密室盗難事件(月見宙の推理)


 五、六時間目を終えた僕は教室の掃除をしたり読書などをしたりして時間を潰していた。因みに靖国たちは部活で出て行ってしまった。僕も文系の部活をしているから、本来は行かなくちゃいけないんだけど……先輩には悪いが、無断欠席させてもらおう。


「ごめんなさい、少し遅くなってしまったわ」


 持参していたミステリー小説を、探偵が犯人を言い当てる場面まで来たその時、教室の扉が勢いよく開いて、中から宙が姿を現した。

 黒髪に青色のインナーカラー。黒ぶちの眼鏡が曇っている事に気づいた彼女はポケットの中から取り出した眼鏡拭きで眼鏡を拭きながら、僕の前の席に座った。


「……それで、犯人は分かったの?」


 本を閉じながら僕は彼女の方に視線を向けて訊く。


「えぇ、あとでこっちに来いって言って来たわ。どうやら部活中だったから……ごめんなさい、犯人を探すのに手間取って遅れてしまったわ」


 確かに、時刻は五時を過ぎようとしている。

 夕焼けの日差しが、電気の消された教室内を優しく照らしてくれる。

 どこからか踏切の音が聞こえて――そんな神秘的とも言える放課後の教室内に、二人きり。


「それじゃあ、その犯人が終わるまで待っていればいいの?」


 至って普通に僕は彼女に訊いた。

 手に持っている文庫本は早く読めと言っている様で、僕はその頁を開きながら犯人は誰か、それを知ろうとして――。


「そうね……でも、ただ待っているのも退屈だから、私の謎解き、聞いてくれるかしら?」


 開かれた本に優しく手を置いて、自然な形で読むのを妨害しながら、だけど彼女のその目が、夕日に照らされた黒く優しい目が僕を突き刺す様に見ていた。

 ――菜穂はその天真爛漫な性格と見た目の可愛さでクラス構わず学園の人気者なのだが、また彼女も密かに人気を集めているのを知っている。


 眉目秀麗、あのミステリアスな雰囲気が良いのだとか。

 名は体を表すというか、本当に月夜が似合う奴だなと思う。

 不意にドキッとしてしまった。夕焼けで顔の火照りは誤魔化せるのが幸いだった。

 思考をクリアにして、はぶんぶんと頭を動かした。


 本当にビックリしたぁ……ったく、おかげで素が出ちまったぜ。


「もしこれが犯人ありきの事件だとしたら、不可思議な事が二つあるわ」


 宙は教室を見回しながら言う。


「それは『時間』と『密室』。時間はどうにか出来そうだけど、問題は密室の方」


 丁度――一年前の殺人事件も、密室で行われたものだった。

 それ以降、この学園の鍵は全て職員室で所有することとなっていて、借りる際は一々名簿を書かなければいけなくなったのだ。


「あの後念のために職員室に寄って名簿を見たのよ。だけど盗まれた時間帯に、この教室の鍵を持って行ったという記述は無かった」


 職員室にはどれだけの事があっても最低三人ぐらいはいる。

 隠れて持っていくなんて事は無理だろう。

 また、基本的にいるのは体育教師だ。いつもいる鬼瓦先生は規律に厳しい先生で、うっかり書き忘れた事があったら直ぐに注意する先生だ。

 だから、シンプルに鍵を使って開けたという事は出来ない。ピッキングでもやらない限りは、出来ないのだ。


「それじゃあどうやって犯人はこの教室に入ってきたのか。まさか窓を伝って入ったという訳ではないだろ」


「それこそまさかよ。命との天秤に掛けてつり上がる程のものでも無かったと思うし」


 そもそもとして、この盗難事件はあらゆる点で謎に満ちている。

 その最たるものは、やはり動機だろう。今回の盗難で犯人が得たものは何も無かった。何かしらのリスクを犯した上でも――。


「いいえ、犯人はちゃんと利益を得ているわ。動機はそれよ。犯人は何かしらの利益を得たいが為に、今回の状況を生み出した」


 宙の瞳が輝いた。いや比喩だ。比喩に決まってんだろそんな事。

 ただ単に日差しが当たって黒憧の虹彩が輝いている。

 ただそれだけの事なのに――。


「……? 何かしら?」


「いや、何でもないよ。続けてくれ」


 危ない、思考をクリアにしていなければやってられない所だった。

 本当ならばコーヒーで一息でも付きたい所だが、今は生憎といろはすしか持ってない。


 宙は「そう」と一言言いながら、ちらりと時計を見た。

 時刻は五時を過ぎていた。五時と言えば、部活がひと段落着く頃合いで、大抵の部活はこの時点で終わる事となる。


「この事件は物理的に不可能な事が幾つもある。その最たる例が『密室』だけれど――それについてはもう、解明したわ」


「それは楽しみだ」


「この事件で唯一得をした人物――それは、一人しかいない」


 遠くの方で足音が聞こえた。


「ねぇ、貴方なんでしょう――?」


 階段を上がる音だ。そしてその音は辿になった。

 汗と、少しの制汗剤の匂いに包まれた制服からは、僅かな汗の染みが浮きつつあった。


 ――それにしても、不思議だ。


 彼女からの呼び出しに対して自分が犯人だと分かった事そう言う展開になるかもしれないと考えのが普通で、それならば逃げるはずなのに。


 何故来てしまったのだろうか。

 

 恐らく、それはきっと誰にも嫌われたくないから、相手が誰であろうと受け入れてしまう――それが、彼の敗因だったのかもしれない。


「――貴方が犯人でしょう?」


 しかし、この展開は読めていた。

 読めていたからこそ、だから――まぁ。



「――霧島ミノル君」



 思った通りに期待外れだったな。














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