隠れ家カフェの葉隠さん~血塗れの男子高校生を拾ったので雇ってみた~

神霊刃シン

隠れ家カフェの葉隠さん

血塗れの男子高校生を拾ったので雇ってみた

第1話 金曜日の朝(1)


今更いまさらですけど……」


 全然、隠れていませんよね――お店の看板を持ち上げ、シュウ君はつぶやくと所定の場所へと設置してくれる。


 彼の本名は『ひいらぎ蹴翔しゅうと』。男子高校生だ。

 名前は『蹴翔』だけれど、別にサッカーは上手うまくないらしい。


 ちょっとした縁があり、土日に喫茶店カフェの仕事を手伝ってもらっている。

 ちなみに、お店は『金土日』だけの営業だ。


「これは特別感を出すために【隠れ家】を名乗っているだけだからね……」


 戦術だよ☆――人差し指を立て、私こと『葉隠はがくれくれな』はそれっぽく言ってみる。

 本来の意味としては『隠れ家風カフェ』とするのが正しいのだろう。


 けれど『風』を間に付けると途端とたん胡散うさんくさくなってしまう気がした。

 『印度インドカレー』と『印度インド風カレー』くらい違う。


(いや、その二つは同じなのかな?)


「造花や人工の観葉植物でも置いたら、それっぽくなるかもね♪」


 でも、設置や掃除が面倒そう――そんな事を言って、考える素振りを見せる私に、


「確かに、緑があれば【隠れ家】って感じがしますね」


 とシュウ君。私を見て、優しい顔で微笑ほほえむ。

 その表情に、不覚にもドキッとしてしまったのは内緒である。


 ここは隠れ家カフェ『ウェスタ』。

 ローマ神話に登場する【家族】をつかさどるの女神の名前を拝借はいしゃくした。


 特にこだわりや理由は無い。学生時代、友達との付き合いで始めたソシャゲで、たまたま引いたキャラの名前を覚えていただけだ。


 さしずめ店長である私は、聖火の代わりとなる『喫茶店』を見守る『ウェスタリス』といった所だろうか?


 いや、ウェスタは処女神だ。

 その神官であるあいだは『乙女である事を義務付けられていた』と聞く。


 この規律きりつを犯した場合、死罪しざいとなって、生き埋めになるらしい。


(おお、怖い……)


 そんな事を考えつつ、


「そうでしょ?」


 と私は答え、シュウ君の背中を見た。

 一見して長身痩躯そうくだが、しっかりと筋肉が付いている。


 肩幅も私より広く『男の人』といった身体だ。

 触れると分かるのだが、結構ガッチリしていた。


 しかし、相手は未成年である。

 少なくとも、店長でいるあいだは立場をわきまえよう。


 私は看板を設置してくれたシュウ君に「ありがとう♡」とお礼を言った。


「やっぱり、男の人がいると助かるよ♪」


 と社交辞令も忘れない。知り合いが善意で作ってくれた木製の看板。

 【隠れ家】感は出ているのだけれど、女性の私が持ち上げるには、けっこう重たいのだ。


 シェアキッチン形式で、曜日ごとに出店しているお店が異なる。

 私は『金土日』に出店しているため、シュウ君は金曜日の朝に来て、看板の設置を手伝ってくれていた。


 お店の経営が軌道に乗れば、看板を取付とりつけてもいいのだけれど――


(当面の間は無理そうかな?)


 このご時世、飲食店を続けるのはむずかしそうだ。

 しばらくはいくつか簡単な仕事を掛け持ちでこなす予定でいる。


 現状のり方で上手うまくいくようであれば、お店を続けていく事になるだろう。

 『働け!』『女管理職になれ!』『産め!』『育てろ!』。


 加えて『女性の意見を聞きたい』と自分らしさではなく、女らしさを押し付けられる。


 政府の矛盾した方針と会社の理解のない上司に嫌気いやけが差し、脱サラした私。

 今は心を回復させるための時間が必要だった。


 ただ、その間もお金は減る。なにもしないワケにはいかない。

 まずは気負きおわず、趣味と実益を兼ねた軽い気持ちで仕事を始めることにした。


 けれど、失敗する気はない。赤字にならない程度に頑張る。

 運良く、ただで場所を借りることも出来た。


 喫茶店カフェ店長マスターとして『人生の再出発』というワケだ。

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