第2話 運命的で、どこか計画的で。


 五月半ばの心地よい時期。

 休日の日中は、晴れた空の下で遊ぶ子供たちの笑い声が響き、

 配送のバイクがブルルっと発車して、次の家屋へと遠のいていく。


 俺は自宅マンションの玄関で、様々な音を耳にし、

 変わらぬ景色を遠目で見ながら情緒を何とか耐えていた。


「え、えっと、久しぶりだな」

「うん、私が小学校三年の時に引っ越したから、八年ぶりぐらいかな」


「あ、ああ、確かそれぐらいだったか。正直、色々と驚いてる」

「んっ、どうしてかな?」


「ちょうど真白の話をしていたからさ。それで本人が急に来て、

 ビックリするくらいなミラクルが重なって、動揺してる」

「そうなんだ。私、何だか運命的なタイミングで来ちゃったんだね」


 俺は責められるのかとビクビクとしていたが、

 真白は柔和な笑みを浮かべたまま、そんな素振りは見せない。


「うん、そうだな。それでえっと……通信ケーブルだっけ?」

「アドベンスの通信ケーブル、雄太くんは覚えてる?

 小学校の頃、クルモンの交換で一緒に使ったよね?」


「覚えてる……というか、ちょうどさっきまで、その話をしていたんだ」

「えっ、そうだったんだ」


「何か、ごめん。返すの忘れてて」

「ううん、雄太くんだったら全然良いよ。ねえ、あがってもいい?

 お菓子買ってきたんだ、一緒に食べよ」


「上がるのは構わないけど……久しぶりに会ったのに、何だか悪いな」

「会えなかった期間は長かったけど、私と雄太くんは幼馴染みでしょ。

 久しぶりに顔を合わせて、色んなことを話したいんだ、私」

「ははっ、ありがとな。大したもてなしできないけど、どうぞ」


 不幸にもタイミングが重なり、罪悪感に駆られていたが、

 思っていたのと違う真白の対応に少しずつだけど心に落ち着きを取り戻していた。


 真白を家へとあがらせる。

 ふわっと、瑠菜とは違うフローラルな香りが鼻腔を撫でた。


「お邪魔します。雄太くんのご両親とお姉さんは、いるのかな?」

「父さんと母さんは仕事の都合で、今は別のところで暮らしてる。

 姉さんは仕事で出掛けてるよ」

「それじゃあ、私と雄太くんの二人っきり、だね」


 ドキッとする。

 子供の頃に一緒に遊んだ女の子が、綺麗になって俺の家にあがった。

 期待しそうになる。が、残念なことに先客がすでにいる。


「いや……瑠菜が遊びに来てるよ。覚えてるだろ、うちの隣に住んでるあいつ」

「えっ……そう、なの?」


 定かではないが、真白の声がどこか気落ちしたように聞こえた。

 俺は久しぶりに再会した幼馴染みと、二人っきりでいるのが妙に

 恥ずかしくなり、自室で待機している瑠菜に助け船を出すことにする。

 扉を開けると、ぺらぺらと人生ゲームのお金を並べる瑠菜の姿が目に映った。


「おーい、瑠菜。噂をすれば何とやらだ。真白が来たぞ」

「えっ、マシロン!? ホントにっ!?」


「瑠菜ちゃん、久しぶり。小学生の頃と比べて、すごく可愛くなったね」

「マシロンこそ、すっごく大人っぽくなって。見違えちゃった!

 ねっ、ユウちゃん!」


「俺も顔立ちとかで真白だとわかったけど、何かお淑やかな雰囲気が増して、

 お嬢様って感じだ」

「えへへっ。そ、そうかな。照れちゃう。

 雄太くんも身長とか高くなってて、格好いいよ」


「んぐぅ……小っ恥ずかしいな、この感じ」

「おやおや~。ユウちゃん、マシロンに褒められて照れてる。可愛い~」


「うるせぇ、ちんちくりん」

「何をぉ! 身体以外が大して変わらないユウちゃんに言われたくないよっ!」


「お前も少しデカくなった程度で、結局変わっていないだろ」

「何言ってんの! ユウちゃんと違って、あたしも色々とオシャレしてるから!

 いつも同じ感じの服着て、ゲームして引きこもってるユウちゃんとは違いますぅ」


「お前もいつもいつも人の家に入り浸って、ゴロゴロしてるだろ」

「それはユウちゃんが寂しいから遊んでるだけだから。

 ほっといたらユウちゃん、ずっと一人でゲームしてるでしょ」


「一人じゃないからな。オンラインでほかの人とゲームだってやってるわ」

「リアルでの繋がりの話! もうっ、ユウちゃんはすぐに揚げ足取ってくる」


 いつもと変わらない、じゃれつきに似た言い合い。

 それを隣で伺っていた真白は、クスッと口元を抑え笑った。


「うふふっ、雄太くんも瑠菜ちゃん仲良いな。私、少し嫉妬しちゃうかも」

「あっ、ごめんねマシロン。座って座って」


「どうしてお前が仕切るんだよ、たくっ。

 さすがに俺の部屋で三人は狭いし、リビングに行くか」

「あれっ? マシロンが持ってるの、もしかして駅前の富士ケーキ?

