第3話 出会いは冬の夜(1)


 開店時間になったからといって、すぐに店内へお客様が来るワケではない。

 まずは軽食フード飲料ドリンクを求め、お持ち帰りテイクアウトを利用しに、ビジネスマンたちが数名訪れる。イートインがあるので、おもにそちらへ流れて行く。


 私のお店が入っているビル、その上層部は階ごとに企業フロアとして、機能していた。


 下層部はそれぞれの会社が利用可能なイベントスペースやフロントオフィスになっている。


 また、レンタルスペースやワークプレイスとして様々な人たちにも貸し出しも行っていた。私が標的ターゲットとしているのは、主に下層部を利用する人たちだ。


 駅まで行けばコンビニもあるのだが、人との交流を求めてビルを活用している人たちが多い。私のお店で飲食物を購入して、イートインで談笑するようだ。


 十一時半になると、上層部からも人が降りて来て、早めのランチをとる人が出てくる。


 だいたい決まった顔触かおぶれなので、覚えるのは簡単だった。

 一人でお店を回しているので、ランチは『今日のオススメ』しかない。


 今は感想を聞いて、評判のいいメニューをしぼっている。

 糖質制限をした野菜料理が中心なので、健康志向の客が多い。


 十二時半を回ると、ビジネスマンたちの姿は減る。

 その代わり、駅の方で買い物を終えた女性たちがお店に流れてきた。


 彼女たちからすると、駅前での食事は高いうえに込んでいるそうだ。

 そういった層は、牛丼屋やハンバーガーショップでは昼食をとらない。


 また、おしゃべりを目的とする客層は、ファミレスや駅前の喫茶店がいいのだろう。

 主に家族連れの人たちは、そちらを利用する。


 年配のお客様や一人で買い物に来るような客にとっては、駅から少し離れてはいるが、静かな私のお店の方がゆっくりと出来るようだ。


 まさに隠れ家カフェの狙い通りである。そんな感じで、金曜日は十三時半くらいまでは忙しいのだが、会社で働いていた時よりも充実していた。


 特にセクハラやパワハラがないのは素晴らしい。


(これもシュウ君のお陰だろうか?)


 シュウ君との出会いは冬だから、かれこれ四ヶ月はっている。

 あれは一月のとある日の夜――


 空を見上げると、雪がチラチラと舞っていた。

 道理どうりで寒いワケだ。


 この日、私は会社を辞めるむねを上司へと告げた。

 疲れた――というのは理由にならないだろう。


 定番となっている『一身上の都合により』という理由にする。

 く息は白くなっていたが、電車を使う気分的にはなれなかった。


 どうせ、雪はすぐにむだろう――と考え、徒歩で帰宅することにする。

 人通りが少ないため、歩きやすい。次第に早歩きになる私。


 最初は寒いと感じていたが、身体が火照ほてり、あせばんでくる。

 一人暮らしのマンションへ近づく頃には、気持ちも少し落ち着いていた。


 気付けば雪もんでいる。

 彼と――いや、と出会ったのは、そんな時だった。


 都心から離れている『閑静な住宅街』というよりも、まだ畑が残っているような地域エリアだ。


 最初は男女のカップルだと思っていたのだけれど、様子が変だった。

 男の子の方はその場に座り込み、女の子の方はオロオロとしている。


 身形みなりからいって軽装だ。

 恐らくは、近くのマンションにでも住んでるのだろう。


 いつもの私だったら絶対に近づかない。

 けれど、会社で嫌なことがあったため、イライラとしていた。


 その所為せいもあってか、気が強くなっていたようだ。

 どうしたの?――と声を掛けると、男の子が頭から血を流していた。


 当然、私はおどろいてしまう。

 彼女だと思っていた女の子は妹らしく、中学生のようだった。


「兄を、お兄ちゃんを助けてください!」


 と懇願こんがんされる。

 いいから、救急車を呼びなさいよ!――とも思ったのだけれど、妹ちゃんは混乱しているようだ。


 仕方なく、私はスマホを取り出す。

 すると手がびてきて――ガシッ!――と男の子に腕をつかまれてしまう。


(いやいや、あの時はマジでビビった……)


 一瞬、だまされたのかとも思ったけれど、


「大丈夫だから、電話はしないで……」


 と男の子。どうやら、騒ぎにしたくなかったようだ。

 しかし、ここまで関わっておいて「はい、そうですか」とはならない。


 私は救急車を呼んで、病院まで付き添った。

 妹ちゃんが自分の所為せいだと泣いていたので、肩を抱いてなぐめる。


 なんで赤の他人の私が?――と思わない事もない。

 ただ、自分よりも取り乱している人間がいると、冷静に行動することが出来るようだ。


 病院での診断の結果、男の子の怪我けがは、そこまでひどくなかった事が分かる。

 切ったのが頭だったため『血が多めに出た』ということらしい。


 私は妹ちゃんへ両親を呼ぶように指示する。

 一旦、家に帰らせようと思ったのだけれど、離婚をしているらしい。


 今時、珍しくもないが複雑な家庭環境のようだ。

 しかし、このままだと病院の方から家や学校に連絡が行くだろう。


 今は私が保護者だと思われているようだが『通りすがりの無職』である。

 響きはカッコイイが、社会的な地位は無いに等しい。


 私はなんとか妹ちゃんを説得した。

 タクシーに乗り、急いで病院へ来た母親に対し、後から遅れて来る父親。


 父親の方はアルコールが入っているらしく、一触即発の雰囲気になる。

 ここが病院ではなく家だったら、包丁で父親が刺されていたのかもしれない。


 どうやら、母親は息子の怪我けがを父親の所為せいだと思っているようだ。

 病院だから、刺されても大丈夫だね♪――という冗談を言える空気ではなかった。

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