第8話 オンゲー少女と秘密のトリヒキ


「音泉さんがフレンドだったのはわかったけど、

 それにしてもどうしてこんな場所にわざわざ呼び出したんだ?」

「その……恥ずかしい、でしょ」


「恥ずかしい? ああ、俺が【エナツ】じゃなかった場合か」

「それもあるけど、私がゲームとかやっているのを

 クラスのみんなに知られたら、変に思われるでしょ?」


「別に平気じゃないか? 今の時代、スマホでソシャゲだってできるわけだし、

 音泉がゲームをやっていても、何ら不思議じゃない」

「鈴木くん、私がクラスでどんな風に見られているか、知っているでしょ?」


「クラス委員長だろ? それに演劇部の部長もやってるし、それに何か問題が?」

「嫌じゃない……。オタク趣味があるなんて、みんなから思われるの」


「そ、そんなことを気にしてるのか? ゲームが趣味だなんて、普通だと思うぞ」

「私だってそのくらいわかってるわ。

 だけど、イメージが崩れるのだけはどうしても嫌なの。

 鈴木くんにはわかるかしら、今まで積み上げてきた信頼が崩れてしまうのが」


「言わんとしていることは何となくわかる。

 でも正直、そこもギャップがあって俺は親しみやすいが……」

「……あなたからそう思われるのは、問題が無いの。

 だけど品行方正に見られている私が、休みの日に家に籠もってゲームばかりを

 やっているとわかったら、きっとみんなは私の話を聞いてくれなくなる。

 揚げ足だって取られてしまう可能性もあるわ」


「説得力に欠けてしまうと。

 まあ、そこまで変な絡みをするのはそうはいないだろ」

「裏を返せば、いる場合もある」


「ずっと一緒にRELレインボーエスケープ・レジェンズでチームを組んできたから、

 その注意力と用心深さに関しては理解できるが……じゃあ、どうするんだ?」

「だから簡単なことよ。ここでの話はもちろん、

 私がゲーマーであることはみんなには秘密にしてほしいの」


「秘密にするだけでいいのか?」

「ええ、私がこの学園で活動するための機密事項。

 これは二人だけの、密約ね」


 音泉は均衡の取れた口元へと指を立て、妖しげに微笑む。

 演劇部の部長を務めているだけあって、声の出し方や表情に仕草など。

 さらには彼女が生まれ持つ、その綺麗な容姿とも相まって、

 魔性の雰囲気を醸し出す。


「ち、因みに、万が一このことをほかの人に話したら、どうなるんだ?」

「あなたがそんなことをするとは思わないし、想像もしたくはないけど、

 きっと心の底から憎くなって、ヒドいことをしてしまうかも」


 生暖かな風が吹いたかのように、ぬるりと音泉が俺の真横へと近寄った。

 そして急に俺の手を握り締め、ほっそりとした指先を絡めて耳元で囁く。


「私は怒りと悲しみのあまり、鈴木くんをどこか暗い場所へと閉じ込めて、

 蓋をしてしまうかも。ずっと、ずぅっと、ね」

「あっ、はははっ。わ、悪い冗談だな……というか、

 そろそろ手を離してくれないか?」


 音泉の手をふりほどこうと、腕に力を込めてみるものの、

 ガッチリと縛り付けられたかのように離れず動かず。

 冷ややかな汗が背筋を伝った。


「ええ、だからこれは悪い冗談よ。

 約束を守らなかった時のことなんて、あまり考えたくないの」

「そ、そうか、そうだよな!

