待クラス』がある。

 ならば科学の特待クラスの子だっているだろう。そんな子に教えるとなると、最低でもそこらの研究室と同等の実験室を造らないといけない。


 この高校、設備費だけでとんでもない額になるからな……。


「もしかしたら実験に使う機材だけ使って、その素材は自分で調達したのかもしれない」


「だけど、あの時直ぐに僕がドアを開けて近づいたんだ。それならば僕たちも毒に触れたんじゃ……?」


 ある程度の毒耐性がある僕はともかく、ミノルが心配だ。

 もしかしたら、気づかない間に体の中に取り込まれたかもしれない。


「それに関しては何も言えないわね……けど、空気よりも軽い物質であるならば、すでに窓を通って外に流れて行ったと思うわ。それに、それならば佐藤先生が窓を開ける理由にもなるし」


 宙はそう言って立ち上がった。気づけば随分と時間が過ぎてしまったようで、時刻は午前の十一時十五分を指示していた。

 宙が図書室の扉を開けようとして、その手を離した。鍵が掛かっているのだ。


「どうする……? 有君にドア、壊して貰う? 助けてユウえもんって」


「もう、しょうがないなぁ菜穂さんは……って、人をそこらの秘密道具扱いしないで」


 しかし、本当にどうしようか……。

 ドアをまた蹴破るまでにはいかないけど、鍵開けのスキルは必要になるかな。

 鍵開けの要領で鍵を閉めることは出来るから。

 問題は彼女たちを先に返してからという事と、見つからずに、そして鍵穴を潰さない様にしなければいけないけど――。


「旧校舎の方のドアは鍵が掛かってないから、そっちから出ましょう。それに……折角だから、あそこの方にも寄ってみたいし」


 そう宙は言って、旧校舎の方の扉を開けた。

 先生に見つからない様に下校するため、これには僕も賛成だ。

 旧校舎の方に繋がる扉は実は鍵が壊れている。菜穂と宙が先に出て行って、僕も出ようかとした、その時。


「――――――」


「……」


 誰かの視線を、感じた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る