side change.

 一目惚れだった。

 顔が良いせいで、あまり良い思いをしてこなかった。そんな自分にも、一目惚れという感情があったこと自体に驚いた記憶がある。


 コンビニまで、歩く。彼女がついてくる日もあれば、ついてこない日もある。今日は、ついてこない日らしい。


 いちばん穏当で、色恋の雰囲気がないコミュニティを選んだつもりだった。そんなことはなく、結局どんどん周りが "置きに行く" カップリングを実行していって。初めて、一目惚れする側の心の縛られるような感覚を味わった。心臓に冷たい鎖と熱いカイロが両方くっついてるみたいな、そんな気持ちだった。


 結局、なぜだか分からないけど、彼女と自分だけが残った。そしてカップリング成立。一緒に住んでいる。カップリングが完了したので、コミュニティは崩壊して。自分のもとには、彼女だけが残った。今までで、最高の結果。


 夢なんじゃないかと、今も、思う。


 こうやってコンビニに歩いて向かっていく、この日常も。夢かもしれない。

 夢が醒めて、ひとりで。

 彼女はいない。

 そんな、夢。


 コンビニ。着いた。

 最速でミントグリーンのコーナーに向かう。誰かに呼び止められたりしたくなかった。顔が良いから。


 顔が良いことで、得をしたことはなかった。同性の友達はいない。面構えが良いという理由で殴られることが多い。異性は、すれ違いざまに写真を撮ってSNSにアップしたりされる。たぶん、よくできた見世物ぐらいの扱いで見ているのかもしれない。歩くバズ製造装置。人の扱いではない。


 ミントグリーン。

 隣に、チョコミントが置いてあった。

 太古の昔に流行った、超古代の産物。一部過激な論者にハミガキコの味だと糾弾され大部分が絶滅した、そのわずかな生き残り。

 袋がぼこぼこに凹んでいる。かなり扱いが雑。隣のミントグリーンは綺麗に扱われているのに。


 おまえもか。

 おまえも、突然殴られたり、勝手にバズらされたりしたのか。


 なんか、ちょっと。


 共感してしまった。


 買ってしまった。


 チョコミント。


 家に帰る。ちょっと脚が速くなる。彼女が、もういないかもしれないとか。思ったりして。これが夢だとか。思ったりして。


 彼女は、初恋だと言っていた。

 世界でいちばん傷つくタイプの嘘だと、思った。

 自分は本当に初恋だったけど、彼女の嘘とは毛色が違う。すれ違いざまに写真を撮ってバズりに行くバケモノどもに、感情移入しろというほうが無理だった。色恋とかのレベルではない。


 彼女は、SNSをやっていない。


 雨にも風にも負けず、日に四合の飯と味噌となかなかの量のお菓子を食べ、欲はなく、なんかこう、そういう有名な何かに出てくるようなタイプ。

 コミュニティではいつも小さく笑っていたけど、部屋のなかでは感情の無い顔をしてる。自分と一緒にいるのがつまらないのだろうなと、思ってしまう。


 そんな彼女でも、ごはんを食べるときだけは、にこにこしている。だから料理は研鑽けんさんを重ね、そこそこ上手くなった。彼女の笑っている顔が見たいから。なんとまぁ、初々しいカップルみたいな理由。


 部屋に着いた。

 彼女はまだ、この部屋にいてくれるだろうか。自分と一緒に、いてくれるだろうか。そんなことを考えていると、いつまで経ってもドアを開けられなかった。

 彼女に、自分は釣り合っていないかもしれない。いつか、ふわっと消えてなくなるかもしれない。そして、それが本来あるべき形なのかもしれない。

 コンビニの袋。

 この、チョコミントが自分で。

 あの、コンビニの棚に綺麗に並べられてたのが彼女。

 色は同じでも、結局、中身は別物。顔が良いだけのやつと、そうじゃないやつ。

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