ビーレンダー! 幼馴染みのゲーマーとオンゲーで知り合ったゲーマーと。

モリシゲル

第1話 通信ケーブル、どこにしまっていました?


 隣に住む幼馴染みの阿部瑠菜あべるなは、俺の部屋のベッドにいた。

 彼女はうつ伏せに寝っ転がり、足をパタパタとさせ、不満げな口調で言う。


「ユウちゃん、笛の効果切れてるよ。バフ早くぅ」

「言わんでもわかってる。こっちもスパアマ切れて避けてんだ」


「あっ、吹っ飛んだ……って、ヤバヤバっ! ピヨったピヨった!

 モンスターツッコんで来た、あほがぁ!」

「だーっ、わかってから耳元で喚くな! 粉塵撒くから落ち着けって!」

「乙る乙る! ――あっ死んだ」


 ゲーム画面に虚しく浮かぶ、クエスト失敗の文字。

 俺はベッドの端に背中を預けながら、真後ろの瑠菜を見ずに言う。


「……気絶耐性を積めって言ったろ」

「もうっ! わかってるけどスロットに空きが無いんだよ!

 そもそもユウちゃんがバフ切らせなかったら、勝てたじゃん!」


「3乙したのはお前だろうが」

「援護が足りないんだよっ!

 バフと回復をしっかりしてくれたら、た~お~せ~て~た!

 だからユウちゃんのせいっ!」


「ド下手くそが。ハンマー捨てて、ランスで盾構えておけよ」

「あたしはヘタクソじゃないから!

 ハンマーでグルグルして殴ったり、ドッカーンって

 4桁ダメージ叩き出したりしたいんだよ! ハンマーだけに!」


 瑠菜は今の感情をダイレクトで示すように、バンバンとマットレスを叩き揺らす。


「つまらんこと言ってないで、さっさとクエスト選べ。

 俺はコーラ取ってくるから。……あと、勝手に部屋を漁るなよ」


 ベッドに背中を預けていた俺は、手に持っていた携帯ゲーム機、

 『レバッチ』を寝っ転がる瑠菜の横に置いて立ち上がる。


「えっ、ユウちゃん。それは漁れって言うフリでいいの?」

「このあいだ瑠菜が来たときに、クローゼットの中を漁ろうとして、

 ギリギリで繋いでいたスーパーパミコンのコードに引っかけて抜いただろ。

 忘れたか?」


「あれは延長コードで繋げなかったユウちゃんが悪いじゃん。

 レトロゲームやりたいって急に言い出してさ。

 コードの準備もちゃんとしないで、頑張ればギリいけるとか」

「PCの電源とかLANケーブル周りはいじりたくないんだ。

 あれは仕方が無い、抜くやつが悪い」


「……ユウちゃんが整理するの、嫌なだけでしょ」

「とにかく、前みたいなことは勘弁だから、変なことするなよ」


「信用無いな、あたしー」

「日頃の行いだ。おとなしくしてろ」


 自室の戸を引き、廊下を通って台所へと。

 冷蔵庫にマグネットで張られた、家族写真。

 俺と姉さんに、父さんと母さん。鈴木家一同で旅行に行ったときに残した物。


 今は父さんが実家から離れた社宅で暮らしていて、父さんラブな母さんも、

 それに付き添って一緒に暮らしている。

 なので今この家で暮らしているのは俺と姉さんだけだ。


 2リットルのコーラを冷蔵庫から取り出して脇に抱え、

 グラスを2つ持って部屋に戻ると……。


「瑠菜、俺は漁るなって言ったろ?」

「にへぇ、好奇心に負けてしまいまして。

 それよりもユウちゃん! あたし、お宝を掘り出したよっ!」


「ボドゲ……人生ゲームか。ずいぶん懐かしいのを引っ張り出したな」

「でしょ! 本当はジュマン○みたいに雰囲気がある物があれば良かったんだけど、

 コレしかなかった」


「その流れだと、俺が数十年間ジュマ○ジに閉じ込められるじゃねぇか」

「まあクリアすれば何だかんだハッピーエンドなんだから、平気平気」


「いい加減だな、お前は」

「ユウちゃんよりはしっかりしてると思うよ、あたし」


「そうかい。んで、何だ?

