第6話 ランチタイムは甘めに


「ユウちゃん、なに暗い顔してるの?  ほら、笑って、笑って!」


 昼休みの時間。

 瑠菜が俺の机まで来て、弁当を片手にそう言った。


「うるせぇよ……俺は疲れたんだよ」

「そっか、疲れてるんだね。じゃあ、あたしが癒してあげる」


 そう言うと、彼女は俺の頭に手を伸ばして、優しく撫でる。


「よしよし、頑張ったね~」

「勝手に人の頭を触んなよ」


「おっ、何かこれはこれで優越感を感じる。

 というかユウちゃんの頭、触り心地が良いね」

「恥ずかしいから、満足したならさっさと手を離せ」


「えへへ、照れてるユウちゃんも可愛いよ」

「やめろ、マジで気持ち悪いぞ」


「ひどっ! せっかく慰めてあげてるのに!」

「そんなことを頼んだ覚えは無い。たくっ……そういえば、

 真白がいないみたいだが、どうしたんだ?」


「配布するプリントとか、遅れて届いた教科書とかをもらいに、

 職員室に行ったよ」

「転入初日だもんな。流石に色々とやることはあるか」

「先にお昼を食べちゃっていいよ、って言っていたから、

 ごはんを食べちゃおうよ。あたし、もうお腹ペコペコ~」


 瑠菜はお腹をさすって、気の抜けた調子でお弁当を俺の机に置いた。

 因みに、小坂はいつも昼食を学食で済ますので、

 あいつが座っている席は瑠菜が占領している。


「真白の用事が、どれくらい時間が掛かるのかが定かじゃないから、

 先に昼飯を食べておくか」

「ユウちゃんのお昼は、またパンなの?」


「朝早く起きて、白米やら残り物を弁当箱に詰め込むのも、正直ダルいからな」

「早起きが苦手だもんね、ユウちゃんは」


「それに、勉強と夜更かしで疲れた脳には、糖分が必要だからな」

「お、おおう……。もはやお約束と化した、

 メロンパンとクリームパンの組み合わせ」


「そこにレモン100個分と噂される、GGレモンを召喚サモン

 糖分欲張りセットの完成だ」

「ユウちゃんのいかにも太りそうなチョイス……

 大体いつも同じものを食べてるけど、飽きないの?」


「糖分が摂れれば十分だ。文句は無い」

「菓子パンばっかりじゃなくて、たまには総菜パンとか食べたらいいのに」


「別に総菜パンを混ぜてもいいが、一つ問題があってな……」

「問題? お腹がいっぱいになっちゃうとか?」


「いや、わざわざ食堂まで行って、総菜パンを温めるのが面倒でな」

「出た、ユウちゃんの悪いところ」


「個性と言ってくれ、個性と」

「面倒くさがり屋は個性じゃなくて、普通に短所だよ」


「だったら面倒くさがり屋じゃなくて、効率的だ。

 贅沢な舌じゃなくて、菓子パンで済むからな」

「ほんとにユウちゃんは屁理屈をこねる……」


 瑠菜はため息をこぼしつつも、ポーチから手作り弁当を取り出した。

 丸みを帯び、ピンクを基調とした弁当箱の蓋を開けると、

 趣向に凝った可愛らしいバリエーションのオカズの数々。


 定番のふっくら卵焼きや黄金色をした唐揚げ、緑黄色野菜のブロッコリー。

 手の込んだものだと、溶かしたチーズをハムで包んだ、

 どこかビュッフェを連想させるハムチーズに、

 星形に模られ艶々と光るニンジン。

 以前に瑠菜が味見をさせてもらった、確かグラッセっていう甘くて洒落た料理だ。


「……相変わらずお前って料理上手いよな」

「ユウちゃんはどれか食べたいのとかある?」


「ハムチーズとニンジンのやつ」

「いいよー。だけど一個ずつだからね。前みたいに二つ取ったら怒るから」


「つい食べ過ぎるのは、お前の料理が美味いからだ。つまり、瑠菜が悪い」

「それは褒めてるのか褒めていないのか、どっちなの?

