密室盗難事件(豊崎菜穂の推理)


 各々が自席に座って、教卓には菜穂が一人立っている。

 その雰囲気で既に菜穂がこの事件の真相が分かったという事が何となく伝わったのか、皆何も言わずに黙ってみていた。


「……というか、何でそこにいるんですか? 月見さん」


「あら? 貴方は私に床に座れというのかしら。ひどいわね白理君。私たちあんなに仲良しだったじゃない」


「だとしても何で僕の席に!?」


 席の半分を占領する宙に、僕は思い切り抗議の意を示した。

 が、それらを聞く様子もなく、そんなこんなで菜穂の説明が始まってしまう。


「まずこれまでの時系列を簡単に書くとー」


 三時間目の物理の授業で書いてあったものを大雑把に消した菜穂は、その上に文字を描いた。


 ①安藤君と霧島君が教室を出る(この時ミノル君以外美代ちゃんの部費の件を知らなかった)

 ②ミノル君がいち早く教室に辿り着く。しかし鍵が付いているので待つしかない

 ③男子、女子たちが全員集まる

 ④安藤君が遅れてやってきて教室の鍵が開けられる。

 ⑤部費が入っていた封筒が紛失。


 それはこれまでの出来事を簡単に時系列状にしたものだった。

 というか、結構字が上手だな。ウチの担任とは大違いだ。


「この中で犯人が盗むとしたら①か②の時だけ。だけど①は安藤君が見ていたし、②はそもそも鍵が掛かっていたので論外。他クラスの件も、①で既に鍵を閉めたから可能性は薄い」


 もしも犯人が隣のクラスだとすれば、この教室の中に入るには、鍵を入手して入るか、それか窓を伝って中に入るしかない。鍵はともかく、わざわざそんな、落ちたら死ぬかもしれないという危険な行為をしてまで盗む程の金額でもない。

 可能性があるとすれば、それは教師ぐらいになる。が、それもやはりおかしい。

 何故なら教師が盗む意味が無いのだ。ここは私立で、教師に支払われる給料も多い。

 それに、ウチの教師は馬鹿が付くほどの真面目だ。そんな事をするとは到底思えない。


「それじゃあ一体誰が盗んだの……?」


 美代が不思議そうに言った。

 それはそうだろう、今の菜穂の言い方だと、まるでこの事件に犯人なんかいないという事になる。


「そう、皆勘違いしてたんだよ――この事件に犯人なんていなかった。これは事件じゃなくて事故だったんだ」


 その言葉に、全員が頭に疑問符を浮かべた。

 なら、それなら一体何で封筒が消えたのだろうか。

 誰かが言う前に、菜穂の口が開いた。


「風だったんだよ。風。皆もさっき体験したでしょ? ここは位置的に風が通りやすい。封筒は風に吹き飛ばされたんだ」


 みんな何も言わなかった。いや、言えなかったんだ。

 自分たちがあれだけ悩んでいた件が、まさかこんな簡単なことで済まされることに、だがそう言っている人物はあの学園探偵『AI』の内の一人なのだ。


「――それじゃあ、部費が入った封筒はこの教室の中にある……って事で良いんだよね? 菜穂さん」


「うんそうだと思う。美代ちゃんの机って窓際の前方でしょ? なら――黒板付近の棚の裏とか、教卓の下とか……そこらへんにあると思うよ」


 菜穂のその言葉に、ミノルが立ち上がって黒板の横にある本が詰まった棚をどけたりして探し始めた。それにつられて他のクラスメイト達も一緒に探し出したりして。

 もちろん僕も手伝ったりしていた。そうして一人のクラスメイトがあっと声を上げる。


「もしかしてこれ……じゃない?」


 女子生徒の手には、縦長の長方形の茶色い封筒があった。

 封止めにねこのシールが貼られている。ちょっと折れ曲がっていた。

 美代が慌ててやってきて、確認してそっと中身を覗いた。


「それそれ! うわぁ本当に良かった、ありがとう菜穂ちゃん!」


 美代は近くで探していた菜穂に向かって笑顔でそういった。

 本当に良かった。みんなも良かったなとか、今度はちゃんとしまえよとか、そんな優しい言葉を呟いて。


「ミノル君もありがとうね……あの時助けてくれて」


「全然! 無事で良かった」


「う、うん……」


 美代は赤い顔をしながら、また俯いてしまった。

 その様子を見ていたクラスの男子たちは思い思いにミノルに野次を飛ばす。

 キンコンカンと昼食の時間が終わる鐘の音が聞こえたが、それすら聞こえない程に、クラスの盛り上がりは最高潮に達していた。


「菜穂凄いね! 流石学園探偵!」


「えっへへ、たまたまだよ~!」


 菜穂はえへへと照れ笑いを浮かべながら黒板に書いたものを消している。

 その残骸を、徐々に消されるチョークの残りを見て、隣にいた宙が僕に向かって耳元で呟いた。


「――貴方って、結構いじわるよね。探偵に謎解きをさせないだなんて」


「……何の事かな?」


「菜穂に感謝することね。そんなにクラスの平穏が大切かしら?」


「――――」


「……まあ、貴方たちは大事なんでしょうね。私もそれは理解できるわ、共感はしないけど」


 宙の声は小さなものだった。この喧騒の中、僕たち以外に聞こえる事は無いだろう。


 そこら辺、宙もちゃんと考えているのか……はたまた、菜穂の頑張りを無駄にしたくない故なのか。


「でもあの子をダシにするのは相方として気分が悪いわ。探偵としての矜持もあるし……」


 カララと窓が開けられて、夏の陽気を含んだ風が雪崩れてきた。

 髪がさらさらと流れて行く。そっと耳に掛かった髪を払った宙は僕の目を真っすぐ見つめてこういった。


「――放課後、教室に残ってくれる? それまでに私がこの事件の犯人を当てるわ」


 そう不敵な笑みを浮かべながら宙は菜穂を連れて教室を出た。

 僕はそのまま靖国達と急いでお昼の弁当を食べながら、次の授業の用意をしていた。


 鞄を開ける。そこに茶色の封筒なんてものは無かった。

 あるはずが無い。だってそれはもう美代の手に渡っている。


 あーあ、ここまで上手く運んでやったのになぁ……。

 やはり宙にはお見通しだったという訳か。

 本っ当に――。


「思った通りに期待外れだな……」


















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