 あそこの美味しいよね!」


「瑠菜は机にあるコップを持ってくれ、俺がコーラ持つから。

 真白、少し散らかってるかもしれないけど、先に行って座っててくれ」

「うん、わかった」


 真白を先に行かせ、俺と瑠菜は持ち込んでいたコーラとグラスを運び出す。

 散らかっているとは言っても、俺と姉さんしかいないから、

 朝食べたパンの袋がテーブルに放置されてるだけ、場所には余裕があった。


 真白の分のコップに、買ってきてくれたケーキを乗せるお皿やらフォークを

 用意し、俺たちは席に着いた。

 俺の正面に瑠菜と真白が隣同士で座り、二人のコップに飲み物を注ぐ。


「だけど、急にうちに来たから驚いたな。

 というか、通信ケーブルの件は申し訳ない……」

「もうっ、そんなに謝らなくても平気だよ、雄太くん」


「ユウちゃんはさっきまで、通信ケーブルを借りたままだったこと、

 すっかり忘れてたんだよ。マシロンは、ちゃーんと覚えてたのに」

「うぐぅ、弁解の余地もございません」


「ほらほら、マシロンも言ってやりなよ」

「えっ、そんなことできないよ。確認しなかった私も悪かったんだし。それに……」


「それに?」

「こうやってきっかけがあって、また雄太くんと再会できたし。

 悪くも、無かったかなって」


「そうだよね。理由はどうあれ、中々の偶然だよね。

 というか、マシロン、あたしのことは~?」

「あっ、もちろん瑠菜ちゃんにも会えて嬉しいよ」

「やった~! あたしも嬉しいよ、マシロンっ!」


 瑠菜は隣に座る真白に軽く抱き付き、彼女は少しくすぐったそうに身を揺する。

 その表情は柔らかな笑みが浮かんでいた。


「それで、真白が顔を見せてくれたってことは、今この辺りに住んでいるのか?」

「うん。ちょっと色々あって、ここの向かいにあるマンションに引っ越して来たの」


「えっ! じゃあ、あたしたちのお向かいさんじゃん!」

「最近目の前の道路で、引っ越し業者のトラックを目にした覚えがあったけど、

 真白が越してきたからか」


「タイミング的にはそうなるかな。

 本当だったら、すぐに挨拶に行きたかったんだけど、忙しくって」

「荷解きとかで大変だもんな。結構片付いたのか?」


「ほどほどって感じかな。運んだ荷物もそんなに多くなかったから、

 もう少ししたら終わると思うけど」

「昔からマシロンはきちんとしてたからね。そういうところ尊敬するよ」


「そんなことないよ。通信ケーブルだって雄太くんのところに忘れちゃうしさ」

「マシロンは悪くないよ。引っ越しちゃって、取りに来られなかったんだから」


「……にしても、真白も電話ぐらいしてくれたら、引っ越し前でも、

 引っ越した先でも探して送ったのに」


 この質問に対して、真白は返答に躓いたのか。少し曖昧な言い方をする。


「え、ええっと……あの時も、私がどこかに無くしちゃったんじゃないかなって、

 わかんなくて。雄太くんを疑うのも嫌だったし」

「なるほどな。俺もうっかりしてたし、あまり人のことを言えないけど」


 真白の言い方にどこか含みを感じたが、深くは踏み込めない。

 下手にこの話を続けたら、俺自身の墓穴を掘りそうだ。

 話題を変えようとした矢先に、感情を包み隠さない声が響く。


「あっ、このケーキ美味しい!」

「おっ、確かに美味いな。俺が好きなケーキばっかりだし」


「喜んでくれて嬉しいな。雄太くんが甘いの好きなのを覚えてたから、

 ケーキにしたんだ。オーソドックスなケーキしか買ってないけどね」

「わざわざ選んでくれたんだから、それだけで嬉しいよ。

 真白には今度、ちゃんと何かお返しするから」


「確かにそうだね。あたしもマシロンが好きなの準備しておくから、

 遊びに来なよ。ユウちゃんのうちにさ」

「俺んちを集会所にするつもりか。

 いや、まあ姉さんがいない時間とかだったら、迷惑にならないから構わんけど」


「そんな、悪いよ。私は好きでやってるんだから」

「マシロン、遠慮しなくて大丈夫だよ。昔みたいに一緒に遊ぼっ!

 ねっ、ユウちゃんもそう思うでしょ」


「俺は真白が嫌じゃなかったら、全然問題無いぞ」

「嫌とかそんなのありえないよ。また、雄太くんと一緒にいてもいいの?」


「もちろんだ」

「だったらお言葉に甘えよう、かな。

 少し会えなかった時間が空いちゃったけど、よろしくね」


「やった! そういえば、マシロンが通う学校って『初音学園』だったりする?」

「その学園だけど、もしかして瑠菜ちゃんと雄太くんも同じ初音学園?」


「そう一緒だよ! 家も近くて同じ学校だなんて、あたし最高だよ!」

「ほー、真白も初音学園なのか。だったら学園でもよろしくな」


「うん、わからないこともたくさんあると思うから、

 色々と教えてもらえたら嬉しいな」


 俺たち三人は、離れていた時間を埋めるように会話に花を咲かせた。

 そして昔と変わらない夕焼けチャイムの音を合図に、「また明日」と。


 ――因みに、真白に返す予定だった通信ケーブルは、

 会話に夢中になったせいで渡すのを忘れてしまった。


 ……また今度、ちゃんと返そう。

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