File1.密室盗難事件
「――それよりも、まさか貴方がいるなんてね……白理君」
ミノルと美穂が前で盗難の時の詳しい状況を伝えながら歩いている中、僕がその後を追うように歩いていると、彼女がそんな事を言ってきた。
「まさか今回も、貴方は犯人候補として挙がったのかしら?」
薄っすらと口元に笑みを浮かべながらそう意地悪く訊く彼女に、僕ははにかみながら言う。
「嫌だなぁ、月見さん。だからアレは偶然僕が殺人現場に居合わせちゃって、そしてその時間が犯行時間と被っていただけで、僕がやったわけじゃないよ」
「要点だけ言うと、いかにも犯人っぽいわね」
まあ、そうだな。
それで僕が犯人候補の中でも最有力候補で、危うくこの両手首に手錠が付けられる所だった。危うく高校生活が半月弱で終わる所だったって訳だ。
「それを、君が助けてくれた。……何度も言うけど、本当にありがとう」
「……そう、本当に何度も言うのね」
「?」
宙は訝しむように、そして物珍しい表情を浮かべながら、僕を覗き見る様に伺いながら、肩に掛かった切り揃えられた髪を払いながら、何でもないと言った。
「あ、菜穂ちゃんだ。やっほー!」
「やっほー! ちょっとお邪魔するねー!」
教室に着いた時、女子の大半が菜穂を見た瞬間顔を綻ばせて声を掛けていった。
男子も、女子並みとは言わないが少なくとも嫌悪感といった悪感情は感じられなかった。
それこそが豊崎菜穂の魅力だろう。
分け隔てなく接する天性の陽キャ。
先ほど出て行く際に感じた殺伐とした雰囲気も、幾分かマシになっている。
「……それで? その部費は誰が持っていたの?」
宙がそう訊いた。その質問に、はいと美代が手を挙げる。
「さ、三時間目の時に普通コースの吹奏部員全員の部費を回収したんです。それを茶色い封筒の中に入れて、うさちゃんのシールで止めて置いて……」
「それでどこに置いていたの? 鞄の中? それと机の中かしら?」
美代の席は窓際の最前列に位置する。
話しを聞けば、彼女は四時間目の前の休み時間に回収を終えたらしく、体育の授業に遅れない様に――。
「えと、その……急いでいて、机の上に、置きっぱに……」
その言葉に、クラス全員が絶句する。
今日、僕たちはこの教室内で着替えを済ませて、そして出て行ったんだ。
犯人が盗むとするならこの時間帯しかない。
つまるところ、今の証言によって女子による犯行の線が完全に消えて、男子の中の誰かによる犯行という事が証明された。
「美代お前ふざけんじゃねぇぞ!」
「そうだ、皆の時間奪いやがってよ!」
自分たちの中の誰かが犯人だとことうらに告げられた気がして堪えきれなくなったのだろう、男子の何人かは美代にそう怒りを露わにしていた。
「みんな、落ち着けよ!」
靖国がそう叫ぶが、焼け石に水だ。
「一番怪しいって言えば――お前もだよな有! お前、授業中に保健室行ったよな! その間に盗んでもおかしくねぇよな!」
そんな言葉が聞こえた。僕は必死に弁解の言葉を言う。
「僕はやってないよ。第一、僕は美代さんが部費を集めているなんて、初めて知ったんだ」
「どうかな、一年前の事件――佐藤先生を殺したのだって本当はお前なんだろ!」
んな……っあれはもう終わった事件だ。
殺人犯は逮捕されて、僕の無罪は確立された。
それを今更蒸し返すなんて……腹の奥が熱くなっていくような感覚に、逆にそれで冷静になった。
みんな、どうにかしている。怒りが、混乱が伝播しているんだ。
「……豊崎さん」
「なに? 有くん」
僕は近くにいた豊崎さんに向かって、頭を下げて頼んだ。
「頼む――この状況を何とかしてくれ」
「……ん、当たり前でしょ」
僕の頼みに任せてと、そう朗らかに笑った彼女は、教卓の前の壇上に立ち上がって言った。
「この中に犯人はいません!」
