図書室での邂逅


 午前六時半。


 朝、起きる度に不安になる自分がいる。

 僕――白理有の存在を確認するかのように、起き上がると同時に自分の体を見るんだ。


「手……動く。足も、頭も、指先も」


 一つ一つを確認するかのように、神経が繋がっているかを問う様に。

 この確認を怠ってはダメだ。何がダメなのかは分からないけど、けどダメなんだ。


「日記……」


 昨日の記憶はあいまいだ。午後三時に眠気がやってきたから、きっとその間はもう一人の僕がやってくれるはず。


 それに――昨日は、初めての任務なはずだ。


 日記をひったくるように取って、急いで昨日の日付であるページを開く。

 日記には、午前中に起きたことが書いてあって、もう一人の僕が出てきたと思わしき時間帯――そこには、一文だけ書かれてあった。


 ――海瀬靖国と友達になった。仲良くしとけ。


「え……えぇ……?」


 ==


 正直に言うと、僕は友達が少ない。ゼロ人とも言っていい。

 如月学園に通い始めて、早一カ月。

 そろそろクラスにも馴染めてきた頃なのに、未だに僕は友達と呼べる人物がいない。

 勘違いしないで欲しいんだけど、別に嫌われているという訳ではない。

 挨拶すれば返って来るし、用があれば話しかけられたりもする。


 だけど、ただそれだけ。

 放課後にゲーセンに行ったりとか、休日の日に遊びの約束を取り付けると言った事が出来る人は僕にはいない。


 ――そう、だったんだけど……。


「よ、有! 昨日はサンキュな。あ、今日空いてるか? 学校終わったらラーメン食いに行こうぜ?」


「え、あ、お、おはよう……靖国君」


「おいおい俺のことは呼び捨てだって言っただろ~」


 ――マジで何をしたんだよ、もう一人の僕!!

 最初は嘘だと思ったけど、どうやら本当らしい。

 ていうか、どうして一日で呼び捨て出来るような関係になったんだよ!


「あれ、靖国いつの間に白理君と仲良くなったの?」


「昨日サッカーやっててよ、いやあ驚いたぜ。有めちゃくちゃ上手くてよ――」


 靖国はそのままクラスの仲の良い友達らと話している。

 僕はいきなりの事にドキドキしながら、自分の席に戻って、教科書を鞄から取り出した。


 ==


 授業が終わり、お昼頃。僕は何故か――靖国と一緒に飯を食べていた。

 いつも食べているメンバーからの誘いを断って、僕の前の席に座って弁当を食っている。もうここまで来たら認めざるを得ない……どうやら、もう一人の僕は相当上手くやったらしい。


