探偵は二人いる


「最後は有なんだけど……お~い、起きてるかー」


 そうゆさゆさと僕の肩を擦るミノルに、隣の席にいた靖国が言った。


「コイツ、たまに電源が切れたかのように寝る時があるんだよ……おい有! 起きろって、お前こんな時にどんな神経してるんだよ……」


 靖国が乱暴に肩を揺さぶると同時に、僕は瞼を開ける。

 光が目に飛び込んできた。教室の風景……時計を見てお昼だと気づく。

 全員の視線を感じる……僕は唾を呑み込んで、ごめんごめんと鞄の中身をミノルに見せた。


「……無い」


 ミノルはじっくりと僕の鞄を覗き見る。

 そう言った彼の顔は少し驚いた顔をしていた。

 鞄の点検が、最後である僕の方まで行くとなると――。


「という事は、このクラスに盗んだ人はいないって事……?」


 美代はぱぁっと明るい声で言ったが、ミノルの顔は曇っている。

 そりゃそうだろう。部費は見つからないどころか、犯人の候補が他クラスの方になると、それを調べるだけでも時間が掛かる。


 ――最悪、警察沙汰になるかもしれないのだ。


 ……その後、話は誰が怪しいかとか、先生に言うべきか言わないべきか、そういう心底下らない話になっていた。


「――『AI』に頼ろう」


 昼ごはんの時間が終わって、三十分の休み時間になった時、靖国がそう提案した。

 その発言を聞いたクラスメイトはミノルの意見を求めるかのように押し黙る。

 ミノルは数秒考えこんだあと、コクリと頷いた。


 ◆


 これでようやく言えるわけだが……コホン、それでは改めまして。

 ――この学園には『探偵』がいる。


 名を――学園探偵『AI』。


 高校生探偵だなんて、今ではよく知られたものだろうけれど、やはり実際にいるとなると、それはそれでやはり扱いに困る。


『探偵』は職業だ。『学園探偵』は学園の中で起こった事件を解決する探偵だ。

 始まりは一年前――突如として『探偵』を名乗った少女らが、一年前の事件……警察が見つけられなかった証拠を出し、見事に事件を解決へと持ち込んだという偉業を成し遂げた。


