第3話 フレンドの名は『クロエ』


 外に干していた洗濯物を取り込んだり、朝に使った食器を洗浄機にセットしたり。

 家のことを諸々済ませた俺は、シャワーを浴びていた。


「……色々とやらかしたが、まあ真白に会えたのは素直に嬉しいな」


 頭と身体を洗いながら、本日の反省会をしつつ風呂場から出る。

 用意していたバスタオルを手に取って身体に巻いたその時、姉さんが現れた。


「雄太、邪魔するぞ。手が洗いたい」

「姉さん……。俺が風呂に入っているときはノックしてって、前にも言っただろ?」


「すまない。だけど私と雄太は姉弟なんだ。裸を見ても何も問題は無い」

「はぁ、姉弟でも距離感は大事でしょ。

 姉さんだって、俺に裸を見られたら隠すだろ?」


「ふむ……知らない誰かなら嫌悪感があるが、弟である雄太なら

 私としては問題は無い」

「聞いた俺が間違いだった」


「それと雄太。ただいま、お姉ちゃんが帰ってきたぞ」

「ああ、お帰り。とにかく、さっさと手を洗って洗面所から出て行ってくれ」


「そうか……お姉ちゃん、少し寂しい」

「風呂上がりくらい、さっさと身体を拭かせてくれ」


「お姉ちゃんが手伝おうか?」

「結構だ」


「そうか。これが成長……お姉ちゃん離れ、か。……寂しいものだな」

「姉さん、感傷に浸るのはそれぐらいにしてくれない?

