容疑者は二人

 

 その後、騒ぎを聞きつけた別の教師がやってきて、事態の深刻さに警察を呼んでもらった。現場の保全という事で三年四組には誰にも入らせない様にして、そして現場である桜の木付近には黄色いテープで辺り一帯を封鎖している。


 現在、学校では部活動を急遽取りやめ、全員速やかに下校するようなアナウンスが流れている。


 そんな中、僕たちはというと――。


「だから信じてください! 佐藤先生は一人でに落ちたんです。僕たちがやった訳ではありません!」


 あとからやって来た警察の事情聴取を受けていた。

 別々でやるらしく、ミノルは校長室へ、そして僕は応接室に通された。

 久しぶりに来る応接室に通された僕は、目の前に座る小太りのおじさんに向かって声を荒げた。


「そうと言ってもねぇ……あの場所には君たち以外いなくて、そしてどうやら佐藤純一は生徒たちから嫌われていたそうじゃないか」


「それだけで人を殺したりはしませんよ! 人の事を何だと思っているんですか!」


 さっきからずっとこの調子だ。どうやらこの人――矢車重蔵は僕たちの事を疑っているらしい。確かに状況証拠だと僕たちが一番怪しいのは分かるが――だが推理というか、考え方が短絡的だ。ミステリー物の小説だと警察が誤った人を犯人だと決めつけるなんて事もあるが、実際にやられるとこうも不愉快になるものなのか。


「それに――お前さん『白理家』の人間だろ?」


「だから……何だっていうですか」


「いやぁどうも最近ね。物騒な世の中じゃあ無いですか。ところで知ってます――? 昨夜、この街で『強盗事件』が起こったことを」


 矢車の言葉に、僕は何とか表情を保ちつつ「知りません」と言い切った。


「そりゃあ知らないでしょう。逆に知ってたら怖いですよ。なんせこの事はまだニュースにもなってない。まあ今日の夕方ごろから速報として出るんじゃ無いでしょうかね? まあそれはどうでも良いんですよ。――『JOKER』について、ご存じですか?」


「聞いた事はあります。何でも、悪い奴らから金を盗んで貧しい人達に分け与える、義賊だとか」


 机の下で、ぎゅっとズボンを握りしめる。目の前の刑事の目つきは鋭いままで、まるで『お前がやったんだろ』と言わんばかりの眼光だった。


「いやはや、そこまで知っているとは。しかし警察から言わせて貰えば、ただの犯罪者。捕まえなくてはいけない存在な訳ですよ。しかし……ねぇ。『JOKER』が前回現れたのはなんと十年前。そこから十年音沙汰無しだったので、今回の事件は二重の意味で驚きました」


 真実を知る僕は、何とも言えなかった。

 十年前――先代の『JOKER』またの名を『神秘なる奇術師アルカ―ナ・ジョーカー』は、僕の父親だ。


 当時僕は五歳――成程、確かに辻褄が合う。

 父さんは本家にいる爺様の反感を買って、それでこの街に越して来たんだ。

 本来ならば爺様を怒らせた時点で、父さんは暗殺されてもおかしくは無かった。


 だけど――僕が、いたから。

 爺様は僕の泥棒としての才能を見込んで、僕を後継者とする事で父さんの命は助かったんだ。


『ごめんなぁ……有。俺が弱いばかりに、お前にこんな業を、押しつけちまって……』


 昔言われた、父の声。結局父さんは白理家の敷居を跨ぐことは許されなかった。

 今あの人は、一体何をやっているのだろうか――。


「白理君」


「……はい」


「自分の家系を理解していますか?」


 その言葉は、どんな意味で吐かれたものなのだろうか。

 矢車の発言に、僕が押し黙っていると――。


「失礼します……あの、矢車警部」


 扉を開けて中に入ってきたのは、警察服を着た一人の青年だった。

 茶色の髪色をした、柔和そうな顔立ちをしている。恐らく歳は二十代前半――。


「なんだ? 今見ての通り彼の聴取をしているんだが」


「えぇ、それは承知しているのですが――」



「――あの、私アレは事件じゃないと思います!」



 その時、扉の奥から大きな声が聞こえた。快活な声だった。

 男の背中から現れたのは、一人の少女だった。ピンク色の髪に、緑色の瞳をした美少女――僕はその少女に見覚えがあった。


「……豊崎菜穂さん……?」


「あれ、私の名前知っているの? でも私、君の事知らないよ?」


 きょとんと不思議そうな顔を浮かべる豊崎。

 確かにそうだろう。こっちが一方的に知っているだけだ。

 僕が口を開こうとすると、目の前に座っていた矢車が、彼女の方に向いて言った。


「豊崎……? なんにせよ、部外者がここに来てはいけんよ、君。そんな探偵の物真似したって――」


「探偵の物真似なんかじゃありません――私たちは本気です」


 また更に声がした。その声を聞いて矢車の顔が僅かに歪む。

 革靴が地面を叩く音が聞こえて、新たなる乱入者が登場した。

 その欄勇者はまたしても少女であり、その子は――。


「あ、さっきの……」


 その子は、昼休みに見た黒髪の女の子だった。

 彼女は開口一番、矢車の顔を見ながらそんな事を言った。

『私たちは本気です』――まるで、自分が探偵ごっこなどしていないとも取れる。


「取り合えず、君たちはさっさと帰りなさい」


「いや、待て。どういう事か説明して貰おうか豊崎菜穂さん。そして……」


 矢車はじろりと、その眼差しを黒髪の彼女の方に向ける。

 そして言った。


「月見宙さん――」


「えぇ。その方が良いかと。そっちも後で冤罪で騒がれるよりいいでしょう?」


 そう、月見宙という少女は大胆不敵そうに、そんな言葉を吐いたのだった。




 ――これが、僕と彼女らの出会い。

 二人の名探偵の出会いだった。

 この先、僕らは幾つもの事件を解決する事となる。


 まあ、その始まりが、まさかこんな風になるとは思わなかったけれど。

 探偵×探偵――そして怪盗。奇想天外なミステリの幕明けだ。

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