「俺も彼女たちの事は知っているけど……いつもいる所なんて知らなかったな。有、君は『AI』を知ってるのかい?」


 彼女たちのいる所を唯一知っていた僕はミノルを連れて階段を下る。


「たまたまだよ、たまたま。一年前に知り合ったんだ」


「ふぅん……」


 そう、一年前。

 彼女たちとの出会いは、別に輝かしい出会いでも何でも無かった。

 あの事件が起こった時、僕は何というか、いやまたというべきか――。


 僕はとして彼女たちと出会ったんだ。



 階段を下りて、二階の端っこにある部屋。

 そこが図書館の入り口だ。旧校舎の図書館も同じ位置にあり合併されているから、想像以上に大きい。児童文学などのコーナーを抜けながら、僕は彼女たちの姿を探す。


「『AI』はいつも、旧校舎の方の図書館を利用しているんだ」


 図書館には数人が各々本を開いて近くの椅子に座っていた。

 床の途切れ目、フローリング調の床から、木材に変わる。

 旧校舎に来た証だ。ギシギシと足音を立てながら更に奥の方に行くと――。


「そらちゃんーここ分からないんだけど教えてくれない?」


「菜穂、うるさい」


 そんな声が聞こえて、僕は彼女たちがいる事を確信した。

 窓際の席の方、そこには二人の女子生徒が座っていた。

 一人は机の上にノートと教科書を広げてうんうん唸っている。

 もう一人はそれらを見ながら、文庫本に目を通している。


 僕たちが声を掛けようとした時、本をぱたりと閉じながら、黒髪の少女が僕たちを見て「何の用?」と冷たく言った。


「や、やぁ。君たちが『AI』かな?」


「うん。そうだけど……貴方は?」


「俺は霧島ミノル。二年五組の委員長で、生徒会副会長なんだけど……」


 ミノルが前に出て簡単な自己紹介を始めたその時。

 あーっともう一人の方が僕の方を見て声を上げた。


「有くんじゃん! どうしたの? 珍しいね」


「うん、久しぶり豊崎さん……」


 ピンク色の髪に緑色の鮮やかな目。

 改造制服なのか、可愛らしい雰囲気の制服に身を包まれた少女――豊崎菜穂とよざきなほは、僕の目線がノートの方に向いているのを知るとえへへと照れ笑いを浮かべた。


「菜穂、まだ宿題終わらせてなかったの……」


「だってー! 昨日は本当に忙しかったんだって~!」


「はいはい。あともう少しなんだから、さっさと終わらせてしまいましょう」


 菜穂が再びペンを取ってノートに向かっている。

 ミノルが小声で僕に話しかけた。


「ほ……本当に彼女らが『AI』なのか?」


「う、うん。そうだよ。いつもはあんなんだけど……」


「――あんなん呼ばわりとは失礼ですね、白理有君」


 宙がそう僕を見ながら言う。

 宙はミノルの方に再度視線を向けながら、遅れたけどと改めて自己紹介した。

 黒髪に青色のインナーカラー。

 黒ぶちの眼鏡を付けた、いかにも委員長って感じの顔。

 菜穂とは違って改造も一切していない純粋な制服はもはやある種の珍しさを秘めている気もした。


「私の名前は月見宙つきみそら。二年十三組。それで、何の用でわざわざここまで来たの?」


「俺達は『AI』の力を頼りに来たんだ」


 ミノルは頷きながら二人に向かってそう言った。

 僕が慌てて、先ほど起きた事の顛末を話す。

 体育の時間から帰ると鍵が掛かっていたこと、部費を盗んだ人がいることを、そしてこのクラスからは誰も持っていないことを。詳細に、だけど簡潔に話した。


 その間も菜穂は相も変わらず宿題に集中していて、宙はというと、何もリアクションも起こさずただ黙って聞いていた。


「……てことがあったんだけど」


「俺は、違うクラスが盗ったと思うんだけど……ごめんね、他クラスの事なのに」


「そこは気にしない。菜穂はどう思う? ――?」


 宙はかちゃりと丸型の黒縁眼鏡を掛けなおしながら、隣で宿題をやっていた菜穂にそう問いかける。僕たちは隣でずっと宿題をやっていた菜穂に視線を向けた。

 菜穂がやっているのは数学なのだろう。所々に図形らしきものや、数式が書いてあった。


「思うって……分かるはずないよ。菜穂さんは確か十四組なんでしょ? この問題集……大学の試験問題が書かれてる。しかも超難関大の。そんな問題を解きながら、今の有の話を聞いて犯人が分かるなんて……」


 ミノルはそう苦笑いをしながら言う。


 ──如月学園にはそれぞれコースがある。

 普通コースと特進コース。そしてもう一つ。


 普通コースは何ら変哲もない、文字通り普通のコースだ。

 特進コースは推薦を蹴る変わりに、旧帝国以上の大学に入学した際の入学金の免除が出来る。


 そしてもう一つ――


 天才中の天才、何か一つの事に特化していれば、それ以外は例え平均以下でもヨシとするクラス。


 正に。天才だけに与えられた、当然の栄誉。


(豊崎菜穂……確か、去年の数学オリンピック金メダリスト……)


「う~ん、流石に今聞いた話だと分からないなぁ……けど、有君のだって事は分かるよ」


「な……っ、それはどういう意味だい? 豊崎菜穂さん」


「同じ学年だから菜穂で良いよ~。うん、だってクラス移動は四時間目の体育の時だけでしょ? 状況的に考えてそこしか盗むタイミングなんて無いし、それならば鍵が無いことも理屈が付くし……宙はどう思う?」


 そう言った菜穂は空に話を振った。

 宙の方も何か思案しているのか、暫く黙っていたが──。


「取り敢えずその現場を見せて。話はそれからよ」


 そう言うと宙と菜穂は――否、学園探偵AIは密室盗難事件へと足を踏み入れた。




















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