 あとで晩ご飯、一緒に食べてあげるから」


「そうか。だったらお姉ちゃんがお風呂から上がったら、一緒に食べようっ」

「はいはい……」


 姉さんはご機嫌に鼻歌をしながら手を洗う。

 そして『ウキウキ』という擬音が出てきそうなくらいに、

 にっこりと満足げな表情で洗面所を出て行った。


 弟である俺に対して、かなりべったり……というか、

 絵に描いたようなブラコン具合。


 身内の贔屓目があったとしても姉さんは美人だし、スタイルも抜群だ。

 だからこうも近い感じを出されると、血が繋がっているとしても、

 対応に困ってしまう。


 着替え終わった俺は自室に戻り、点けっぱなしのパソコンの前に座って

 ゲームを立ち上げた。


 起動したタイトルは『レインボーエスケープ・レジェンズ』

 FPS、オンライン専用ゲーム。


 ルールは長方形に近い島で、ダメージゾーンが中央に向かって

 縮まっていくというバトルロワイヤル方式。

 クロスプラットホーム対応で、現在のプレイ人口が多いゲームタイトルの一つだ。


「姉さんが風呂から上がるまで、何試合か回すか。

 あれ、クロエさんとトシキチさんがログインしてる」


 オンゲーのフレンドである二人がプレイ中なのを確認し、それに飛び入り参加。

 因みに、俺のオンラインネームは【エナツ】。

 好きなゲームキャラから取った名前だ。


 するとモニターの右端に通話開始のメッセージが通知され、

 俺はヘッドセットを付けて応答する。


「【クロエ】さんお邪魔しますね」

『あら、いらっしゃい【エナツ】くん。こんな時間にログインするのは珍しいわね』


「ちょうど時間ができたんで、少しだけやろうかなって。

 もうちょっとしたら飯なんで、そのタイミングで一旦抜けますが」

『あら、そうなの。今は【トシキチ】さんとデュオだから、

 試合が終わったらトリオで入ってね』


「わかりました。待ってますね」

『あっ、画面共有しとくから、タイミングを見計らって入室してね』

「了解でーす」


 そして映し出される試合風景。

 目まぐるしい機動戦に、弾丸飛び交う銃撃戦。


 クロエさんは操作キャラクターが持つ、固有のスキルを生かしつつ、

 持ち前のエイム力に索敵力。

 そして縮まっていくダメージゾーンの見極めや、

 処理すべき敵とそうではない敵の判断など。


 積み重ねた経験を武器にして、華麗に屋外、屋内戦を制していく。


「うわっ、今のスゲっ……。相変わらず上手いですね」

『運が良かっただけよ。【トシキチ】さんのフォローもあったから、

 敵を倒すのもアイテム回収もスムーズにできてるだけよ』


「【トシキチ】さんのサポート力もスゴいですよね。というか、

 二人が組んだらほとんど隙が無いんで、ぶっちゃけ敵無しじゃないですか」

『あら、私としては【エナツ】くんも大事な主力メンバーよ』


「俺、個人的には付いていくのにギリギリなんで、

 足を引っ張っていないか不安なんですけど」


『過小評価し過ぎよ。【エナツ】くんはセオリーに沿った堅実な立ち回りが

 できる上に、思いにも寄らない大胆な戦術も組み立てられるんだから、

 十分力になっているわ』


「ありがとうございます。【クロエ】さんにそう言ってもらえると、

 何だか自信になります」


 こんな雑談をしながらも、流れるように手慣れたプレイが繰り広げられる。

 ダッフルバッグやジャケットに入ったレアアイテムの取捨選択に、

 壁や窓の補強に射線作りの工事、もとい破壊可能オブジェクトの撤去など。


 固有スキルの妨害トラップを設置する所作には一寸の狂いや、

 予備動作に対する無駄な動きはなく、驚くほどに完成していた。


 もしも彼女と敵として戦うことになったら、どれだけ入念な

 リスクマネジメントをしないといけないのかと、頭を悩ませることは間違い無い。


「――うおっ、チャンピオン獲った。グッドゲーム!」

『ふぅ、ありがとう【エナツ】くん。だけど反省点も結構あったわ』


「ははっ、相変わらずストイックですね【クロエ】さん」

『何をするのにも、楽しんでやらないとね。

 ほらっ、早く入って。締め切り終了しちゃうわよ』

「了解です。えっと、【トシキチ】さんにチャットしてっと……」


 トシキチさんはボイチャでは無く、チャット勢だ。

 因みに社会人で彼女がいるらしく、俺たちのグループに参加できないときは、

 まあ色々と察してほしい、とのこと。


 しばらくして、俺たち三人でゲームを数試合プレイした。

 良アイテムが出現しにくい引きの悪さや、チーターとの遭遇という

 不幸に見舞われながらも、何とか三人でチャンピオンの座を獲得する。


「うしゃっ! 最後、かなりギリギリの戦いでしたね!」

『お疲れ様。あれはヒヤヒヤしたわ。

 まさか、産廃武器のトザンショットガンで、HPギリギリの

 インファイトを繰り広げることになるなんて、想像もしなかったわね』


「装填数と連射力的に、直接殴った方が強いとか思っていましたけど、

 流石に撃ち合うのが正解でしたね」

『一発でも外したらダメージレースで負けていたから、

 純粋なエイム力勝負に持ち込めたのが良かったわ』


「最後の最後で【クロエ】さんに繋げられて安心しましたよ」

『あれはナイス判断だったわ。【エナツ】くんがダメージゾーンに

 相手を誘い出してくれたから、一対一の真っ向勝負に持ち込めたんだから』


「【トシキチ】さんのフォローもありましたし、一番強かった敵を

 引き付けてくれた【クロエ】さんの立ち回りのおかげですよ」

『ふふっ、チーム力の勝利ね。誰も欠けずに最後まで残れたのが最大の勝因だわ』


「確かに。誰か一人でもいなかったら、人数差で押し負けていましたね」

『あら、【トシキチ】さんログアウトするみたいね』


「チャットで『お疲れ様でした』っと。俺もそろそろ飯なんで、そろそろ落ちますね」

『ええ、わかったわ。それにしても、今回も【エナツ】くんの

 立ち回りには驚かされたわ』


「【クロエ】さんに驚かれると、何だか不安になるですけど」

『もうっ、良い意味で言ってるのよ。今日の動きなんて、普通だったら

 攻勢に出て数を減らすべきところで、防衛に回った方が良いって

 助言をしてくれたから、最後の最後でそれが生きたんだから』


「そういえばそうでしたね」

『運の良さも追い風になったと思うけど、あれは不思議だったわ。

 どうしてあんな判断になったのか、参考までに教えてもらってもいいかしら?』


「いや、全然参考にはなりませんよ」

『そうでもないわ。人の感覚って、時として驚くべき発見があるもの何だから』


「そんな大層な話じゃないですが、一応話しておきます。

 何というか今日に限って、俺の周りで変に偶然が一致しちゃったんで、

 下手に攻勢に出たら嫌なことが起こるかもと思いまして」


『それはユニークな視点ね。都合が悪くなければ確認しておきたいのだけど、

 あなたの周りで何が起こったのかしら?』

「本当にどうでもいいことなんですけど……」


 俺は今日の出来事を説明した。


 幼馴染みの真白に借りていた、通信ケーブルを返し忘れていたこと。

 真白が引っ越してきて、俺の家に尋ねてきたこと。

 そして、同じ学園に通うことになったことを。


 当然だが、真白の名前については幼馴染みの女の子と伏せて。


『……あら、そう。そんなことがあったの』

「凄い偶然もあるんだと、驚きましたよ」


『……【エナツ】くんに、女の子がね。ふーん』

「えっと、どうかしました?」


『ふふっ、何でも無いわ。そういえば、この話で初めて知ったのだけど、

 【エナツ】くんって学生だったんだ』

「あれ? そういえば俺、言ってませんでしたっけ?」


『初耳ね。普段はゲームの話しかしないでしょ。だけど安心して、私も学生だから』

「えっ、そうだったんですか」


『あらっ、そんなに驚くの?』

「なんて言うか、大人びた感じの口調や声、落ち着き方だったんで」


『失礼ね。これでもまだ16歳よ』

「お、同い年……じゃん」


『……凄い偶然って、案外重なるものね』

「本当にそう、ですね」


『だったらそんな硬い口調はしなくても平気よ。だって私たち同い年、でしょ?』

「【クロエ】さんとはずっとこの調子だったから、慣れないかも」


『正直に言うと、【エナツ】くんのその話し方に、私としては

 少し距離感があったのだけど……変えてくれないの?』

「……善処します」


『ふふっ、冗談よ。本音を言えば、どちらでも構わないわ。

 あなたが私と話しやすいなら、どんな話し方でも、ね』

「何と言うか……そういうところが大人びてるんだよな、【クロエ】さん」


『私はそんなつもりはないのよ。まあでも、私たちは昨日今日の

 付き合いじゃないし、一緒に戦ってきた仲間でしょ。

 もっとフランクでも構わないのよ』

「えー……一体どっち?」


『さて、私はどちらが嬉しいでしょうか? ふふっ』


 そんな調子でいじられながらも、俺と【クロエ】さんはお互いのことを

 さらに知って交流を深めつつ、通話を終えた。


 いつも遊んでいたオンラインゲームで知り合った子が、同い年だったという事実。


 今日の出来事から派生した偶然とはいえ、その繋がりには色々な意味で

 驚かされることばかりだった。


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