第9話 帰り道は、推しの話でかしましく


 放課後の校門を抜けて行く在学生たち。

 その波に巻き込まれないように、校門から少し離れた場所に

 瑠菜と真白が並んで待っていた。


「あっ、やっと来たユウちゃん」

「遅かったけど、大丈夫だったの?」


「ああ、大丈夫だ。問題無い」

「うわー、絶対に何かあったような言い方~。

 ねぇねぇ、アヤネルと何があったの?」


「ただの世間話だよ」

「つまり、やっぱり何かあったんだ」


「……それを察しているなら、あまり追求しないでくれよ。

 喋る気は無いが、正直言いたくないことをはぐらかすのは面倒だ」

「そこはちゃんと分別付いてるよ。本音としては、正直気になるけどね」


 普通の友達ならズバズバと言いづらいことでも、

 俺と瑠菜の昔からの仲なら、軽い調子で言い合える。

 変にはぐらかすよりも、教えられないことは、

 教えられないと断言した方が余計な誤解を生まなくて良い。


 一方で、真白は何か訊きたそうにこちらを見ているが、

 特に何かを言うわけでもなかった。


「じゃあ、早く帰ろっ」

「そうだな」


 そして並んで歩き出す。

 いつもなら俺と瑠菜の二人だが、今日は転校してきた真白も一緒だ。


「それでさ、昨日Vチューバ―のカロルが配信していたゲームなんだけど、

 スマホ版から移植で追加シナリオが増えていて、

 かなり力が入っていたから思わず買っちゃったんだ」

「カロルって、黒流星くろりゅうせいカロル?

 あの人って結構天然なところがあって、面白いよね」


「マシロンは通だね。カロルのあの感じがグッと来るんだよ~。

 しかも面白いコメとかも拾ってくれるセンスもあって、

 ゲームに対しても真剣味があるのがいいよね」

「うん、少し前に配信していたクルモンSVも、

 第一世代と第二世代縛りをしつつも、第三世代以降のクルモンの

 名前を覚えていたし、シリーズ通してやりこんでるのがわかって

 情熱が伝わったよね」


「ほんとそこはポイント高い。しかも面白いのが、

 序盤に出てきたモグラドンをゲットして、

『この子は無印でもお世話になったから、エースとして連れてく』って、

 シリーズを通して、使い勝手に癖があるクルモンを選ぶのが良かった~」


 ……楽しげに会話をする、瑠菜と真白。

 二人が話題にしている黒流星カロルは、

 今年の始めからデビューしたゲーム配信者。


 SFチックなキャラデザと、クールな喋り方とどこか抜けたような調子。

 その要素が上手く噛み合って、まさにアンドロイドみたいだと

 絶妙なキャラ付けを確立したVチューバ―だ。


 ぶっちゃけ俺も好きだ。

 だけど、いかんせんさっきまでしていた音泉との会話が引っ掛かってしまって、

 純粋に会話が楽しめない。


「ユウちゃんもカロル観てたよね?

 このあいだも、漫画を読みながら一緒に流し観してたしさ」

「カロルは素直に面白いと言えるな。

 ゲーマーとしても話題に乗るだけじゃなく、きっちりとやりこんでくれるし」


「そこもいいよね、あたしだったら数日したら飽きちゃうのに、

 鬼畜ゲーで耐久配信を実行するとか、正直真似できない」

「あっ、もしかしてそれってジャンプクイーンかな?

 私もアーカイブで観たけど、あの何度落ちてもすぐに挽回するのは、

 成長を感じさせたよね」


「ついつい見入っちゃったな、あれ。

 終盤の古城ステージからの塔はハラハラしたー」

「……ごめんね、瑠菜ちゃん。私、そこまで追えてないんだよね」


「そうだったの!? ごめんマシロン! 完全にネタバレ踏んじゃった!」

「大丈夫だよ、カロルの反応を見るのが楽しいから、観てるんだし。

 少しくらいネタバレを聞いても平気」


「マシロンの優しさが滲みる~」

「そんな大袈裟な」


「大袈裟じゃないよ。ユウちゃんにネタバレ言ったら、

 あーだこーだと文句を言われて、しばらく口を利いてくれなくなるし」

「それ以上のネタバレを聞きたくないから、あえて話をしないだけだ。

 瑠菜はしれっと口を滑らせるから、細心の注意を払った結果だぞ」


「ほらっ、こんな感じでツンケンするから、マシロンはやっぱり優しいよ」

「でも、私もネタバレはあまり聞きたくないから、雄太くんの気持ちもわかるかな」


「えっ、急な裏切り!? マシロンはユウちゃんの肩を持ちすぎだよ~」

「そ、そんなことないよ」


 そんなこんなで、何気ない会話を繰り広げていると、

 道路に設置されたカーブミラーに、見知った女子の影が映る。


「あれは……なんだ?」

「どしたのユウちゃん? 鏡なんて見てさ」


「いや、あそこのミラーに映ってるだろ。あれは確か……」

「アイリーンじゃないかな?」


「アイリーン? お前のあだ名は奇抜すぎて、誰かわからないんだが」

「アイリーンは同じクラスの、一ノ瀬愛莉ちゃんだよ。

 イチリンって最初は呼ぼうとしたんだけど、七輪みたいだから

 そんな風に呼ばないでって言われちゃって……」


「そんなのはどうでもいい。あまり話したことがないが、どういうやつだ?

 というか、なぜ俺たちの後ろを付いてきているんだ?」

「確認してみよっか。おーい、アイリーン!」

「っ!?」


 瑠菜は振り返り、大きく手を振って一ノ瀬を呼んだ。


 通り過ぎる周りの人から視線が集まるも、

 心臓に毛が生えていると言っても過言ではない瑠菜は動じずに、

 逆に呼ばれている一ノ瀬の顔を真っ赤になっていく。


「ちょっ! ちょっとちょっと!? 阿部さんっ!

 そんな大きな声でわたしを呼ばないで!」


 バタバタと騒がしく、こちらへと近づいてくる一ノ瀬。


 顔を見て思い出したぞ。

 確かクラスでもそこそこオシャレで、人気がある女子。

 ……とか小坂が言っていた気がする。

 特に関わることがなかったから、かなり曖昧だ。


「アイリーン、なんかあたしたちの後ろに付いてきてた感じがするけど、

 どうしたの?」

「なっ! そこまでバレていたの!

 阿部さん、結構抜けている感じがしたから、油断したわ……くっ、不覚」


 ……なんだこの子?

 あんなバレバレの尾行をしていた上、ミラーに映っていたことすら

 気付いていなかったのか。


 もしかして、アホの子か?


「もうっ、あたしはそんなに抜けてないから。

 それで、どうしてアイリーンは付いてきてたの?」


 話題を逸らすことなく、素直に疑問をぶつける瑠菜。

 それに対して、一ノ瀬は少したじたじとしながらこちらを見て告げた。


「こ、古月真白さん! わたし、あなたをライバルにしますっ!」


 真白の転校初日。

 彼女にはめでたいことに、ライバルが誕生したのであった。

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