白理家の面々
「ただいま~……」
結局、それから色々あって家に帰ったのはもう六時を過ぎそうな頃だった。
頭が痛い……門を開けて貰って、僕は重苦しい玄関の扉を開けた。
「お帰りなさいませ、坊ちゃま」
「ああ、ただいまやっさん」
出迎えてくれたのは、二人のメイドと一人の執事。
白髭を蓄えた、老執事――白理家に五十年余り使えている、名を
僕が生まれた時から使えているから、親愛を込めて僕は彼を「やっさん」と呼んでいる。
「今日は一段とお帰りが遅かったようですが……」
「ああ、うん。少しね、ほんの少し厄介ごとが起きて……白亜は?」
「白亜様は現在客室を利用しております。今日はお食事を取らないそうで……」
白亜は僕の大切な幼馴染でもあり、もう一人の僕の相棒だ。
インターネット関連に強く、彼曰く、基本的にセキュリティを解除するのは彼女の役目だそうだ。それと情報収集をするのも彼女の仕事であり、作戦を組み立てるのは彼らしいけれど、それ以外の事は何でも彼女が請け負っているとの事。
「有様、お手荷物をこちらに」
スッとやっさんの後ろに控えていたメイドの内の一人が、僕に歩み寄って来た。
確かに、今は疲れているし、たまにはその厚意にも甘えても良いのかなと思う。
「いやいいよ、雪。気持ちだけありがたく受け取っておく」
「ですが……」
雪色の髪を肩まで伸ばし、綺麗な顔立ちをしている、雪と言われたメイドの一人――本名を
僕と同年代の少女であり、僕が五歳の頃からこの家に仕えている使用人の一人だ。
「最低限の事は自分でやるよ。いつもありがとう、雪」
「有様がそうおっしゃるのであれば……」
一歩身を引いて頭を下げる雪。あまりこういうのは得意じゃないので、止めてくれと言っているんだけど……まあ、今はいいか。
僕は中央の階段を上って二階に上がる。
こげ茶色の立派な扉、名札の所には金の名札で『有』と刻まれている。
「ただい――」
「すー……すー……」
あー……クソ。
ツッコミたい気持ちを抑えつつ、僕は鞄を置いてコートをハンガーに掛ける。
そこで眠りたいのは僕の方だというのに。あーでも、今までのこと、ノートに記さなきゃ……。
「ねむ……い。ヤバ……時間が……」
時刻は押してきている。眠気まなこを擦りながら、僕はノートを開いて今までの事を書き纏める。
「いや……無理、多すぎだろ……今日は」
いつもなら数分で出来る作業が、いつまでたっても終わらない。
取り合えず、事件が起こって、僕が疑われて、それを助けてくれた人たちの事を書いて――。
「最後……『黄金郷の呪い』……」
それだけを書いて、ふと布擦れの音に気が付いた。
背後に立つのは、白い髪を腰まで伸ばした白亜だった。
まだ寝ぼけているのか、ぴょんと寝ぐせが立っている。
「白亜……」
まだ寝ぼけているのか、白亜はぬるんと僕の膝の上に座ってずいと頭を上げる。
これは幼少期にやっていたことだ。普段無気力な彼女は、自分の寝ぐせすらも面倒くさいという事で、僕がこうしてとかしていた。
本当に寝ぼけているのか、それとも甘えているのか。
まあ……彼女にはお世話になっている。久しぶりにやるか。
優しい手つきで彼女の髪に触れる。くすぐったいのか、んっと声が響いた。
寝ぐせはしつこく無く、成すがままに元に戻される。
滑らかな髪質、こうして彼女の髪に触れるのは何時ぶりか。
「ゆう」
「起きた?」
ゆっくりと瞼が開かれ、その蒼い瞳が露わになる。
だがまだ寝ぼけているのか、とろんとした目になっている。
気持ちが良いのか、直ぐに瞼を閉じてその快感に気持ちよさそうにしている。
「ほら、終わったよ」
そろそろ頭痛がヤバい。入れ替わりの強制まで残り数分といったところか。
ノートにはある程度書き込んだ。あとは――どうせニュースで知るだろう。それか、白亜が事前にリークしているかのどちらだな。
ベットの方に視線を向ける。ズキズキと頭痛がひどくなっていって、心臓の鼓動が早まる。
今からあそこにダイブして、そうしたら次目覚めるのは明日の朝だ。
明日――明日になったら、どうするんだろうか。学校……はやるだろうな。
もしかすると、僕たちがやったって言う事が既に噂として広まっているかもしれない。嫌だな……高校生活一年目でそういう烙印を押されるのは。
「はぁ……キツイな」
僕がそう言うと、その時、空いた右腕を掴まれた。
白亜は寄りかかるように体重を僕に預けながら、頭を胸の所に寄せる。
「は、白亜……?」
いきなりの事だったので、面食らってしまった。
白亜はその蒼色の瞳を向けながら、その小さな口を開いた。
「私は、ゆうの味方だから」
「白亜…………」
その言葉を聞いて、僕は―――
「……重い、降りろ」
意識を取り戻した瞬間、俺は抱きかかえている白亜に向かってそう言いながら、その身体を持ち上げて椅子に上に下ろした。
――両者ともに衣服の乱れはない。
なるほど、いつもの白亜の甘えに有が巻き込まれたという訳か。
「まったく、少しは労って欲しいものだな。いくら頑丈だとは言え、一日中使い続けていたら流石に壊れる」
「むぅ……ゆうに変わって」
「変われるもんならな。っと、今は六時過ぎか……て、何で制服のままなんだ?」
そう言えば、まだ制服を片付けていなかった。
何故だ――? 靖国にサッカーにでも誘われて、それで遅くなったか?
いや、それにしては汗の匂いが無い。シャワーを浴びたとしても、その匂いも無い。
つまるところ今日、学校で何かあって、それで遅れて帰宅した……という事か。
「何があった、白亜。
「私が、何でも知ってると思わないで……ん、これ」
白亜が俺に一冊のノートを手渡す。
「日記か。アイツ、それを書いていて俺に入れ替わったな」
パラパラと捲って、アイツが書いたであろう頁にまで辿り着く。
「はぁ……? 佐藤純一が殺されたぁ? 矢車重蔵に、服部五月……」
そこに書かれていたのは、俺が知らないアイツのお話。
殺人か自殺か分からないが、とにかくその現場に居合わせたアイツと、もう一人の人物は、事情聴取(有曰く取り調べ。容疑者として疑われていたらしい)を受けている最中に、二人の少女に助けられた。
「月見宙と豊崎菜穂……? 片方は知らないが、もう片方の方は――」
あぁなるほど。大分解けて来たぞ。
「月見さんと豊崎さんが物凄い推理で……って、詳細を書けよ詳細を!」
これじゃあ何があったのか、どうやって冤罪を晴らしたのかすら分からない。
ただ、相当面倒くさい事件に巻き込まれたそうで、だから帰りも遅くなったと……。
「アイツ、本当に巻き込まれ体質だな……勘弁してくれ、全く」
強くなければ生きていけない――どうやらここからは、俺が何とかしなくてはな。
「白亜」
俺はクローゼットの中から黒色の外套を取り出す。
この外套を着るのは夜だけだ。暗闇色の外套は、そのまま夜に溶け込めそうな程に暗い。手袋をはめて、片耳に通信機を装着する。
「分かってる」
しかし、やらなければならない。
そしてこの日、俺は再び夜の世界へと駆けだした。
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