alternate personality


 時刻は六時を少し回った頃、ぬばたまの黒と紫が混ざり合った様な、そんな幻想的な夕焼けを眺めながら、僕たちは校門まで辿り着いた。


「というか、いつまで隣にいるの? 月見さんってこっちの方面だっけ?」


「方面と言えば逆の方ね。だけど今はどうしても確かめたい事があって、だから今こうして貴方の隣を歩いている」


「ぼ、僕の隣じゃなくても良いんじゃないかな……?」


「私が白理君の隣にいる理由? ――だってそうしなければ、貴方の変化に気づけないじゃない」


 その言葉と共に、宙が一歩前に出て、僕の顔をじっと覗いた。

 月の如く神々しい瞳が、僕をじっと見つめる。

 射貫かれる様なその眼差しは、まるでの本性を見透かしている様だった。


「……?」


「割と最初からよ。一年前、貴方と初めて会った時、貴方からはもう一人、別人の気配がした。時折仕草が芝居っぽくなる所もあったし……」


 マジかー! あそこだけは慎重にやったんだけどな……。

 こんな素人に見破られるとは、何気にショック。


「――解離性同一性障害」


 宙が僕を――いや、もう演技をしなくても良いのか。

 俺を見ながら、その小さな口を開いて言った。


「薄々感づいてはいたけど、確証に変わったのは実は今日。――貴方では無い白理君と私は、実は今日既に会っているのよ」


 その時、俺は一体どんな表情をしてただろう。

 慌てて手を隠したが、宙の何とも言えない表情に、してやられたとばかりに思った。


「今日の昼頃、貴方と私は旧校舎の方で出会った。約束とかじゃない、本当に偶然。彼、保健室に用があるみたいだったから、近道として利用していたみたい」


「…………」


 そう言えば、確かに俺が目覚めた時、俺の体は保健室のベッドにいた。

 脳の痛みと気だるさで熱中症の初期段階だと推測した訳だが……成程、その道中で宙と会ったわけか。


『……本当に、何度でも言うのね』


 なるほど、その台詞の意味はそう言う事だったのか。

 アイツと宙は俺が知らないところで既に話していて、恐らく俺があの時言った言葉をアイツも言ったのだろう。


「それじゃあ……」


「あぁ、霧島ミノルが盗った封筒はアイツの鞄に入ってた」


「鞄検査が行われてたと聞いたのだけれど」


 そうだな、確かにアレは俺もビビった。

 いきなり変わるモンだから、聞こえてくる会話の内容で大体の事情は把握したが、ああいう急な入れ替りは本当に止めてくれ。


「検査と言っても簡単なもんだ。流石にノートとかそう言うのに挟んだ程度じゃバレるが……」


「それじゃあ、どうやって隠したの?」


 宙の問いに、俺はニヤリと口元に笑みを浮かばせながら言った。


「簡単だ。封筒を見えなくさせちまえば良い。札束を入れる用の封筒だったからな、それよりも大きな封筒の中に入れて隠してしまえばバレねぇよ」


 今季は美代の部費もそうだが、多くの部活で部費を集める期間だ。

 有もまたしかり、アイツは友達の為に今月は常に鞄の中に封筒を仕込ませている。

 いつでも封筒を忘れた奴に貸せるように……。

 ここら辺はアイツの優しさに救われたな。


「つーか、どうやってそこまで分かった? あれを知っているのは、俺と有と本人のミノルくらいしかいないと思うが」


「理論的帰結ね。それに――私、見ていたから。貴方が封筒を落とすところを」


「……マジか」


 それは素直にビビった。あの場にいる全員の視線を切ったタイミングで手放したはずなのに……ん?


「それって、ずっと俺の方を見ていたって事か?」


「――馬鹿言わないで欲しいわね。本当に、そんな訳無いじゃないバカバカしい」


 恐ろしく早いツッコミ……俺でなきゃ聞き逃しちゃうね。

 顔が赤くなっている気がするが、単に夕日が当たってるだけだろう。


「……ところで、貴方の存在を白理君は知っているのかしら?」


 宙の質問に俺はコクリと頷く。


「俺とアイツはかれこれ十年以上の関係だ。俺達は互いの記憶を知る事は出来ない。主人格は白理有で、俺はアイツが六歳の頃に産んだ存在だ」


 自分で言って何だが、俺はアイツの為に生まれた存在だと、そう自覚している。

 過去のトラウマから逃れるためのスケープゴート。言い方は悪いがそれが俺だ。


 入れ替わる条件は意識を失った時と、主人格である有が俺に助けを求めた時だけだ。まあそれも最近の話で、一年前までは時間制だった。


 この事を誰かに言った事は一度も無い。有も普通の学校生活を送りたい。


 だから俺は思考も態度もアイツに似せて、そして日記帳を見る。日記には今日起こった事が事細かくに書かれていて、それで俺は今日アイツに起こった出来事を間接的に知る事が出来るという訳だ。


「主人格を乗っ取ろうとかは――」


「しねぇよ。そこら辺は折り合い済みだ。俺は影として生きる」


「……そう、ごめんなさい。最近そういう系の本を読んだばっかりだから……」


「へぇ、天下の月見宙も娯楽本そういうの読むのか」


「心外ね。こう見えてもミーハーな方よ? 都心のスイーツ巡りを画策したり、恋愛漫画でキュンキュンしたり、女子会では恋バナで花を咲かせたり――そう言う、どこにでもいる普通の少女なのよ」


「アンタが恋バナ……ね、花を咲かすよりも鼻を明かす事が得意な方だろ」


 俺がそう茶化すと宙はスンと拗ねた様な顔をして前に進む。

 それから数分が経過して、都心の煌びやかな所から、厳かな雰囲気を持つ住宅街へと移り変わる。俺はある場所で足を止めた。


「ここが俺の家だ」


 ここら辺は高級住宅街。どの家も大層な面構えだが、ここだけは違う。

 広大な庭に、豪華な家――いや、館と言えば簡単に伝わるか。

 木製の表札には墨で『白理』と書かれてある。


「……何となく、貴方が生まれた経緯が分かるような気がするわ」


「やめてくれ。アンタにそう言われたなら、もうそれが真実にしかならねぇ気がする」


 鉄製の門が開かれる。その時――。

 

 「とっさの機転といい、犯人が霧島ミノルだと、どうせ最初から分かってたのでしょう? 幾ら裏人格と言えど、そんなの普通の学生が出来る事では無い――貴方、何者?」 


 門が開かれて、俺は中に入る。

 その言葉に、俺は――。



「もし――俺が『JOKER』だとしたら、どうする?」


 

 ……宙が何か呟くが、それらを無視して俺は背を向けながら歩き続ける。

 ここまで驚かされたんだ、冗談だと思っていたら、まあそれでも良いのだが。


「また会おうぜ探偵さん――思ったより期待以上の推理だったぜ」


 ガチャンと、締め切りの音がした。



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