信じたかった


「犯行動機……ね」


「い、いやいや……そんなのミノル君が違うと言えば終わりじゃん」


 僕が慌てて言うと、ミノルは僕の方にじろりと視線を向けながら口を開く。


「俺はそれについて嘘も何も吐かない。探偵なんだろ? 月見さん。今までの推理から当てて見ろよ」


 態度が急変した――いや、これが素なのか? ともかく、そう冷たく言うミノルはまるで犯人だと思わせない様な雰囲気に包まれていた。

 第一ボタンを開けて涼むミノルに、宙は言った。


「――哀れな人ね」


「……は?」


 宙はその月光の様に冷たく、突き刺すような黄色の双眸を向けながら、その言葉を吐いた。ミノルの顔が歪む。答えられなかった腹いせによるものなのか、ミノルの背が黒板から離れたその時――。


「貴方はこの展開を望んでいた。正確に言うならば――貴方は自分が疑われていないこの状況に、皆の心理に喜んでいた――違うかしら?」


 その時になって、ようやく――ミノルの顔から仮面が取れた。

 つまるところ、ミノルは自分が犯人だと思われていない、もっと簡単に言うならば――に、今回の犯行を起した。


「そんなことの為に……? 自分が犯人だとバレるかもしれないのに……」


 これじゃあマッチポンプだ。

 そう僕が呟くと、宙がこちらを見ずに言った。


「そんな事とは、非道ひどい事を言うのね有君。元来、人間は赤ん坊の頃から母親の愛情を求めるが為に泣いたり色々な行動をする生き物。だから何ら恥ずべき事は何も無い……だけど」


 宙はただ、静かに、何も感情も表に出さず言った。


「まるで追い詰められた子供の様に、本当に悪足掻きだったわね、最後まで格好つけた方がまだマシだったのに」


 出たぞ……月見宙の『機関銃羞恥砲デッド・ライト・アナーニ』だ。

 その名の通り相手の羞恥心を極限まで煽りまくる技。

 これを受けた者は全員ボニファティウス八世の様に憤死しかねない程に顔が赤くなるらしい……。


 ここではあまり明記しないでおくが、宙がようやく終わった時、既にミノルの顔は赤くなっていた。


「――お前に、何が分かるんだ」


 そこから呟かれた言葉に、宙は少しだけ息を呑む。


「信じていた奴が、今まで仲良くやっていた人が、ある日いきなり態度を変える。全ての人が自分の敵に回った様な、あの死にたくなるような孤独感……」


 汗に濡れた髪を少し整えたミノルは、顔の上半分を手で隠しながら、ぽつりぽつりと呟いていった。


「不安だったんだ、認められている事が嬉しかったのに、だけどどうしても不安になってしまう……だからこうして、確認が欲しいんだ。俺はまだ皆に認められているって……」


 そう言うミノルの表情は歪んでいて、それを隠そうとしているのか、抑えた目元からは透明な液体が流れて行った。


 あぁ……そう言えば。


 ミノルも確か、あの一年前の殺人事件の容疑者だったな。

 容疑者として疑われ、クラスの皆の態度も変わったのだろう。

 あの事件は、事件発生から犯人逮捕まで一週間近く掛かっている。

 その間、常にそんな緊迫とした状況下で過ごす事となったミノルの精神は擦り減って、そしてどこか狂ってしまった。


 人を信じたいのに、人を信じていたいのに、だけど信じられない。

 クラスの人気者となった今でも、何人もの友達に囲まれていても。

 だけどそれでも――真に信じる事は出来ない。


「……その気持ちは理解できるわ。だからわざわざ皆の前で言わずにここで言ったのよ。それと、貴方には精神科に行くことをお勧めするわ。元々容疑者のアフターケアも警察の役目なのだろうけど……」


「あぁ、ありがとう……」


 手を離したミノルは、顔を見られたくないのか、直ぐに振り向いてしまった。

 扉に手を掛けたその時。


「気持ちは理解できるけど、共感は出来ないわ。――誰かを陥れるやり方は卑怯よ」


 宙は僕の方を見ながらそう静かに呟いた。

 本当に人間か……?

 ミノルはちらりと僕の方を見ながら、震える唇でその言葉を紡いだ。


「――すまなかった。有。お前も……同じだったのにな」


 僕が何かを言う前に、ミノルは扉を開けて出て行ってしまった。

 カチリとスライド式ドアが閉まる音が、満ち足りた教室内に響いた。






 










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