それは大して大きくも無い声だったが、その声はどこまでもハッキリと通っていた。
全員が壇上に上がった菜穂の姿を見る。誰も何も言わなかった。
一年前の殺人事件……それを解決したのは正に、菜穂と宙……『学園探偵AI』だ。
その『AI』が、この中に犯人はいないといった。
「この中で誰が美代ちゃんが部費を集めている事を知っていて、尚且つそれが茶色い袋に入っているって事誰が知っていた?」
その質問に、ミノルが改めてその調査に入った。
結果、知っていたのはミノル含めて僅か三人。
内、二人は同じ吹奏部員で且つ女子だった為、男子の中で知っていたのはミノルしかいないという事になる。
「というか何でミノルが知ってんだ?」
靖国が訊いた。ミノルは頬を掻きながら、
「俺が勝手に手伝ったんだよ、美代さん、一人で頑張ってたからさ……」
「うん、ミノル君には本当に助かったよ……あ、ありがとう」
「どういたしまして。でも俺は普通の事をやったまでだから、今後も気にせず頼ってくれよ」
「う、うん……」
美代は顔を赤くして、そそくさと女子たちの後ろに戻ってしまった。
男子の中から拍手やヒューヒューと言った声まで聞こえてくる。
ミノルも顔を僅かに赤くさせて頭を掻く。
こういう、普通の反応も出来るから男女問わずモテるのだろうか……。
気づけば先ほどまでの雰囲気が一変して、和気あいあいとした雰囲気が流れ始めた。
「それによ、ミノルが犯人な訳ないよな。だってミノルが最初に教室に来て、待ってたんだ。鍵占めた安藤が最後だから、誰もこの教室にはいなかったよな」
「あぁ、それは俺が断言する。俺が最後教室の鍵を閉めた時、中には誰もいなかったし、ミノルも見てた」
安藤が頷きながら言う。鍵当番の安藤が言うなら、そしてミノルも見ていたのならば、安藤は盗めないし、そもそも安藤はこの事を知らなかった。
結局事態は進まず、ただ犯人がクラスの中の誰かでは無いという事は、想像以上に安心感をもたらすのだろう。皆それぞれリラックスした状態で犯人と思しき人物を次々と言っていた。
「――もしかして『JOKER』が盗んだんじゃ無いの?」
その言葉に、宙と菜穂が同時に反応した。
『JOKER』とは、この街に出没する怪盗の事だ。
この時代、怪盗だなんて珍しいと思うかもしれないが……まあ学園探偵がいるんだ。
そういうのがいてもおかしくはないだろう。
JOKERは、ゲームや漫画ではよくある予告状は出さない。
颯爽と現れて、金目のものを盗む。その犯行の手口に一通性は無く、時には大胆にやる。盗む者は一応選ばれている様で、それは様々な犯罪に手を染めた者でしか盗まない。それゆえ義賊とも呼ばれているが、その金を貧民の者に分け与えたというエピソードも無いため、なんら普通の盗賊と変わらない。
「バカ、お前そんな訳ねぇだろ。何の為にわざわざここまでして盗むんだよ」
「だってよ、もうそれくらいしか考えられねぇじゃねぇか」
わーぎゃーと誰が犯人か言っている中、その時、風が吹いてきた。
それもただの風じゃない。突風なのか、全開にされた窓ガラスから入り込んだ風が、バサバサとカーテンをあおっていく。
窓際にいた僕とミノルは急いで窓を閉めた。
「ここ、窓全部空いているのね」
風によって荒れた髪の毛を手ぐしで直す宙に、僕は説明した。
「換気も兼ねて、常に窓ガラスは空いているんだよ」
そこまで言って、僕はあっと空いた口を手で押さえた。
そうだ、それなら説明が付く。かなり無茶苦茶な説明だが、これなら――。
僕が思考の海にダイブするよりも先に菜穂がクラスのみんなに言った。
「そう――という訳でみんな注目っ! 今からこの事件の謎を解明するから、みんな、自分の席に着いて!」
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます