【3】イチャイチャの続きしよ
学校から帰宅し、私はすぐにリビングのソファにダイブした。
スマホの画面を見てはスマホを抱きしめ、スマホの画面を見てはスマホを抱きしめ、浮き立つ気持ちを発散するようにうねうねとミミズのように体をくねらせ、またスマホを見てスマホを抱きしめ……。
もう一生その動きしかできない生物になってしまったのではないかと思うほど、長い時間同じ動きを繰り返していた。
「うわ、お姉ちゃんがキモい動きしてる」
いつの間にか、中学の制服を着た妹が私を見下ろして、まさに虫を見るような目をしてそばに立っていた。
「あ、おかえり
「ただいま。何か良いことあったの?」
蕣花に問われ、私は堂々とスマホのホーム画面を見せつけた。
普段はクール寄りな蕣花が口をあんぐりと開け、目を丸くしてスマホを覗き込む。
「うわっ、お姉ちゃんがツーショット撮ってる。しかもお相手ホントに美少女じゃん」
私なんかにこんな可愛い友達ができたことが到底信じられないのだろう。
他でもない私自身が友達ができたこと自体を信じられないのだから,私よりも私のことをよく知っている蕣花が驚愕するのも無理はない。
「でしょ! 実物はもっと可愛いんだから! あと良い匂い!」
「昨日からその『良い匂い』ってなんなの」
蕣花がいつもの無表情に戻り、湿っぽい目を向けてくる。
「本当にいい匂いなんだから! 柚愛ちゃんがそばにいるとね、周りの空気がまるで果樹園のど真ん中にいるみたいに新鮮で甘酸っぱくなるの……」
目を瞑って柚愛ちゃんの香りを思い出す。それだけでもう幸せな気持ちが溢れ出してうっとりしてしまう。
蕣花が無言のまま,まるで私のことを変質者を見るような目で見てくるが気にしないでおこう。
と、その時、私のスマホから小気味良い音が鳴った。
見ると、柚愛ちゃんからメッセージが届いた通知だったらしい。
『茉莉ちゃんやっほー
明日お休みだから会えないね、悲しいね|•́ㅿ•̀ )』
柚愛ちゃんからのメッセージに胸が高鳴る。
柚愛ちゃんは文字すらも美少女だなあ!
いそいそと返信の文を打っていると、それを見ていた蕣花が演技っぽく両手で口を覆った。
「えっ……お姉ちゃんのスマホが仕事してる……」
「失礼な、私のスマホは毎朝同じ時間に起こしてくれる働き者なんですけど。あといつも天気とかニュースとか教えてくれるし」
「それはどうでもいいけど。てか連絡先交換できたんだね」
私は胸を張り、精一杯のドヤ顔をした。
「ふふん、柚愛ちゃんとツーショット撮ってね、ホーム画面おそろいにしよって言われてね、その流れでお願いしたの。多分全部柚愛ちゃんの筋書き通りだったけど」
「なんでお姉ちゃんが偉そうなの、ほとんどその人のおかげじゃん」
呆れ顔で言う蕣花だが、すぐに不思議そうな表情になって宙の一点を見つめた。
「ふうん、その人本当にお姉ちゃんのこと好きなんだ……影山柚愛さん、か‥…」
「えへへ、なんでだろうね」と照れて頬を掻くと、蕣花が私を一瞥した。
「物好きな人もいたもんだ」
「失礼な!」
* * * * *
週末明けの月曜日。
中学までの私なら、月曜日なんていう邪悪なものを考えるだけで吐き気を催していたものだが、今の私にとっては胸の高鳴りを抑えきれないほどにただただ待ち遠しく、むしろ学校に行けない休日がとてつもなくもどかしく感じた。
なぜかって?
ふふふ、私には今すぐにでも会いたい友達がいるからだよ!
休日の間、ずっと柚愛ちゃんのことで頭がいっぱいだった。
常に柚愛ちゃんの満開の笑顔が頭に浮かんでいた。
だから実際に会えない分、柚愛ちゃんと撮ったツーショット写真を何度も何度も眺めていた。
友達ができると、こんなにも人生が華やぐんだね! 目に見えるもの全てが輝いて見えるよ!
私は人生で初めてウッキウキで登校した。
学校に着いて教室に入る。柚愛ちゃんはまだ来ていなかった。
心細さに身を縮こまらせて自分の席に座っていると、時間が経つにつれ次々と同じクラスの生徒たちが教室に入ってくる。
伏し目がちに確認するが、一向に柚愛ちゃんの姿は現れない。
どうしたんだろう、もうすぐ朝のホームルームが始まるのに……もしかして今日はお休みとか? やだやだ、そんなの耐えられないよ!
頭を抱えてそんな想像をしていた時だった。
不意に後ろから、誰かに左肩をちょんちょんとつつかれた。
振り返ると、目と鼻の先、かなりの至近距離に柚愛ちゃんの可愛いお顔があった。
「ふぇっ!? ゆゆ柚愛ちゃっ……!」
驚きと同時に恥ずかしさに襲われ、私は咄嗟に身を引いた。
勢い余って腰が机に激突し、「うぐぇっ」とよくわかない声を漏らしてしまった。
柚愛ちゃんが口に手を当てて目を丸くする。
「わわっ、ごめんね、大丈夫?」
別にそこまで痛くないのに、柚愛ちゃんを心配させるわけにはいかない。
私は謎の正義感を抱き、両手を振って慣れない笑顔を絞り出した。
「だ、大丈夫だよ、全然痛くないよ」
しかし柚愛ちゃんは「本当に?」と言って心配そうに眉を八の字に下げる。
「笑顔がひきつってるよ……?」
いやあ、多分それは痛みのせいではなく、普段笑顔を作り慣れてないからだと思います……。なんて悲しい事実なんだ。
なんとも言えない感情になっていると、柚愛ちゃんが腰をかがめて私に手を伸ばしてきた。
一体何をされるのかと身構える。
柚愛ちゃんの手が、机にぶつけた腰の部分にそっと触れる。
そのまま優しくさすり始めた。
「ゆっゆゆゆ柚愛ちゃん!?」
「本当に痛くない?」
「ほ、本当だよ、本当に大丈夫だから……そ、それより恥ずかしいよぉ……」
たぶん今の私は顔がゆでだこのように真っ赤だろう。というかもう発火しそう。
私の反応を見て、柚愛ちゃんがハッとする。
気付くと何故か柚愛ちゃんも僅かに顔を紅潮させていて、ゆっくりと手を引っ込めた。
そして、どこか気恥ずかしそうに目を泳がせていた。
「茉莉ちゃん……涙目で恥ずかしがるのすごくかわいいね」
「えっ……え!?」
思わぬ発言に少し脳みそが止まってしまった。
唖然とする私をちらりと見て、柚愛ちゃんがクスクスと笑う。
「ふう」と息をついた後、柚愛ちゃんは自然に私の両手を取ると、するりと指を絡ませてきた。
両手を繋ぎ、まるで春の陽光のように柔らかな笑顔を浮かべる。
「おはよう、茉莉ちゃん」
「えっあっ……お、おはよう」
戸惑いつつも挨拶を返す。
挨拶をするまでにめちゃくちゃ時間かかったなあ。
ていうかこの挨拶の仕方は何! 両手を繋いで挨拶とか……それって、それって仲良しみたいじゃん!
しかし、しばらく経っても柚愛ちゃんは「えへへ」と嬉しそうに笑うだけで、一向に両手を離してくれる気配がない。
な、なんだこのおかしな状況は……。
いや、もちろん私だって柚愛ちゃんと手を繋げて嬉しいしめっちゃ幸せですがね。
だけどそろそろ緊張で手汗もやばいし、心臓も過労死しそうなので……。
「あ、あのー……い、いつまで繋ぐんですか?」
痺れを切らして訊くと、柚愛ちゃんはニコニコ笑顔のまま小首をかしげた。
「茉莉ちゃんのタイミングに任せるよ」
な、なんだって……?
くそう、正直なところものすごく名残惜しいのだが、この幸福なひと時を一旦手放すことにしよう。
まっすぐに見つめてくる柚愛ちゃんの大きなお目目から目を逸らして、私は少しの罪悪感を抱きつつ絡まった指を解こうとした。
しかし……。
「あ、あれっ? ゆ、柚愛ちゃん……なんか、めっちゃ力入れてない……?」
そう、指を抜こうとしても、柚愛ちゃんがぎゅっと力を入れていてなかなか手が離れないのだ。
てか柚愛ちゃん、見かけによらず力が強い!
「あ、あの……!」
なおも頑張ったが、私は柚愛ちゃんの抵抗にあえなく敗北した。
もう無理、手に力入らない。もしかして私って弱すぎ……?
「えへへ、もう一生このままでもいいかもね」
穏やかな顔で全く穏やかじゃないことを言う柚愛ちゃん。
でもちょっと待てよ、それってもしかして、『私たちは一生友達だよ!』っていうことですか!
などと考え到り、まんざらでもなく思っていた時だった。
「おーいそこのお二人さん」
いつの間にか教壇に立っていた担任の
「イチャイチャするのはいいけど、続きはホームルームの後にしてくれるかな?」
クスクスと笑うクラスメイト達の視線が突き刺さる。
私と柚愛ちゃんはどちらからともなく即座に手を離した。
私は全身から汗が吹き出るほどに体の奥から熱を感じ、体をすぼめて俯くことしかできなかった。
や、やってしまった……柚愛ちゃんに夢中すぎて先生に全然気が付かなかった……。
席に座った柚愛ちゃんが、私を一瞥して目配せした。
申し訳なさそうな、それでいてどこか悪戯っぽい笑みを浮かべ、声を出さずに「ごめんね」と唇を動かした。
ホームルームが終わるや否や、柚愛ちゃんが誰よりも先に席を立って私のそばにきた。
そして腕を絡ませ、
「イチャイチャの続きしよー」
と屈託なく言う。
「い、イチャイチャ……!?」
いやいや、先生の言葉を間に受けなくてもいいんですよ!
ていうか周りの視線を集めに集めてるから!
柚愛ちゃん……あなたって人は、あなたって人は……!
どれだけ私の心を惑わせれば気が済むんですか! ……しゅき。
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