 モンスターを狩るのをやめて新しい世界に転生したいとでも言うのか?」

「たまにはモンスターがいない世界で、人生を謳歌するのも悪くないでしょ」

「散々喚いて身勝手なやつ」


 さっきまでやられてうだうだ言っていたのにも関わらず、

 今ではニコニコ笑顔を振りまく瑠菜。

 向日葵みたいな喜怒哀楽の変化に、俺は肩をすくめ、

 抱えている飲み物とグラスをテーブルに置いて話を続ける。


「まあ、やるのは構わないが、お金の管理とか面倒なんだよな……。

 それと取説は先に渡せ。約束手形とか衝突事故のルール確認は俺がする」

「あたしがやってもいいけど?」


「銀行の管理を瑠菜に任せたら、俺の役割が無くなるだろ」

「あー、なるほど。あたしに細々としたことを任せる、その前提で進めてたんだ」


「本音を言えば、借金の取り立てと事故処理で、お前にぼったくられたくない」

「ヒドっ!? あたしだってちゃんと、ルールに沿ってゲームするよっ!」


「小さい頃に説明書がみんな読めなくて、普段1万ドルのところ、

 2万取られて手形まみれになった記憶を俺は忘れんぞ」

「若気の至りだね。あの時はユウちゃんからの勝ち星は大量だった。まさに武勇伝」


「あんなのノーカンだ、ノーカン」

「スロットの出目が悪すぎて、失業と持ち家の炎上。ゴール手前の開拓地で、強制労

 働を強いられていたユウちゃん見て、ここにハマる人っているんだ、って驚いた」


「お前主導の無茶苦茶なルールと、橋を先に渡ったプレイヤーに

 通行料を支払うのが悪だ」

「そんな苦々しい昔のことを覚えているのに、それでもやるんだ」


「せっかく出したならやるべきだ。ゲームは遊んでこそ価値がある」

「ほう、ゲーマーの血が疼くわけですな。

 敗北を恐れるゲーマーは、ゲーマーにあらずと」


「そこまで言ってねぇよ。俺はシンプルに遊びたいだけだよ、

 ちゃんとしたルールで」

「要するに負けず嫌いと」


「うるせぇ。ボード広げるからスペース作るぞ」

「はいはい。でもその前にユウちゃん?」

「なんだよ?」


 瑠菜はボードゲームを両手で抱えながら、PC用デスクの隅に置かれた、

 スーパーパミコンをジトッと見た。


「とりあえず、一昨日辺りに遊んだスーパミを先に片付けよう」

「……まだ遊ぶだろ、たぶん」


「絶対遊ばないやつそれ」

「だけど遊びたくなった時に、もう一度しまっていたのを出すのは面倒、だろ?」


「だからユウちゃんはすぐ散らかすんだよ。

 今日だってジュースの空き缶、飲みっぱなしだったしさ」

「あれは飲みかけだった。飲みっぱなしではない」


「開いてる缶が2つ並んでる時点で、絶対に飲み終えてるでしょ!」

「捨てる際に確認したら、ちょびっと飲めたから、あれは飲みかけだ」


「屁理屈こねてないで片付けるよっ。あたしも手伝うから」

「……だったら遊び終わった後に、一緒に片付けてくれても良かったのに……」


「また何か言った?」

「何でもないよ。言われた通りにしますよ頑張りますよ」


 ゲーム機本体に刺しっぱなしのコード類を抜いて束ね、靴を入れてる小箱へ。

 ……正確には、スーパミ用になった箱に周辺機器諸々まとめてしまい、

 クローゼットへと。


 動き出すまでは億劫だったが、いざやってしまえばどうってことはない。


 瑠菜がいなかったら、きっと片付けることはしなかったと思う。

 いや、気持ちが乗った時に片付けていた。……たぶん。


 テーブルに置いたグラスに2人分のコーラを注いでから、一口飲む。

 シュワシュワと炭酸が舌で踊り、さっぱりとしたコーラの甘みに浸っていると、


「ユウちゃんユウちゃん。人生ゲームの箱から、通信ケーブル出てきた」

「……何でそんなところから、ケーブルが出て来るんだよ」


 それは姉さんたちの時代に流行っていた、携帯ゲームの関連アイテム。

 今ではゲームはワイヤレスでできるし、オンラインでのやり取りだってできる。

 骨董品というか、すでに遺物レベルだ。


「出てきた理由はこっちが聞きたいよ。ユウちゃんのじゃないの?」

「俺らは『ダブエス』世代で、本体に通信機能は搭載していただろ。

 姉さんが持っていた記憶もないし……」


「じゃあ、誰の?」

「最後に使ったのは確か……小学生の頃に、アドベンス版のクルモンで

 遊んだときだから……あっ、もしかしたら」


「思い出した?」

