第5話 自己紹介よりも、クラス紹介よりで


「ではでは、今日からみんなの新しいお友達になる子を紹介しますね」


 担任の笹山先生は、ちんまりとした体躯をせかせかと動かしながら

 教室に入ると、その後ろからすでに見知った顔が現れる。


「それじゃあ、古月さん。自己紹介をよろしくお願いします」

「古月真白です。みなさん、これから二年間よろしくお願いします」


 少し緊張した面持ちの真白だったが、難なく自己紹介を終え、

 クラス内に拍手の音が響き渡った。


「……すげぇ可愛いじゃん」

「綺麗な髪、どんな風にお手入れしてるんだろ。羨ましい……」

「顔もスタイルも良いし、これから一年一緒のクラスとか、最高じゃね?」

「彼氏とかいるのかな……あとで訊いてみようよ」


「ふっ、ふーん……。ちょっとだけ可愛いのは認めるけど、

 わ、わたしと比べたら、まだまだ何だから」


 朝のホームルーム中にも関わらず、楽しげな会話とそれぞれの思惑が溢れ出す。

 ざわめき立つ教室に、流石の笹山先生も大声で制止を始めた。


「みーなーさーんっ! ほかのクラスもホームルーム中なので、

 静かにしてくださーい!」


 各々会話が盛り上がり、笹山先生の注意など耳にもせずに、

 ざわざわとした喧噪が膨れていく。


 アウアウと泣きそうな顔で笹山先生は困った様子だ。

 それを見かねたクラス委員長の音泉綾音が、持ち前の良く通る声で、

 この場の空気を静める。


「みんな、静かに! 今はまだ授業中よ、お喋りなら休み時間にしましょう!」


 凜としたその一声で、徐々に静まり出す教室。

 普通なら、こうも簡単に聞き分けることなどないだろうが、

 演劇部の部長を務めるその声量か、それとも生まれ持ったカリスマ性か。


 ゆえに、真面目な性格と容姿端麗な要素も合わさって、

 このクラスの中心として支持を得ている。


「ええっと、それじゃあ古月さんの席は窓際の一番後ろの席になりますが、

 黒板が見えづらいとかありますか?」

「いえ、問題無く見えますので平気です」


「でしたら良かったです。ではではみなさん一限目が始まりますので、

 授業の用意をしてくださいね」

「はーい!」


 笹山先生は手をヒラヒラと振りながら教室を出て行き、入れ替わりで

 一限目の担当教師、熊のように大柄な、大文字先生が入ってきた。


「おーしっ、転入生で盛り上がっているところ悪いが、気持ちは切り替えていけよ。

 とりあえず、5分だけ待ってやるから、まだ準備が終わっていないやつは

 教科書ノート諸々、机に出せよー」


 真白の登場で若干騒がしくなりながらも、滞りなく授業が行われる。

 真白に対する好奇心。その熱を教室中に漂わせながら。


 そして、一限目が終わって数分の短い休憩時間に入ると同時に、

 真白の周りには人だかりができる。


「ねぇねぇ、どこの学校から来たの?」

「わっ、やっぱり綺麗な髪! いつもどんな感じに髪の手入れしてるの?」

「古月さんスゴく可愛いし、彼氏とかいるでしょ!」


「ええっと、そんな一斉に訊かれても、答えられないよ」


 質問に次ぐ質問。

 俺が同じ立場だったとしたら、ゲンナリしてしまうのは確実だろう。


「……やれやれ、転入生ってのは大変だな。幼馴染みとして同情するぜ」

「ユウちゃん、そんなことを言ってないで、マシロンを助けに行くよ!」


「あの集団の中に、俺が突っ込めと?」

「大丈夫、あたしも一緒だから!」


「おい、俺がああいう騒がしいところに入っていくのが苦手なのを、

 お前は知っているだろ」

「ユウちゃんの骨は拾うから安心して。

 さあ、ガって突撃して、マシロンを助けようっ!」


「手を引っ張るなって。人の話を――」

「みんなみんなっ。マシロンが困っているから、それぐらいにしてあげて!」


「あれ? 瑠菜っち古月さんと知り合いなの?」

「そうだよ。マシロンはあたしとユウちゃんの、小学校の頃からの

 付き合いなんだ~」


「へえ、そうだったんだ」

「ってことで、あたしたちもマシロンとお話しとかしたいから、

 ちょっと借りてくね!」


 真白の返事も聞かずに、瑠菜はぐいっと座っていた彼女の手を引いて

 教室を出て行った。


 中々に強引な会話術。

 というか、言葉のキャッチボールを無視した瑠菜流の論法で、

 クラスメートたちに囲まれていた真白を、文字通り救出した。


 残された俺に、クラスの人間からの視線が刺さる。

 ……ああ、完全に面倒ごとを押し付けられた。


「おーい、雄太の彼女が古月さんを連れ去ったけど、大丈夫かー?」

「別にあいつは彼女じゃねぇよ」


「あっ、そうだった。正確には、雄太の嫁さんか」

「どうしてそうなる」


「ねぇねぇ、それで古月さんと幼馴染みってほんとな感じ?」

「真白がよそに引っ越して、会っていない時期もあるけど、一応幼馴染みだ」


「あんな可愛い幼馴染みが二人もいるとか……雄太テメェ、

 地獄に突き落とすぞゴラァ!」