 見苦しい言い訳だってことはわかるけど」


「褒めてんだから素直に受け止めろよ」

「いつも素直じゃないのは、ユウちゃんのくせに」


「こんなにも感情をストレートに言い表すのは、

 俺ぐらいだと思っていたんだが……」

「はぁ……そうだった。ずっと昔から、ユウちゃんは変わらないもんね」


「何か含みのある言い方だな」

「そんなの無いから。グラッセからでいいよね、はいっ、口開けて」


「……毎回言ってるが、箸を渡してくれた自分で食べるぞ」

「一々受け渡しなんてやっていたら面倒でしょ。だから、はいっアーン!」


「あむっ……もぐもぐ。小っ恥ずかしいから俺的には、少し抵抗があるんだが」

「幼馴染みなんだから、問題無いでしょ。それで、その……美味しい?」


「俺好みの甘さで、普通に美味い」

「そっ、よかった」


「何か前回寄りも甘めになってるが、瑠菜もこのぐらい甘い方が好きなのか?」

「えっとまあ、いつもユウちゃんが食べてくれるから、

 少しでも美味しく食べてもらえるようには、合わせてる……かな」


「別にそこまでしなくてもいいのに。俺は味見程度で食べられれば満足だぞ」

「あたしが好きでやってるだけだから、ユウちゃんは気にしなくてへーきっ!」


「なら良いんだが……何かいつもより優しくないか? お前?」

「人の好意は素直に受け取るべきでしょ。

 だから、はいっ! もう一個だけオマケしてあげる!」


 そう言って、瑠菜はニコニコと楽しげな様子で俺にオカズを差し出していった。

 変なことを企んでなければいいんだが……

 まあ、瑠菜がすることなんてどうせ大したことないことだから、

 別に構わないが、一応注意しておこう。


 こんな風なやり取りをやっていると、バサッと何かが床に落ちる音が聞こえた。

 音の方を振り向くと、柔らかな微笑みを向ける真白が

 教室の出入り口に立っている。

 彼女の足下には一冊の教科書が落ちており、音の発信源がそれだと察した。


「おーい、真白。大丈夫か?」

「う、うん。ちょっと手が滑っちゃった。あ、あはは……」


 真白はしゃがみ込み、教科書を拾い上げると

 スタスタとこちらへと早歩きでやってきて、小首を傾げる。


「ごめんなさい、待たせちゃったみたいで」

「マシロン平気だよ。今さっき食べ始めたばかりだから、早く一緒に食べようよ」

「うん、待っててくれてありがとう」


 そして真白は、職員室でもらった教科書を自席の机の中へとしまうと、

 俺と同じく菓子パンの袋を持ってこちらへと。

 座る席については、ちょうどお昼に出ていて本人不在の椅子を借りた。

 戻ってきたら、あとで一言をお礼を言おう。


「真白もパンを持ってきたのか」

「引っ越したばかりで、まだバタバタしてて。

 いつもだったら、お弁当を作ってるんだけどね」


「真白も瑠菜もすごいな。俺は作ったとしても、

 たぶん二日間ぐらいでギブアップだ」

「そういえば、雄太くんのご両親は別の場所でお仕事してるって、言っていたよね」


「そうだな。母さんが家にいたときは、弁当を作ってくれたんだが……

 一人だと作るのが億劫になる。

 まあ、その分糖分補給で菓子パンを食べられるのはいい」

「雄太くん甘いの好きだもんね。

 そうだ、これスーパーで新発売だったから買ってきたんだけど、

 雄太くんは食べたことあるかな?」


 真白は手に持った菓子パンを、自身の顔の前へと持ち上げ強調すると、

 遠慮がちにその後ろから顔を覗かせた。


「なになに……森屋の贅沢志向のクリームパン。

 おっ、すごく美味そうなものを買ってきたな」

「良かったら雄太くんも、味見してみる?」


「いいのか? だけど真白はそれしか持ってきてないだろ。

 俺が味見したら、食べる量がそこそこ減るぞ?」

「小食だから、少し食べたら私は大丈夫」


「小食でも限度があるだろ。良かったら……と言っても、

 いつも売ってる定番のやつだけど、俺のを少し分けようか?」

「……だったら、少しもらおうかな」


「ねぇねぇ、マシロン。あたしの弁当のオカズも献上するから、

 あたしにも一口だけちょうだい」

「うん、いいよ。私も瑠菜ちゃんのお弁当が気になっていたの」


「自信はあるけど、もしもマシロンの口に合わなかったらごめんね」

「雄太くんが美味しそうに食べてたんだから、美味しいに決まってるよ」


「そんなにハードルを引き上げないでよ。

 それで微妙な顔されたとき、傷付いちゃうからさ」

「ふふっ、慌てる瑠菜ちゃんも久しぶりに見てみたいから、やっちゃおうかな」


 その後、三人で各々のお昼ごはんをシェアし合い、

 和やかな空気の中で昼食を食べ終えた。


 当然、瑠菜が作った弁当は真白にも好評で、

 俺を余所に料理談義が繰り広げられたことは言うまでも無い。


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