名探偵は二人いる

天野創夜

第一章 事件の続き

始まりは突然に


 私立・如月きさらぎ学園。

 県内随一の偏差値を誇る進学校だ。

 ここには様々な迷信や、有名人がいるが、その中でも最たるものがある。


 この学園には――。


「おい有! 危ねぇ!」


 反転。


 視界がぐるんと回って、僕は思い切り草むらに顔を突っ込んだ。

 直ぐ傍でサッカーボールが転がっている。

 そうだ、今は四時間目の体育の時間……サッカーしていた所だ。

 こんな炎天下の中サッカーしていたもんだから、つい考え事をしてしまい、目の前まで迫って来るボールに気が付かなかった。


「大丈夫か、有? 悪い、ミスっちまった」


 そうオレンジ髪の頭を掻きながら僕の方に近づく一人の男――。

 海瀬靖国うみせやすくにがそう謝った。恐らく僕にパスを出そうとして蹴ったのだろう。

 因みに彼の髪は生来のものではない。今年……二年生の春頃に変えたのだ。

 髪の色を変えたくらいで成績が下がるはずが無い。そう、この学校──改造学生服や染髪など基本的に何でもOKなのだ。


「おまっ……鼻血出てんぞお前!」


 本当だ……鼻を摘みながら上を向く。

 あれ、上向いちゃダメなんだっけ?

 ぽたぽたと赤い血が草むらを染めるのを見つめながら、僕は先生に保健室に行く旨を伝えると、同伴しようとした靖国をやんわりと断りながら、僕は保健室に向かって早歩きで行った。