「なぜそこまで明確な殺意を向ける。暴力反対」


「うるせーっ! 阿部さんっていう、あんなにも明るくて良い子な幼馴染みと、

 ずっと一緒のクセしてよ」

「ちょこちょことあいつがくっついているだけで、

 俺がどうとかじゃないんだが……」


「言い訳するなよ。加えて古月さんっていう、あんなどこか儚げで、

 正統派美少女とも幼馴染みとか……テメェは万死に値する!」

「そうだそうだっ! 隣の家が男の幼馴染みで、キャッキャッウフフ的な要素も

 クソもねぇおれらをバカにしてんのか!」

「もう我慢ならねぇ! 雄太のチ○コを引き抜け! 二人を汚させるな!」


 その号令と共に、クラスの男子がバスケやサッカーのディフェンスのごとく、

 鮮やかな連携で俺の逃げ場を制限する。

 じわりと、俺の額に汗が浮かんだ。


「おいっ、どういうつもりだ!」

「へへっ、おとなしく捕まりな。抵抗しなければ、痛いのは一瞬だけだ」


「タマ寄越せやゴラァ!」

「殺意マシマシじゃねぇか!」


 中々にマズい状況。

 こんなとき、助けを求めるとしたら……っ!


「小坂っ! 助けてくれっ!」

「――ほうっ、どうやらオレの出番の用だな」


 俺を囲うクラスの男子。

 そのあいだをヒラリと縫うように抜けて、

 小坂が顎に手を遣って決め顔で現れる。


 器用なやつだ。

 そんなことを思いつつも、背中合わせになって問い掛ける。


「このピンチな状況。抜け出す手はあるか?」

「手はあるさ。だけど、それにはお前の力がいる」


「その答えを待っていたぜ。それで、俺は何をすればいい?」

「なーに簡単さ。古月のスリーサイズを、後で教えてくれればいい」


「……頭、湧いてんのか?」

「おいおい、こいつは大事な取引さ。デッド・オア・アライブ。

 情報って言うのは、命に等しいものさ」


「それで、なんで真白のスリーサイズに繋がるんだよ?」

「情報ってのは、鮮度と正確性が重要だ。話題の転校生、

 その秘密っていうのは学園の男子なら誰だって欲しがる」


「だったら、なおさら教えられるわけがないだろ、そんなもん」

「いいのか、鈴木? この瀬戸際で、オレという助け船がなくなれば

 お前は身体の一部がもがれる。もがれなくても、最悪晒される」


「理不尽すぎるだろ。俺が何をしたっていうんだ」

「あんなに可愛い幼馴染みがいることを公言したら、こうなることは必然だ」


「このクラスの男は、それだけ女に飢えてるのかよ」

「いや、一部の過激派だけだ。そいつらリア充に対して、

 強いアレルギー反応を示す。今の状況みたいにな」


「アホと変態しかいねぇ……」

「そんな奴らのために、日夜オレは女子たちのゴシップネタを

 取り扱っているんだ。要するに、静めるにはオレの力しかない」


「格好いい感じに言っているが、内容は黒に近いグレーだぞ」

 助けを求める相手を間違えたと、内心後悔する。


 こんなやり取りの中でも、ジリジリと俺を囲む円陣が縮まる。猶予は無い。


「人数差は圧倒的だ。しかも、奴らのこの無念に溢れた負の気配……

 激戦になることは間違い無いぞ」

「売れっていうことかよ、真白のことを……っ!」


「助かりたければ、選べ。この状況を打破する方法は、これだけだ」

「――俺は、売らねぇ。俺は……俺は、戦って生き残ってやる!」


「なっ!? しょ、正気か!?」

「自分可愛さのために真白を売ったら、俺はきっと後悔する。

 だったら、後悔しない道を俺は選ぶ」


「……ふ、ふふっ、そうか。それがお前の答えなら、もうオレは止めないさ」


 俺はゆっくりと息を吐き、拳を固めた。

「やってやる……やってやるっ! 行くぞぉおおおおおお!」

 そして俺とクラスメートとの、雌雄を決する戦いが、今火蓋が切られる。


「ちょっと男子! 騒がないのっ!」


 クラス委員長の音泉が、パンパンと手を叩いて俺たちのあいだに割って入った。

 そして入り込んでいたこちらのことなど気にも留めずに、

 散れ散れと手を扇いて男たちを席に戻していく。


「鈴木くんも小坂くんも、早く席に戻りなさい。次の授業が始まるわよ」

「あっ、ああ、わかったよ……」


 スタスタと自席へと戻る音泉。

 残された俺は小坂の顔を見ずに言う。


「なあ、小坂」

「何だよ鈴木」


「また同じような状況になったら、今度からお前じゃなくて、

 委員長に助けを求めるわ」

「……」


 その後、瑠菜と真白……そして、いつの間にか一緒に付いて行っていた、

 クラスの女子たちが、ぞろぞろと教室に戻ってくる。


 ……どうやら俺たちがどうでもいい騒ぎをしているあいだに、

 別の場所で話していたようだ。


 男子たちが知らぬ間に、女子たちのあいだでは真白との距離が縮まっており、

 俺はその様子をゲンナリと机に突っ伏し、眺めるのであった……。

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