「えっと、覚えてるか? 真白のこと。古月こづき真白ましろ


「こづき、ましろ……真白……あっ、マシロンね」

「そう、あいつ。確か真白も小学校の頃に、アドベンス版のクルモンやっていて、

 通信交換で進化するクルモンがいたから、三人でうちで遊んだだろ」


「あー……何となく覚えてる、かな。1つしか手に入らない深海アイテムで、

 パパルルンの交換進化だっけ?」

「そんな感じだったか。それで図鑑埋めるので持ってきてもらって……

 たぶん返し忘れ」


「…………」

「…………」


「マシロンの連絡先は?」

「あいつ小学校の低学年で引っ越したろ。スマホも持ってなかったし、知らん」


「……つまり、借りパ――」

「いや……違うはずだ」


「否定されても、現にここにあるよ、ユウちゃん?」

「……あの時、交換が終わって、せっかくだからって、まだ買ったばかりの

 人生ゲームで遊んだだろ。わざわざ俺の母さんが持ってきてくれてさ」


「あたしも少しずつ思い出してきた。おばさんが持ってきたよね、人生ゲーム。

 それで?」

「三人で遊んでさ、夕焼けチャイムが鳴る頃に俺が開拓地にいてさ、

 ルーレット回してさ」


「返済のために泣きながら回してたね。続けて」

「そろそろ帰らなくちゃって話になって、開拓地から出られない俺を残して

 二人して清算始めたじゃん」


「つまり、どういうこと?」

「人生ゲームを持ってきた母さんと、片付ける際に間違えて

 箱にしまった瑠菜と真白、三人が悪いと思う」


「えっ、いや、飛躍しすぎっ! ユウちゃんも一緒に片付けたでしょ!」

「片付けるも何も、当時の俺の手持ちは自分の駒と手形だけだよ?

 家も職も無いよ?」


「だから確か、あたしたちが清算しているあいだに、

 ボードを折り畳むのにはめてた家のとか駒の回収とかをお願いして、

 ユウちゃんが箱に入れたでしょ。……もしかして」

「……オレ、ソコ、オボエテ、ナイ」


「ウソだよ絶対! ここまで鮮明に思い出してるのに、

 ユウちゃんの都合が悪いところだけピンポイントに覚えてないのは変だよっ!」

「た、頼む……や、やめてくれ。これじゃあ俺が、借りた物を返さない、

 クソ野郎になっちまう」


「過ちを認めて人は成長するんだよ、ユウちゃん。

 認めよう、『私は借りパクしました』って」

「ち、違う、違うんだ。俺は……俺はやってない。やってないんだ!」


「証拠は揃ってる、証言もあるよ。というか、半分くらい自白したでしょ」

「瑠菜には理解できるか? 返しきれない約束手形の山。

 失業し続けて、フリーターからずっと回し続けるルーレット。

 駒を進めるよりも回し続けた虚無レットの感触を!」


「特にわからないけど、借りパクした事実は変わらないよ。

 あと、あたしもすっかり忘れてたけど、あの時に図鑑の登録のために

 交換したヤマオーガ、返してもらってない」

「……」


 過去とは時に残酷だ。

 後悔……いや、幼き頃の罪と向き合わされた俺の耳に、耳馴染みの音が届く。


 ピンポーンと、電子呼び鈴。


「ユウちゃん。とりあえず、出てきなよ。話の続きは終わった後に聞くね」

「居留守、使いたい」


「配達物だったら迷惑でしょ? さらに罪を重ねるつもり?」

「……行けばいいんだろ、行けば」


 罪の重さでに膝から崩れ落ちていた俺は、ヨロヨロと立ち上がり、部屋を出た。

 気が重い。

 が、それでも人前に出るなら少しぐらい明るくしていないと。


 相手には関係が無いことだし、気分悪く対応するのは失礼だ。

 玄関までの廊下を歩きつつ、背筋に力を込めて強がりな覇気を出す。

 そしてサンダルを履いて扉を開くと――。


「――あっ、雄太くん、久しぶり。小学校の頃と、あまり変わってないね」

「えっ……ま、真白?」


――――――


 いつもと変わらない俺の日々。

 ダラダラとした高校生活を過ごし、仲の良い幼馴染みや友達と遊ぶ。

 特に変哲も無い、ただの日常を過ごすだろうと、俺は思っていた。

 しかし、今日という何でも無かったはずの日を境に、

 俺の生活は変わることになる。


「貸してた通信ケーブル、返して貰ってもいいかな?」


 ――古月真白との、再開によって。



 

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