黄金郷の呪い


 その後、宙は淡々と状況証拠だけで僕の無実を証明し続けた。

 そのどれもが反論の余地が無いほどのものであり、矢車は最終的に苦虫を噛み潰した様子で、逆に服部さんはおおっと納得気に頷いていた。


「菜穂、ほら言わないと。そのために私を呼んだんでしょ?」


「あっ、ごめんごめん。宙ちゃんの推理だけでもういっかな~って思っちゃった」


 最後に、宙が菜穂の肩をちょんちょんと叩くと、菜穂はえへへと笑いながら言った。


「私からも一つ、良いですか?」


「……なんだ?」


「死体を見てないから何とも言えないんですけど、恐らく事故の方が高かったんじゃ無いんですか? もしも白理君が犯人だとしたら、こうドーンって押し倒す必要があります。その場合、地面に着くのは窓から離れた場所になりますよね? ですが佐藤先生が落ちた地点は窓際の方でした。これは明らかにです」


 確かにそうだ。僕が思い切り突き落としたのならば、遺体は必ず窓際から離れてないといけない。初速のあるなしは重要だ。


「……ちょっと待て。君は遺体を見てないと言った。ならば何故見ていないのにどうしてのか?」


 佐藤先生の遺体は既に警察によって運ばれており、そして辺り一帯は封鎖しているため、今はどの生徒も佐藤先生の遺体や、現場の様子を伺うことは出来ない。


 菜穂はその事に、窓の外に視線を向けながら言った。


「血痕です。二階から見ました、最初の落下地点と思しき所に丸い血痕がありました。恐らく横向きの状態で落ちたのでしょう。だから頭が先に地面に着いた」


 普通、頭部における質量の割合は下半身に比べると僅かに比率が下がる。

 要するに、。物理的に考えて。

 頭から落ちた際、血痕は丸みを帯びた形状になることが多い。そこから推察したのだろう。


 ……待てよ?

 

 宙も菜穂も、誰も僕の名前を知らなかった。

 つまるところ、彼女らは誰も容疑者について知らなかったという事になる。

 いや、ミノル繋がりで来た場合もあるけど……なら、この場には彼がいなければおかしい。


 それに、宙は菜穂に言った――『そのために私を呼んだのでしょ』と。

 つまるところ、最初に気づいたのは菜穂であり、ここまでの論理を組み立てたのは宙という事になる。


「つまり……血痕を見ただけで事件性の有無が分かったと……?」


 矢車の顔は僅かに渋くなる。逆に服部さんの瞳はキラキラと輝いていた。


「いえ、流石にそこまでは分かりませんでした。ただ、生徒が起こした事件にしては色々と不備があるし、衝動的な犯行だとしても、あの血痕はどうもおかしいなと思いまして、それで宙ちゃんを呼んだんです」


「菜穂に言われて、一度現場を見ました。そしてこれはどう見ても不可能だと確信して、だから矢車警部の元に訪ねました」


 宙の言葉に、矢車はぐぐぐと唸り、はぁとため息を吐く。



「服部」


「は、はい」


「今すぐ霧島ミノルの取り調べを止めさせろ」


 前までは聴取だと言ってたのに。矢車は本当に僕たちを怪しんでいたという事になる。


「分かりました!」


 矢車の言葉に、服部は敬礼して、物凄い勢いで教室を飛び出していった。

 その後、矢車は一服しようとしたのか、胸元から煙草の箱を出すが、僕たちに見られていると分かったのか、体裁が悪い様に渋々と元の位置に戻した。


「服部には聞かせられねぇが、俺はこれを事件だと踏んでいる。つまり――誰かによる殺人だと、思っている」


「ですが、もしも犯行を可能とするのならば、それは佐藤先生がいた教室内で行うしかない。ですが外には白理君たちがいました。扉は塞がれていた。完全な密室状態です。――とても、透明人間がやったとしかいいようが――」


「月見星夜の娘が、そんな非科学的な事を言うんじゃねえよ……だが、そこに関しては俺も不思議に思っている。しかし、佐藤純一は白理有と霧島ミノルに用事があったんだろ? しかも近い時間帯に。?」


 矢車が続けて言った。


「そんな――呪いでもあるまいし」


「呪い……」


『これが呪いだ! これが、黄金郷の――』


 佐藤先生の最後の言葉が脳裏を過る。

 そうだ、ごたごたに巻き込まれてすっかり忘れてしまったけれど、アレはどう見ても自殺の現場では無かった。


「呪い――そう言えば、佐藤先生が言っていました。『黄金郷の呪い』……って」


 ――この学園には、様々な迷信や噂話があるが、中でも特筆すべきものがある。


 それが『黄金郷』にまつわる話しだ。

 内容は、七つの短い詩で表されており、それぞれを纏めるとこうなる。


 ① 黄金郷は存在する。黄金郷は密かに存在する。

 ② 七つの扉、秘められし財宝、満月の夜に御開帳。

 ③ 影の一族、陽からひかり盗みてとんずらさ。

 ④ 苦難乗り越ええっさほいさ、ひかりが落ちるよおっとっと。

 ⑤ ようやくたどり着いた黄金郷、ひかりを隠して一安心

 ⑥ 苦境乗り越えどんちゃん騒ぎ。ひかりが入るよこくこくと。

 ⑦ 影の一族バラバラに、されど黄金郷はそのままに。


「黄金郷、黄金郷、影の一族、希望の世界――か」


「はい。それと何故これが呪いになったのかって話ですけど――」


「いや良い。どうせ黄金郷の真相に辿り着くと死ぬとか、そんなんだろ」


 話しを聞いた矢車は、むむむと険しい顔を浮かべながら、取り合えずと言った。


「君たちは帰りなさい。ここからは警察の仕事だ」


 ==


「これからどうするんですか?」


 校門まで見送ってくれた矢車に最後、宙がそう訊いた。

 矢車は三年四組と思しき教室の所に視線を向けながら、


「呪いなんかありゃしねぇよ――これは明らかな殺人だ。ならば、オレ達警察が必ず犯人を捕まえなくちゃならねえ」


 矢車は僕たちの方に振り向く事はなかった。

 びゅうびゅうと風が吹いている。茜色の空が覆い尽くし、校門前には二台のパトカーが並んでいる。いつの間にか時刻は五時を上回っていた。


 ――そろそろ、入れ替わりの時間だ。

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