第6話 隠れ家カフェの葉隠さん(2)


「今度はなにを始めたんですか?」


 掃除が終わったのだろう。いつの間にか戻ってきていたシュウ君が「あ、なにか飲みます?」と私に質問する。


 私が集中している時に話し掛けてくるのはめずらしい。

 そういえば、お店の片付けをしていたので、明日奈ちゃんと芽衣ちゃんに飲み物を出してあげるのを忘れていた。


「私は水でいいけど、二人にはジュースを出してあげて」


 とお願いする。「分かりました」とシュウ君。れた動きで対応すると、すぐに戻ってきて、私の前に常温の水ペットボトルを置く。


 ありがと♡――とお礼を言う私に対して、


「で、なにをしているんですか?」


 シュウ君は再度、質問をした。いつもは明日奈ちゃんや芽衣ちゃんがると一緒に談笑しているので、めずらしいと思ったのだろう。


「ああ、これはね――」


 と私は説明を始める。

 孫が生まれたことで『孫フィーバー』となったお客様――重森しげもりの奥様。


 しかし、今日、お店へ来た彼女は元気が無かった。そこで「大丈夫ですか?」と理由を聞いた所、お嫁さんと上手くいっていないむねを相談された。


 これは私の推測だが、余計な一言を言ったのだろう。

 孫をめたつもりで『後々のちのち禍根かこんを残す』というのはよくある話である。


 義理の両親の『孫フィーバー』に困る――という話は珍しくない。

 原因は過去にさかのぼるのだろう。


 例えば、お嫁さんからすると赤ちゃん中心となるため、生活のリズムが崩れ、子育てのプレッシャーで神経質ナーバスになりやすい。


 子育ての経験がない私でも、容易に想像はつく。

 そこへ、ちょっとした余計な一言。そういうモノが蓄積していったのだろう。


「だからね、心当たりを探すために資料を作成しているの」


 と私はノートPCの画面をシュウ君に見せる。彼は、


「へぇ、他の子と比べて『小さい』とか『大きい』とか……」


 言わない方がいいんですね――と感心する。

 初めての子育てなら、子供の成長が早くても遅くても不安になるモノだ。


 悪気がないのは分かっているが、他人ひとから言われたくはないのだろう。

 ただ、重森の奥様の場合は、否定的な意見を言った可能性が高い。


 例えば、子供が泣きまない時に「そんな抱っこの仕方だからダメなのよ~、貸してごらんさない」など言っていそうな印象イメージがある。


 ネットで検索すれば色々と出てくるのだが、けがないと調べないのかもしれない。シニアでも九割がスマホを持っている時代だ。


 状況を把握はあくできれば、後は自分たちでなんとかするだろう。


「そうみたい――だからね、月曜日に、ここで料理教室の撮影があるでしょ?」


 友達と見学にくるそうだから、調べた事を教えてあげる約束をしたの――と私。

 『類は友を呼ぶ』という言葉があるように、重森の奥様の友達も同じような悩みを抱えているそうだ。


 嫁姑問題で調べても、玉石ぎょくせき混交こんこうな情報が山ほど出てくるだけである。

 ヒアリングした情報を元に、私は現状を分析してみた。


 資料については、チャットAIを使うことで文章を作成する。

 後は料理教室で集まった際に相談を受けるつもりだ。


 料理教室の先生とは友達なので、後で連絡しておけばOKが出るだろう。

 彼女からは新メニューの助言アドバイスをもらっている。


「明日奈ちゃんたちに文章の確認をしてもらうね」


 と私は立ち上がる。

 イラストなども付いていた方がいいだろうから、二人に意見を聞こう。


 そう思っての行動だったのだけれど、不意にシュウ君が後ろから私を抱き締めた。


「へ?」


 と間抜けな声を上げる私。

 別にほどこうと思えば出来たのだけど、動きを止める。


「ど、どうしたのかな?」


 冷静なフリをよそおい、シュウ君に問い掛けると、


「すみません、何処どこかに行ってしまいそうだったので――」


 と答えを返された。


「ど、何処どこにも行かないよ?」


 ここに居るけど――『おかしな事をいうモノだ』と思いながら、私は返答する。

 同時に顔が火照ほてってしまうのを感じた。


 一方で、その返答に満足したのか、シュウ君は私を解放してくれる。


「すみません。いつも誰かのために動いているのを見て……」


 不安になりました――そんな言葉を私に返す。

 正直、ドキドキしてしまって、私は振り返れない。


 どう答えるべきなんだろう?――私が悩んでいると、


「ズルい!」


 と明日奈ちゃん。いつの間にか私のそばに立っていて、ギュッと抱き着いてきた。

 足にも同様の感触がある。そちらは芽衣ちゃんのようだ。


(いったい、なんなのだろう?)


 お陰で冷静になれたけれど、私はそんなにフラフラしているのだろうか?


「もう、皆……変だよ?」


 と私が困惑する中、明日奈ちゃんたちが私を席へと移動させる。

 シュウ君との会話が聞こえていたようだ。


 月曜日に使う資料を見てもらい、説明を行ったのだが、胸のドキドキだけは一向に収まらなかった。


 どうにも、私はシュウ君のことを完全に意識しているらしい――


 ここは隠れ家カフェ『ウェスタ』。

 特に隠れているつもりはないのだけれど、今日、どうしても隠しておかなければいけないモノに気が付いた。


 私の中にある、この気持ち。

 これだけは、見付からない様にする必要がありそうだ。


 〈了〉

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