砂上の城
「えっと……何これ? 急に呼び出してどうしたの月見さん。あと――」
ミノルは僕の存在に気づくと、改めて宙の方を見る。
涼やかな目つきに、事態を把握したのだろうか、それとも予想していた事が起きて残念だと思っているのか、そんな複雑な笑みを浮かべながら、近くの机に手を掛ける。
「そう、なんだ。凄いね流石『学園探偵』……それとも君が教えたのか? ――有」
「僕は……」
「——いえ、白理君は関係ありません。私が自分で解き明かしました」
宙は立ち上がりながら、僕の前に佇む。
ミノルは、確かサッカー部に所属していたんだっけか。急いで着替えたのだろう、律儀というか、もはやここまで行くと哀れな奴だな。
「もう一度言いますが――貴方が、荒川美代さんの部費を盗んだ犯人で間違いないですか?」
「……ああ、その通りだ」
ミノルは至って平然としながらそう答えた。
やはり、ここに来るまでにこの展開について想像はしていたらしい。
それじゃあ何で律儀に遅れない様にとしていたのか、それはまあ、追々分かって来る事だろう。
「でも、どうして俺だと分かったんだ? 俺にはアリバイがあるはずだ」
既に犯人だと自白している時点で、それは意味のない事だと思うのだが……。
どうやら理論的帰結の説明は探偵の
興味あるし、黙って聞こうじゃないか。
「貴方のアリバイと言うと、やはり『密室』でしょうか」
「そうだ、あの教室は鍵が掛かっていた。鍵が掛かる前にやったとしても、安藤が見ていたはずだ。因みに言っておくが、安藤はグルじゃない。……それについては、どう説明するんだ?」
確かに、この件を事件とするには、やはり最大の鬼門はそこだろう。
密室に取りつかれるというか、やはりどうしても最終的にはそこに辿り着くのだ。
名探偵、月見宙……お手並み拝見といかしてもらおうか。
「えぇ、それについては簡単よ――だってアレは、密室では無かったから」
「…………」
宙の発言は、至ってシンプルだった。
何も変哲もない、普通の事。
だがミノルはその事に何も言わなかった。バカなとか、違うだろとか、何も言わなかった。
つまるところ、その行動の指す意味は――。
「なんでそう思ったのかい?」
ミノルが言った。
「一つ、貴方は荒川さんの部費の事について知っていた。
二つ、貴方は誰よりも先に教室に教室の方に来ていた……これだけ怪しい点がありながら、でも貴方は犯人として疑われなかった」
「そりゃあ……ミノル君にはアリバイがあったからでしょ?」
僕がそう言うと、それもあるけどと、宙は続けて言った。
「それは霧島ミノルの信頼――大方『ミノル君がこんな事するはずが無い』とでも思ったのでしょうね」
「そ、それで?」
「それでも何も。全部それで説明がつくわよ。――あの教室には鍵が掛かってなかった。安藤亮君の話によると、霧島ミノルは最後まで教室にいたそうじゃない……その時、大方こう言ったんじゃないかしら」
宙は今しがたミノルが入ってきた扉とは違う方の扉を指して言った。
「『後ろの扉は俺が閉めておくよ』――とか。それで実際には鍵を閉めないで出て行ったと。それならば理由が付くわ」
なるほど。確かにミノルの席は廊下側の最後尾の方に位置している。
教室を閉める時、必ず電気を消さなければいけない。電気のスイッチがあるのは前の方の扉付近だ。確かにそれならば自然な形で鍵を開けて置く事が出来る。
「そこからは簡単。授業終わりに早めに教室に戻って来た貴方は美代さんの部費を盗み急いで外に出た。もう反対側の方は閉まっているから、貴方は階段側から離れた扉の前で鍵が開かないフリをしていれば良い」
「そして安藤亮が遅れて鍵を持ってきて、前側の方の扉が開いた。その後は何食わぬ顔で教室に戻ればいい。貴方の席は後ろ側にあるし、そもそもその時点で、扉が開いていた事に気づいても何もおかしくはないのだから」
「でもさ、もしも他の人がその反対側の扉を開けようとしたらどうするのさ」
僕がそう言うと、ではと宙は間髪入れずに訊き返した。
「では、白理君はどうしてその扉を開けようと思ったのかしら? ……まさか、ミノル君が犯人だからとか、そんな下らない事言わないわよね?」
――アンタは俺の事を何だと思ってるんだ。
「えとそれは……ほら、もしかしたらミノル君が勘違いしたかもだし……あっ」
あぁなるほど。言っておきながらだが、訳が分かった。
だからあれだけの人数がいながら……いや逆か。
人数が増すごとに誰も扉を開けようとしなくなる。
「――アンコンシャス・バイアス」
またの名を――『無自覚の思い込み』
例えば――頑固だから、その人は怒りっぽいとか。
例えば――単身赴任中と聞くと父親が単身赴任中だと思い込むとか。
血液型で性格を考えてしまうとか、絶対にそうだと言えないのに、しかし何故かそうだと決めつけてしまう。
「『ミノル君なら間違えない』『ミノル君が言うなら間違いない』。そもそもとして――『ミノル君が嘘を吐く理由が無い』。恐らくは、そんな所でしょうか。その個人個人の無意識が、やがて集団同調性バイアスとなる。だから誰も扉を開けようとはしなかった。それは犯人捜しの時も同じ。少し冷静に考えれば、貴方が一番怪しい事が分かるはずなのに、だけど結果的に見当違いの方に考えてしまった。まさかあの『怪盗』の話が出た時は、思わず笑ってしまいそうになったわ」
……それは、少しでも違うと誰かが言えばいとも簡単に崩れてしまう砂上の城。
だけどその砂上の城は生き残った。生き残ってしまったのだ。
だがその城も崩れる――月見宙という荒波によって。
「――驚いた、まさかそこまで当ててしまうなんて。まるで実際に見て来たと言わんばかりの推理だったよ、月見宙さん」
パチパチパチと乾いた拍手が伽藍の教室を埋める。
ミノルの表情は至って普通だった。無表情――とも言っても良い。
「少し、訊いてもいいかな?」
「何かしら? 細部が違うのであれば遠慮なく言って欲しいのだけれど」
「いやいや、月見さんの推理は悔しい事にあってるよ。だからこれはただの悪足掻きさ――」
ミノル君は自虐気にそう笑うと、黒板に背中を預けて、宙に言った。
「俺の犯行動機――ここまでの推理で当てられる?」
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