「そう言えばよ、有。特待クラスって知ってるか?」


「う、うん……知ってるよ。何でも特別な才能があればその他の成績が悪くても、普通に卒業させてくれるし、卒業後は全力で支援してくれるっていう、アレでしょ?」


 その待遇、正に特別。この学校が有名になった理由の一つでもある。

 僕も最初はそこに行きたいと思ったが、そんな才能ある訳もなく。

 特待クラスの子は基本的に授業が無い。家庭学習だ。それで並み以上の結果を出しているそうなのだから、僕たちがあれこれ言う資格も無いだろう。


「それが、面白い奴がいるんだってよ。月見宙と豊崎菜穂――知ってるか?」


「月見宙……さんは知らないけど、豊崎菜穂さん? はどっかで聞いた覚えがあるな」


 名前的に二人とも女子なのだろうか。月見宙という人物に心当たりは無いが、もう一人の子には少しだけ聞き覚えがあった。


「確か……あ、この子じゃない? 数学オリンピック金賞だって!」


 僕は靖国にスマホの画面を見せる。とあるニュース記事の一部だ。

 そこには満面の笑みで黄金のメダルを手に持っているピンク髪の少女の姿があった。


「名付けて『数学の女王』……あはは、高校生に付けるあだ名じゃないね」


「カッケェじゃねぇか。俺もいつしかそう呼ばれたいね。『シュートの貴公子』とか?」


「あはは……」


 感想? ノーコメントで。


 その後、僕は図書室に向かおうと、靖国と別れた。

 今頃校庭でサッカーでもしているのだろう。彼がサッカー選手を夢見ているのを、僕は日記を通じて知っている。問題だったコミュニケーションも、この分なら大丈夫だろう。


 ここの図書室は他に比べてかなり蔵書数がある。これは読書好きな僕にとって、この学校に通う理由にもなった。

 図書室は荘厳な雰囲気を纏っており、中にいる人はパッと見ただけでも数人ちょい。


 この如月学園は、旧校舎という校舎があり、それらは木製の校舎なのだけれど、八年前くらいに新しく校舎を造った。それが今僕たちがいる校舎で、そしてここは旧校舎と新校舎が交わる所に位置している。


 要するに、旧校舎の図書室と新校舎の図書室を合体させたという事だ。

 その為かなり面積が多いから、本を探すのも一苦労だ。

 まあ全部運ぶのも面倒だし、図書室が二つになるよりかはマシな選択かもしれない。


 僕は基本的に何でも読む派だけれど、最近はミステリにハマっている。

 泥棒の家系生まれだけど、いやだからなのか、怪盗と真逆を行く探偵というものに憧れる自分がいるのだ。


 タイトルで選んだ文庫本を持って、僕は席を探す。

 あとで借りるけど、せっかくならば静かなところで読みたい。

 あまり人がいない所で、明るい場所……。


 その時、足元で鳴る音が変わった。

 どうやら、いつの間にか旧校舎の方に来てしまったみたいだ。

 旧校舎は光源が少なく、それは図書室も同じらしい。雰囲気が陰湿なのと、基本的に心理学や哲学といった本が並んでいるので、ここに来る人はいない。


「……ん?」


 ――はずだった。

 窓の下、机にある椅子座っている少女がそこにはいた。

 奥には窓があり、そこからはさらさらと桜の花びらが待っている。

 晴天だからか、蒼い空と花びら、それを背景にしている目の前の少女の姿は神々しく、まるで映画のワンシーンの様に感じられた。


「――何かようかしら?」


 文庫本を眺めていたその少女は、僕の存在に気づくと、ぱたりと本を閉じながらその黄色の瞳を僕に向けた。

 黒髪のショートに、青色のインナーカラー。かなり整った顔立ちをしている。


 この学校の規則が緩い事は知っているけど、相変わらず慣れないな……。

 あ、だけど制服は改造じゃない。何だか新鮮だ……。


「ご、ごめん……ここに来る人がいるんだなって思って……」


「それは私の方よ……私がここにやってきて早一カ月。ここに足を運ぶ人なんて全くと言っていい程いなかったもの」


 一カ月……という事は、彼女は僕と同じ一年生なのだろうか。

 いや、転校生もあり得るか。


「席……座らないの?」


「え? ……じゃ、じゃあお邪魔します」


 催促されるかのように、僕は彼女の反対側の席に座る。

 彼女は何も無かったかのように本に目を通して、こちらに気に掛ける様子も無い。

 逆にありがたい。僕も同じように本を開いて、早速読み始めた。


 ぺらぺらと頁が捲られる音だけが図書室に響き渡る。

 誰もいない旧校舎。名前も知らない美少女と、一言も話さず本を読む時間は、思いの他集中できたようで、気づけば微かに授業の予鈴が鳴る時間になった。


「それじゃあ僕はこれで……」


「…………」


 僕は本に備え付けの栞を挟むと、彼女の方をチラりと見ながら席を離れた。

 彼女は相も変わらずと言った感じで本に夢中になっているようで、それはまるで授業なんて関係ないとでも言ってるようで。


「あ。結局、名前聞き忘れたな……」


 その事に気づいたのは、図書室を出て階段を上っている最中だった。

 そう言えば、彼女が読んでいる本もミステリー系だった。

 もしかすると、彼女もミステリーが好きなのかもしれない。


 もし今度あの場所でもう一度出会ったなら――その時は、勇気を出して聞いてみるのも良いかもしれない。


 ――そうらしくない事を考えながら、だけどそれは直ぐに叶う事となった。

 ――勿論、最悪な形でだけれども。




 事件が起こるまで残り――二時間

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