 ◆


 結局、軽めの熱中症だと診断された僕は四時間目が終わる頃まで簡易ベットの上で眠っていた。


「相変わらずドジっ子ね」


「あはは……いつも迷惑かけます」


保健室の先生は僕の親戚だったりする。

口は悪いが、よく言えばフレンドリーな先生で、密かに人気のある人だ。

保健室には誰もおらず、僕はしばらくの間眠っていて、授業のチャイムが鳴り響くのと同時に目を覚ました。


「それじゃあ白理有はくりゆう君、お大事に」


もう血は止まったので、鼻の詰め物を捨てた僕は、そんな言葉を背に、二年五組の教室へと向かう。

 ワックスが塗られた柔らかい床から一変して、木目調の床に代わる。

 この学校は少し特殊で、校舎が二つある。使われなくった木造の別校舎。それを繋ぐ渡り廊下も色んなところにあるのだ。


 少々面倒くさい間取りなのだが、その保健室は別校舎に繋がっている所にある。

 別校舎から通った方が近いので僕はいつも別校舎で近道をしている。


 二つの校舎を繋ぐ三階の渡り廊下を歩く。

 同階に僕の教室があって、そこは渡り廊下の窓からでも見えるのだが、そこで僕は不信感を憶えた。


 そしてそれは、渡り廊下を渡って教室の前に辿り着いた時に分かる事となった。


 教室の前には多数の生徒たちが屯していた。

 その殆どが僕と同じく体育服を着用していた。

 この茹る様な熱い廊下が、更に熱くなった気がした。


「どうしたの……? みんな集まって」


 僕は窓付近で涼もうとしている靖国に声を掛けた。

 靖国は額に浮かんだ汗を拭きながらどうもこうもと扉を指さして言う。


「鍵が掛かってんだよ」


 扉の前では一人の男子生徒──委員長が立ち塞がっており、恐らく彼が一番早く着いた人なのだろう、困った表情を浮かべていた。

 なるほど……だからこんなに人が集まっているのか。

 女子は専用の更衣室があるから、そこで着替えたのだろう。

 しかし、既に授業が終わって十分が経過しているのだ。

 鍵は基本的に職員室に掛けてある。


 確か、今週の鍵担当は安藤だ。


「安藤は?」


「授業終わりのサッカーやってるから、もうすぐ来ると思う。ったく勘弁してくれよなぁ、こんな暑い日にこれじゃあサウナだぜ」


「それじゃあ後で水ぶっかけないとな」


「この騒ぎを『整い』に使うなっての」


 そんな実に高校生らしい会話の応酬をしていると、反対側の廊下から汗だくの巨漢の男がやってきた。たぷたぷと走る度にお腹と下あごについた肉が震える。

 彼が安藤……安藤亮だ。


「ごめんごめん!」


 体育の授業は、授業が終わる十五分前には終わる様になっている。

 生徒たちの着替えの時間を確保するためだ。

 だが殆どの人たちはその時間でも遊んでいる。今日はサッカーだったから、大方まだ体力の有り余る人たちがサッカーを続けてたんだろう。


 それを証明するかのように、奥からぞろぞろと数人の男子たちがこちらに向かって来た。


 ガチャリと音がしてスライド式のドアが開いた。

 わっとその入口に殺到する様を見ながら、僕も続けて中に入る。


「ちょっと男子! 着替えるならトイレで着替えなさいよ!」


 その時、体育着を脱ごうとした男子たちに女子の悲鳴と叫び声が響いた。

 男子たちは文句言うなよーと言いながら脱ごうとしているが、女子たちの叫び声にしぶしぶと各自トイレの方へと向かって行った。


 ……そう、ここまでは良かったんだ。

 こう言う事は別に初めてのことじゃない。

 本当にちょっとしたアクシデント……いや、これもいつもの通りだとみんな思っていたんだ。



 ――事件の発覚は、着替えた僕たちが教室に戻って来た時だった。



「荒川さんが持っている部費が無くなったそうなのですが、誰か心当たりがある人はいませんか?」


 それは僕がトイレで着替え終わって教室に戻って来た時だった。

 靖国と一緒に教室に入ると、教室内はシンと静まり返っていた。

 クラスの全員が自席に着席していて、黒板に立っているのは我らが委員長である霧島ミノルだった。


 雰囲気を察した僕たちはそそくさと戻ると、ミノルは隣に立っていた女子、荒川美代あらかわみしろに向かって説明を求める様に顔を向けた。


「今日出す予定だった吹奏部の部費が無くて……あの、茶色い封筒の中に入ってるんだけど……」


 しどろもどろになりながらそう話す美代の顔は泣く一歩寸前の様な顔だった。

 如月学園の吹奏楽部は大きなコンクールを受賞する程大きく且つ有名だ。

 だけどその分部費が高く、また美代は部長である為他のクラスの吹奏部員の部費も集めていたらしく、一括して出そうとしていたらしい。


 その金額はなんと合計三十万円。

 高校生にとっては大金だ。


「誰か心当たりがある人はいませんか? 封止めに猫のシールが貼ってあるものらしいのですが……」


「――心当たりがあるって……もっと正直に言えよミノル」


 その時、廊下の後方側の席で声が響いた。

 大柄の坊主頭……柔道部の熊沢五郎くまざわごろう

 その野太い声を響かせながらミノルの方に視線を向ける。


「ハッキリ言っちまえよ――ウチのクラスの中に、薄汚ぇ盗人がいるって事をよォ!!」


 その言葉で、一気にクラス内に緊張感が走る。

 ミノルは何も言わない。ただ俯いて、ちらりと美代を見る。

 美代は何も言わない。ミノルは絞り出すかの様に言った。


「みんな……すまないが、鞄の中を確認させて貰えないだろうか?」


 ◆


 最初、大反対されるかと思っていたが、ミノルの提案に異議を唱える者は誰一人としていなかった。それは単に自分が犯人だとされるのを恐れた訳ではない。

 偏に、ミノルの人望故だろう。成績優秀でスポーツも抜群。顔は至って良いわけでは無いが、悪いという事も無い。塩顔で、イケメンだとは言わないけれど、所謂『雰囲気イケメン』というのがしっくりくる様な奴だ。


 誰にでも丁寧語で話して、だけど親しくなると砕けた感じで話してくれる。

 どんな頼み事でもまずは断らず、じっくり聞いて、そのうえで判断してくれるので、男子も女子も問わず多くの人が常に彼の元に来るのだ。

 先ほどの熊沢だって、別にミノルとの仲が悪いという事では無い。

 寧ろ、ああしなければ展開が進まないから、熊沢が空気を読んだうえで発言したのだろう。


「確認終わったよ。女子は誰もいなかった」


 美代がそうホッとしたようにミノルに言った。

 その言葉を確認したミノルは、僕たちに鞄の中を見せる様に言う。

 机の横に掲げられた手提げ鞄を机の上に乗せる。


 僕は窓際の席の最後尾なので、順番的には一番最後だ。

 廊下側の男子から順に見ている。少し早いが僕も準備しておこう。

 ファスナーを引っ張って鞄の中身を見る。


「……えっ」


 鞄の中にあったのは、

 授業で使わないノートと、

 教科書と――。


 見慣れない茶色い封筒が、そこにあった。












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