現場回帰
結局、僕たちの無実を証明するには現場を見て話した方が分かりやすい――という事で、今僕たちは三年四組の教室の中にいる。黄色いテープを乗り越えた時、あの時の不快感は感じられなかった。
と、言うか、どうしてこうなった――?
警察の事についてはあまり知らないけど、こういうのは保全の為にむやみに入らない方が良いんじゃないのか? だけど目の前の矢車は何も言わない。寧ろ、これから彼女たちが語る言葉を楽しみにしている風にも見える。
「良いんですか? 矢車警部――彼女たちはその……」
「うるせぇ良いんだよ。一人は知らねえが、もう一人のあの黒髪の女の子……名前を月見宙」
「月見宙……はっ、月見というと――」
「そうだ、あの『月見星夜』の娘だ」
「月見星夜さんの――! それじゃあ彼女が噂の……」
その名前を聞いた途端、もう一人の青年――
「因みに矢車警部――そのもう一人の少女は豊崎菜穂という少女です」
「なんだ知り合いか?」
「知らないんですか? 彼女、今年の数学オリンピック金賞を取ったんですよ。しかもこれで四連破。しかもこれで可愛いと来た。国内問わず、多くのファンがいます」
勿論、僕も含めて――と、服部さんがハハハと笑う。
その言葉に「知らねぇな」と一蹴する矢車。本気で興味が無さそうだ。
だけど、へぇそんなに有名なんだ。今まで知らなかった自分がバカみたく思えてきた。
「……っと、それじゃあ聞かせて貰おうか、お二人さん方。この少年が、犯人じゃないという事を」
「えぇそうさせて貰います。……とは言っても、まだ私たちは事件の概要を掴めていません。状況証拠だけで、彼――えぇと」
宙という少女が僕の方を向いてそう言葉を濁す。
「白理有です」
「……え?」
その言葉に、何故か菜穂が反応した。目を丸くして、こちらの方を見る。
「そう、白理君……あぁ思い出した。あの時の人ね?」
「あ、あぁ……久しぶり?」
「久しぶりでも無いでしょう」
まあそりゃそうだ。宙ははぁとため息を吐きながら、まずはと壊れた扉の方を指さす。蹴破られた扉はもの、これは直すというよりも新しく買い替えた方が早いんじゃないかと思うほど、見事にひしゃげていた。我ながらやり過ぎだ。
「何かの鈍器を使ったんでしょうか……? あれを破ったのは白理君だと聞いたのですが」
服部さんが僕に向かってそう訊く。僕はあーと、申し訳なさそうに言った。
「蹴ったら壊れました……」
「蹴ったら!? 君、体細いわりに力あるねぇ!」
このことには矢車も唖然としたそうで、ぽかんと口を開けていた。
別に僕は力がある方じゃない。
ただ物には壊れやすい部分とそうじゃない部分があるから――まあ、それも才能というのだろうか。
――僕には見ただけで『弱点』が分かる。
超能力とか、異能とかそういう訳じゃない。ただ本当に、直感的に分かるのだ。
急所を押せば痛いように、どんな物体にも『弱点』はある。
だから力は弱くても、結果的に力量以上の力を発揮できる。
「一応テコの原理使えばいけるけど……そっか、やっぱり凄いね白理君は」
窓際にいた豊崎がパチパチと軽く拍手しながらそう褒める。そこに悪意とかそう言う感情は無い。純粋に褒めているんだと、そう気づいた時には僕は、顔を赤くさせて照れるしかなかった。
「……それで、わざわざここまでしてまで佐藤先生を殺す理由がありません。幾ら短絡的な思考の持ち主でも、突発して殺意が湧いたとしても、わざわざ目撃者がいる中でこんな事をしてまで殺そうと思いますか?」
コホン――と、宙が咳払いをしてそう言った。
矢車は何も言わない。服部さんは黙って聞いている。
宙は続けて言った。
「それに、このガラスは摺りガラスです。この分では中の状況が分からないでしょう。そんな中で扉を蹴破って、一直線に佐藤先生を押し倒したとでも? しかもその場合、白理君は佐藤先生が窓際にいたと高い確信があったという事になりますが」
矢車はうぐぐと低く唸った。おお、確かにその通りだ。
良いぞもっとやれと心の内で叫ぶ。
「窓の開閉音を聞いたのなら話は別だ。どうやら、ご丁寧に一か所だけ空いてあるじゃねえか。それは開いてたんじゃ無くて開けたっつぅ事だろ」
矢車の発言に、では逆に聞きますがと宙は言った。
「矢車さんは窓の開閉音という小さな音を、扉越しで聞き取れますか?」
「……服部」
「うぇえ!? 僕ですか!? 無理ですよそんなの! 訓練された兵隊でもあるまいし!」
……この調子じゃ、聞き取れましたとは言えないな。
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