第5話 隠れ家カフェの葉隠さん(1)


 隠れ家カフェ『ウェスタ』は、駅からは少し分かりにくい場所にある。

 散歩のつもりでフラフラ歩いていると見付けることが出来る――そんな立地だ。


 十五時閉店――今日はお客様もいないので、私はお店のドアに掛けている札を裏返し『CLOSED』にする。


 本来なら金曜日は夜遅くまで営業して、ディナーやお酒を提供すべきなのだろうけど、今の段階では無理をしない。


 丁度そこへ、タイミングを見計らったようにシュウ君がやってきた。

 部活や友達との付き合いはいいのだろうか?


 心配になるが、あまりかまうのも良くないだろう。

 どう考えても『あの父親』は、学校の成績だけにはうるさそうだ。


(他のことには関心無さそうだけど……)


 たぶん私のお店の手伝いが息抜きになっているのかもしれない。

 シュウ君は自然体ナチュラルな感じで、


「ただいま」


 と挨拶あいさつをしてくる。私も「お帰りなさい♪」と答えた。

 なにやら、同棲どうせいしているみたいな気分になる。


 言った本人であるシュウ君の耳が赤い。恥ずかしかったのだろう。

 『ちょっと可愛い』と思いつつ――学校、楽しかった?――私はそんな質問をして、お店へと戻る。


くれなさんのことを考えていたら、すぐに終わったよ」


 などと冗談を返すシュウ君。私の質問が悪かったのだろうか?

 店内と外の掃除をしてくれると言うので、私はキッチンの片付けと備品の確認チェックを行った。


 なんんだで理由を付けては、手伝いに来てくれる。


くれなさんに会いに来ているだけだから――」


 と言われると悪い気はしない。

 しかし、私は彼に対して、特に好かれるような事をした覚えはなかった。


(よく手料理を振る舞うくらいかな?)


 それ以外はバイトで良いように利用している。

 この前も買い物に付き合ってもらって、お礼にアイスをご馳走ちそうした。


(まあ、頭をでたり、おどろいた拍子に抱き着いたこともあったけれど……)


 フロアへ戻るとシュウ君の姿が見えなかったので、外の掃除をしてくれているのだろう。相変わらず、指示を出さなくてもテキパキと動いてくれるので助かる。


 部下に欲しい人材だ――いや、もうやとっていた。

 私は客用のテーブルにノートPCを置き、資料を作成する。


 このシェアキッチンは料理教室の撮影スタジオとしても使うことが想定されていて、動画の配信やリモートの接続も可能なように通信回線もバッチリだ。


 リモコン操作一つで大きなスクリーンも出てくる。

 生徒と一緒に料理をするには広さが足りないが、試食会なども行われていた。


 いつもなら、この時間で簡単な副業を始める所なのだが、今日は調べ物がある。

 そこへ――


「お邪魔しま~す☆」


 と元気に妹ちゃんこと『明日奈あすなちゃん』が小さな女の子の手を引いて店に入ってきた。女の子の方の名前は『芽衣めいちゃん』。小学生だ。


 芽衣ちゃんは――このお店を開いてから知り合った――常連さんの娘さんである。

 その常連さんは子供の我儘わがままに感情がおさえられなくなる性格タイプだった。


 どうにも、子供が感情で行動しているのを見ると、怒りがいてしまうようだ。

 思わず、芽衣ちゃんを怒鳴どなりつけてしまうらしい。


 たまたま、私が『その現場を見てしまった』というワケである。

 喫茶店の店長という仕事柄、主婦の皆さんとも仲が良い。


 よって――人の口に戸は立てられぬ――という考えにいたったのだろう。


「実は……」


 と常連さんである彼女に相談されてしまった。

 彼女の話によると、頭では理解しているらしい。


 けれど、実際に目の前で子供が駄々だだねると、上手うまく接する事が出来なくなるようだ。


 頑張らなければ愛してもらえない――そんな家族の中で育ったのだろう。

 自分らしい感情をおさえて育ってきた親に見られる症状である。


 私がつとめていた会社にも、似たような人がいた。

 きびしい性格の人物で、部下に対して「自分勝手だ」と感じるらしい。


 この手の人は、幼少期に理不尽りふじんな怒られ方をして育ったため、その事がトラウマになっているパターンが多い。


 芽衣ちゃんのお母さんには病院へ行ってもらう事をすすめた。

 また、芽衣ちゃんへは『金土日』に「お店に来てもいいよ」と伝えている。


 母と娘で『距離を取ることも必要だ』と私が考えたからだ。

 また、面倒なことに関わっていますね――シュウ君はあきれていた。


 私としても、どうして、そんな約束をしてしまったのか不思議だったのだが、見捨てることも出来なかった。きっと、生活に余裕が出来た所為せいもあるのだろう。


 明日奈ちゃんの方は、兄であるシュウ君が私に変な事をしないか、監視するのだという。


 逆ではないのか?――と思わなくもないが、面倒なことになりそうなので声に出すのはめておいた。きっと、彼女なりに兄の事が心配なのだろう。


 私にも兄がいるので分かる。ツンデレというヤツだ。

 こうして芽衣ちゃんの面倒も見てくれるし、一人で勉強しているだけなので、私としては助かっている。


 他人から干渉されるのは嫌だが、誰かがそばてくれないと安心できない。

 そんな面倒な精神状態メンタルなのだろう。


 父親のことは嫌いだが、そんな父親に段々と似てくる。

 シュウ君が自分をかばって怪我けがをしてしまったことで、彼女なりに自分を変えようとしているのかもしれない。


 以前「自分を変えたい」という相談を受けた際「誰かの真似まねをしてみては?」と私が助言アドバイスをした。


 何故なぜか「じゃあ、くれなさんみたいになる!」と宣言されてしまう。そんな彼女の今の目標は『高校生になったら、私のお店でバイトをすること』だという。


 どの道、大学へ行くにはお金が必要だ。

 明日奈ちゃんがバイトをすれば、経済的にも助かる。


 また、知り合いのお店なら母親も安心だ。

 そんなもっともらしい理由を並べられては断りづらい。


「それまで、お店が続けられたらね」


 という事で、私は返事をにごしていた。

 確かに、私のことを『くれなさん』としたってくれるのは素直に嬉しい。


 しかし、脱サラした身である。

 私を大人おとなとしての参考にするのはめた方がいいと思う。

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