第2話 金曜日の朝(2)


「俺もくれなさんの役に立てて嬉しいです」


 とシュウ君。再び、私へと微笑ほほえむ。


(ええ子や……)


 頭をでてあげたい。

 正直、最初は男子高校生など、さかりのついた猫のようなモノだと考えていた。


 力尽ちからずくでせまられたらどうしよう?――と思わないワケでもないけれど、彼に限っては、そんな事をしない気がする。


 いや、私としても――それほど男性に対し――経験があるワケではない。

 ただの思い込みで、恥ずかしい勘違いをしている可能性も十分にあった。


(単純に私のようなオバサンには興味がないだけかも……)


 なにやらむなしくなるので、年齢のことを考えるのはめよう。

 しかし、シュウ君は高校生の割に落ち着いている。


 そのため『私の方が子供っぽい』と思えるような時が多々あった。

 妹がいる所為せいだとは思うけれど、女性のあつかいにもれている。


 一緒に過ごしていると、たまにカッコ良く見える時があるので、もしかするとさかりがついているのは私の方かもしれない。


(相手は未成年だし、通報されないように気を付けなくては……)


 女性教師が未成年の生徒と性行為せいこういを行って、事件になった例もある。

 日本では聞かないニュースだが、全国に名前がさらされるうえ、刑務所行きは勘弁だ。


 私はお店のドアに『CLOSED』の札を掛ける。

 開店は十一時からだ。基本は私一人のため、十五時までの営業となる。


 よって、学校のある金曜日、シュウ君は手伝えない。

 それでも、頼みもしていないのに朝だけ来て、手伝ってくれる。


 なにかお礼をしたい所なのだけれど――


(まあ、お金はないけどね……)


「じゃあ、俺、学校に行きますけど……」


 なにかあったら、いつでも連絡ください――と言って、停めてあった自転車へと彼は向かう。私は見送ろうと、リュックを背負う彼へと近づいた。


 それから、自転車にまたがった状態の彼に対し、チョイチョイと手招てまねきする。

 シュウ君は――なんですか?――といった表情で、顔だけを私に近づけた。


(ちょっと、犬っぽい……)


 ワシャワシャしたいかも?――そんなことを思いつつ、私は彼の顔に手を伸ばす。

 そして、優しく彼の前髪をけた。


 頭から血を流して倒れていた――あの時の傷は、もうすっかり治っているようだ。


「うん、大丈夫ね♪」


 と私はうなずきつつ、その傷痕きずあとを指でなぞる。


「いつの怪我けがだと思っているんですか?」


 心配し過ぎですよ――あきれたような口調とは裏腹に、彼の顔は真っ赤になっていた。それから、照れた表情を隠すように自分の口許くちもとを左手でおおうと、


「学校、行きますね」


 と言って、ペダルをぐ。

 私は「行ってらっしゃ~い♪」と彼を見送った後――


(男子高校生って、こんなに可愛い生き物だっただろうか?)


 などと考えつつ、自分の胸の上に手を置く。

 少なくとも、私の学生時代には、シュウ君のような男子は周りに存在しなかった。


 今になって、急にドキドキしてくる。

 気になったとはいえ、大胆だいたんなことをしてしまった。


 私はお店の前まで戻り、


「う~ん」


 と悩みながら、あごに手を当てる。

 いつでも連絡ください――という事は『お店以外の事でも大丈夫』という事だろうか?


 あの様子なら、連絡すると学校をサボって、お店へ来てくれそうだ。


(一度、ためしてみたいかも……)


 私は無意識の内にスマホを取り出していた自分におどろく。


「いやいや、アカンやろ……」


 さあ、開店の準備、準備♪――とひとり言をつぶやき、妄想を振り払いながら、お店の中へと入る。


 年下の男の子に優しくされただけで、気分が良くなる私は、自分が思っていたよりも単純な人間のようだ。


 ただ、このお店を始めるけを作ってくれたのは、彼との出会いでもある。

 単純な私は、シュウ君との出会いに少しだけ、運命を感じていた。



 ❀ 続く ❀



 ✿ 次回の投稿は明後日7/12(水)の予定です。

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