 本当にこんなことを聞いた俺が悪かったから、腕を開放してくれないか?」


「約束、守ってくれるのよね?」


 腕の関節が、一瞬だけ悲鳴を上げた。

 誰かと腕と腕を絡ませたことが無いので、この痛みの原因は定かじゃないが、

 とにかく音泉の条件を飲む以外の選択肢が無い。


「守る、守るって! だから腕を離してくれっ!」

「はい、離したわ。感極まったあまりに、

 少しだけ力が入ってしまったのはごめんなさい」


「いや、変なことを聞いた俺が悪かった……すまん」

「ただまあ、鈴木くんに対して一方的にこんな約束をさせるのは、

 私としても忍びないわ」


「別にバラすつもりも無いから、そういうのはいらないぞ。

 正直、後が恐いし」

「そう遠慮しないで、心苦しいわ」


「むぐぅ……なら、話だけなら聞く」

「よかった。今回の件での交換条件だけど、

 私があなたの言うことを一つだけ、聞いてあげるってのはどうかしら?」


「言うことを、聞く?」

「もちろん、社会一般的の常識の範囲で、私ができることだけよ。

 秘密をバラすとか、そう言ったものも無し」


「勉強を教えてくれとか、一緒にゲームをしてくれとかか?」

「ゲームはいつもしているし、カウントに入れなくてもいいわよ。

 それに、もうちょっと踏み込んだことでも、私は構わないわ。

 教えてほしい勉強が、保健体育の実技でも、ね」


「なっ!?」

「あくまで、鈴木くんがしたいことよ。

 決めるのは私じゃなく、あなたなんだから」


 明らかに、異性の差異を埋め合わせるような、含みのある発言。

 その言い回しに、堪らず音泉の首から下へと視線を落としてしまうが、

 ブンブンと首を振ってわずかながらの理性を掴む。


「と、とにかく、そんなことを急に言われても困る。

 だから、少しのあいだ考えさせてくれっ!」

「ええ、今すぐに決めてってわけじゃないわ。

 何をするにしても、準備が大事だものね」


 ゲームをしている際の音泉……いや、【クロエ】さんの言動も、

 正直どこか挑発的な調子だったが、まさか間近でそれを披露されるとは

 夢にも思わなかった。


 彼女の妖艶な雰囲気に翻弄されるも、俺はギリギリのところで持ち直して

 一歩、二歩と物理的な距離を取る。


「え、えっとそれじゃあ、瑠菜たち待たせてるから、俺は先に戻るからっ!」

「わかっているわ。そういう約束だったものね」


「そ、それじゃあな!」

「またね……雄太」


 一瞬、俺の名前を呼ばれたような気がしたが、

 確認しようにもすでに歩き出してしまった。


 それに何よりも、今の空間にずっと二人っきりで居続けたら、

 どう反応すればいいのか、困ってしまう。


「……ああ、なんだよなんだよ」

 少しでも気持ちを落ち着かせるために、小声で自分に言い聞かせた。


「あれは本気なのか? それとも俺をからかっているだけ?

 マジでああいうのは難しくてわからんぞ……」


 ゲームみたいに数値化されていれば、人と人の距離感がどのくらいなのかは

 一目で理解できるが、リアルにはそんなものは実在しない。


 一緒に楽しくゲームをプレイして、【クロエ】とは確かな友情を感じているが、

 実際の音泉に顔を合わせてみると、俺たちがどのくらいの関係性なのかが、

 わからなくなる。


 俺を友人として見てからかっているのか、

 異性として見てあんな誘い方をしたのか。


 はたまた、本当に密約を守らせるためだけの取引なのか。


 踏み出し方を間違えれば、築き上げたものが

 いとも容易く崩れてしまいそうな、プレッシャー。


「だぁー! だから男とか女とかの、こういう小難しい駆け引きは苦手なんだよ。

 いや、恋愛とかしたことがないから、これが駆け引きなのか全然知らんが……」


 ギャルゲーはプレイしたことがあるが、いつだって攻略情報ありきだ。

 俺自身が直感でプレイすれば、いつも友情エンドやら平凡ルートやらで、

 途中でシナリオが終わってしまう。


 俺は恋愛が苦手だ。断言できる。


「RPGみたいに、目的を達成したら関係性が進んでいくような、

 単純なものだったらどんだけ楽なんだろうな。本当によぉ……」


 廊下の窓際に手を遣って立ち止まり、

 俺はガラス越しの青々とした空を見上げ、ため息を吐いた。


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