第7話 ゲーマーエンカウント!


 ようやく六限目の授業が終わり、炭酸が弾けたようにクラスが活気に満ち始める。

 待ち望んでいた放課後だ。


「よーしっ、やっと帰れるぞ」

「ユウちゃんユウちゃん、一緒に帰ろ~」


 瑠菜と真白が並んでやってきて、ぐぐっと伸びをしていた俺に声を掛ける。


「オーケー」

「そうだ、雄太くん。途中でスーパーに寄りたいんだけど、大丈夫かな?」


「全然問題無いぞ。俺も小腹が空いてたし、それに明日の昼の分のパンも、

 買い置きしておかないといけないしな」

「だったらちょうど良かったね。瑠菜ちゃんも大丈夫かな?」


「あたしも一緒に行くよ」

「ふふっ、ありがとう瑠菜ちゃん」


 ……そんな感じで帰りのホームルームが始まるまで軽く駄弁り、

 昼下がりの予定を立て終えた。


「――来週の健康診断については以上です。

 それと、明日の六限目のホームルームで、体育祭の実行委員を決めますので、

 希望がある方は考えておいてくださいね。

 ではでは皆さん、気を付けて帰ってください」


 特に大した問題が起きることも無く、笹山先生が帰りのホームルームを締める。

 俺たちはカバンを手にして席を立ち、瑠菜と真白に合流しつつ

 教室から出たその矢先。


 俺たちの行く手を遮るように、音泉が横から現れた。


「んっ、どうかしたか、音泉さん?」

「鈴木くん、帰るところで悪いんだけど、ちょっと時間をもらってもいいかしら?」


 彼女は仁王立ちで腕を組み、真っ直ぐ俺を見据える。

 その立ち姿は、彼女のキリッとした生真面目な雰囲気と見事にマッチしており、

 えも言われぬ圧を感じた。


「きゅ、急に何だよ?」

「なになに、どういうこと?」


「驚かせてごめんなさい。ただ単に、私が個人的に鈴木くんと話したいの。

 できれば二人っきりで」

「音泉さん。雄太くんと、どうして二人っきりで、

 話しをしないといけないんでしょうか?」


「古月さん、別に大したことじゃないわ」

「大したことが無いなら、この場で話しても問題が無いのでは?」


「……はぁ、言い方が悪かったわね。あまり周りに聞かれたくない内容だから、

 ひとけが無いところで落ち着いて話しをしたいの」

「どうしても、ですか?」


「古月さん、そんな恐い顔をしないで」

「雄太くんに対して、あまりにも不躾だと思いますよ」

「おいおい、真白も真白でどうしたんだよ?」


 あまり表情には出してはいないが、真白の口調はまるで非を責めるように

 厳しいものへと変わる、


 目には見えないものの、肌で感じる真白と音泉のあいだに生まれた、

 バチバチッとした緊張感。

 瑠菜に関しては目をぱちくりとさせたまま、突然の事態に言葉を失っている。


「クラス委員の仕事がまだ残っているから、できれば手短に済ませたいの。

 それで鈴木くん、ちょっとだけ時間をもらってもいいかしら?」

「雄太くん。音泉さんの話を、聞くの?」

 そして同時に向けられる二人からの視線。


 うへっ……何だか背筋に嫌な汗がにじみ出てきた。

 どんな内容の話なのかはわからないが、とりあえず、

 いつも音泉には世話になっているから、ここは彼女の肩を持とう。


「音泉さん。話しを聞くだけなら……だけど、二人を待たせることになるので、

 手短にしてもらえれば」

「ありがとう、鈴木くん。大丈夫よ、いくつか確認するだけだから」


「ああ、わかった。真白と瑠菜は、昇降口で待っていてもらっていいか?」

「う、うん! ユウちゃんとアヤネルの、何か大事な話みたいだから、

 あたしは先に下で待ってるね」


「……雄太くんが、そう言うなら」

「悪いな、二人とも。じゃあ、ちょっと行ってくるわ」

 こうして俺は音泉と一緒に、二人っきりになれる場所へと移動した。


 放課後ということもあり、多くの学生が廊下を行き来する。

 俺たちはその人の流れから逃れるようにして道を選んで歩き、

 昇降口とは真反対に位置する階段でふと立ち止まった。


「こんなところでいいわね」

「……で、音泉さんは結局俺に何の用だ?」


「正直こんなことを聞くのは、私自身もどうかと思うのだけど、

 とにかく間違えていたらごめんなさい。

 あなたがオンラインゲームをしているときの名前って、

 【エナツ】で合っている……かしら?」


「なっ!? ど、どうしてそれを?」

「……そう、やっぱりだったの」


 音泉さんは普段は見せないような神妙な面持ちになり、考え込むように腕を組む。


「いや、やっぱりってどういうことだよ。そもそも、音泉さんが

 俺のオンラインネームを知っていること自体、意味がわからないんだが」

「実は、鈴木くんに伝えておかないことがあって……というよりも、

 【クロエ】というオンラインネームに覚えは?」


「……何だって?」

「【クロエ】よ。私が『レインボーエスケープ・レジェンズ』をプレイするときに

 使っている、オンラインネーム」


 馴染み深いゲームのタイトルを耳にし、全てに合点が付いた。


「なるほど、そ、そういうことだったのか……」

「ええ、そういうことよ。本当にあなたは、驚くくらいに偶然が重なるわね」

「一番俺が驚いてる。もう、どんな顔をすればいいのかも、わからない」


 嬉しさや驚き。

 奇妙な偶然と偶然が繋がり、何とも言えない奇跡に、思わず頭を抱えてしまう。


 要するに、今まで一緒にゲームをプレイしていた相手が、クラスメートだった。

 こんなことがあるか、普通?

 いや、起こってしまったんだ。それはもう紛れもない事実。


「ふふっ。だけど不思議ね。どうして今まで気が付かなかったのかしら?」

「は、ははっ。確かにな。でもまあ、考えもしないだろ。

 顔も一度たりとも合わせていないし、通話越しだと声の調子だって少し変わるし。

 むしろ、どうして音泉は俺だとわかったんだ?」


「昨日の夜に、あなたが話をしたでしょ。幼馴染みの子が戻ってきたって」

「それだけで確信したのか?」


「それだけじゃないわ。今日の午前中に、古月さんからも

 それらしい話を聞いていたから、もしやと思ってね」

「流石トッププレイヤー。見事な推理だ」


「あら、ありがとう。正直なところ、決定的な証拠が足りなかったから、

 結構不安だったのよ」

「何となくわかる。俺も急に言い当てられたときは、

 個人情報の流出かと本気で焦った」


「まあ、結局正解だったから良かったわ。

 プラスで、思いにもよらない収穫もあったし」

「収穫?」


「ええ。だって鈴木くん一緒にゲームをしてるとき、硬い話し方をしてたでしょ。

 同い年なのに」

「あっ……」


「直さなくて平気よ、こっちの方が話しやすいし」

「今更ながら思い出して恥ずかしくなってきた……」


「ふふっ、だから私もとっても嬉しいのよ。ちゃんと、私が望んだ感じになってね」

「……はぁ、そうやってからかうのはやめてくれよぉ」


 この場に呼び出されたときは、かなり不安だった。

 だが蓋を開けてみれば何てこともない。

 むしろ嬉しい誤算だ。

 こうして俺は思わぬ形で、今まで共に戦ってきた戦友、

 【クロエ】さんと出会ったのだった。

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